微かな違和感
玄関前でいきなりぎゃん泣きする見も知らぬ若い女性。
とりあえずなんとか落ち着いてもらおうと思うものの、俺もおろおろするしかなかった。
近所の目もあるし、このままドアを閉めるわけにもいかず、彼女の身体を極力触れないように支えて家に招き入れる。
いや、あのまま家の前で泣かれ続けたら、ある意味、通報案件になりそうだし。
緊急対応ということで、彼女が誰なのかとか真っ先に知りたい事は全部後回しにする。
泣き続ける女性をどうすればいいかわからず、逃げたとも言うが……しゃあないじゃん、彼女いない歴と年齢が同じ俺には、目の前で泣く女にどう対応していいかわからないんだよ。
「ほら、入って」
「ぐすっ、ぐすっ」
「こっちリビングだから……あれ?」
彼女はぐすぐす泣きながらも素直に部屋に入ってくれたんだけど、手を引かれているというより、なんか足取りが素直というか……勝手知ったる、みたいな感じなんだが?
とりあえず、違和感に首を傾げながら、そのまま彼女の手を引いてリビングに連れて行ってソファーに座ってもらった。
あ、女の子の手を握ったの初めてだった……柔らかくてすべすべで気持ち良いというか、心地よくて……けど、全然緊張しなかったな、変な表現だけど、しっくりくるというか。
ま、今は考えるのは後回しにして、ここはとりあえず俺が落ち込んだときの母さんの定番行動に従いますか。
(ここは『暖かいミルクティー』だよな)
俺の好みでもあるが、何か落ち込んだとき、母さんは何も聞かないでいつもよりミルクと砂糖多めの暖かいミルクティーを出してきれる。
俺が空元気で誤魔化そうとしてもちゃんと出てくる。
俺ってそんなにわかりやすいかなぁ、と感じて落ち込んだ気分を忘れさせてくれる魔法の飲み物だった。
彼女の分と俺の分を淹れる。
これを飲んで笑顔になってくれるといいんだけど、と思うながらマグカップに入れたミルク手ティーを持っていく。
「……」
ソファーに座った彼女はどこか思いつめたような表情だったが、既に泣きやんで落ち着いていたらしい。
部屋のあちこちに視線を彷徨わせていて……不意に俺の方を見て、どこか恥ずかしそうに視線を床に落とした。
頬が赤く染まっていたので、同じ年齢っぽい男の前で号泣したことが恥ずかしいのかもしれない。
少し微笑ましい気持ちになって、さっきまでの落ち着かなかった気持ちが落ち着いて来る。
「これ、飲みなよ」
「あ、ありがとうございます」
「気に入ってくれるといいんだけど」
「あ、これって」
彼女はミルクティーの香りに少し緊張を和らげた。
そのまま口に運んで一口飲む。すると悲しみに沈んでいたように見えた彼女の顔が一気に綻んだ。
両手でマグカップを持った姿はどこか小動物を連想させて可愛く感じられた。
「ミルクと砂糖たっぷりの甘くて暖かい紅茶」
「口に合ったかな?」
「はい……私が落ち込んだとき、お母さんが淹れてくれたんです」
「そうなんだ」
「ええ、これを飲んで元気になるんです」
へぇ、俺と一緒か。こんな可愛い子と同じことしてると思ったらなんだか嬉しい。
少しだけホッとした。
「そうか、よかったよ」
「私を元気にしてくれる魔法の飲み物ですから」
「え?」
『魔法の飲み物』……この表現って一般的なのか?
彼女の言葉通り、さっきまで号泣していたのを忘れたかのような落ち着いた表情でミルクティーを飲んでいる。
なんだろう、両手で持った大きめのマグカップに『ふぅーふぅー』と冷ましながらながら紅茶を飲む姿は、なんだかすごく可愛い。
「はぁー」
彼女は飲み終わると、深呼吸するようにため息をついた。
俺はそのタイミングを見て、彼女へ落ち着くまで待った疑問をぶつけることにした。
「君は、誰?」
俺の当然の質問に、彼女は綻ばせていた表情を引き締めて俺を見つめ返してきた。
さぁ、どんな返答が返ってくるのか、ほんの短い時間で様々な想定をしてみたが、まさかその想定のどれでもない答えが返ってくるとはこのときの俺は想像もしていなかった。