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探偵への報酬は、やはり彼女の大好物である味噌カツ定食だった。
「……まさか事件の犯人が、ただの自然現象だったなんてね」
二人で食後のコーヒーを飲んでいるときに私が言うと、
「怪談のなりたちとしては、正当だったんじゃない? リコーダーを大切に扱わないと、リコーダー噛み噛みおじさんがでるぞ……みたいな感じでね」
ありえそうな教訓に、私は笑ってしまう。
「しかし……最後に謎がひとつ残ってしまったよ」
「謎?」
「ああ。怖がっていた女子生徒にこの事件の顛末を説明したとき、てっきり安心して喜ぶものだと思っていたら、彼女はなんでもなかったかのように素っ気なかったんだ。いったいあの反応はなんだったんだろうな」
「ああ……やっぱり先生は、女の子の気持ちにうといんだねえ」
美空は上品にコーヒーカップに口をつけたあと、
「女の子はああいった被害に遭うのも怖いけれど、それがただの勘違いだったっていうのは、もっと恥ずかしくて怖いことなの。騒いでいたらなおさらね。だからその子は変な態度になったんじゃない?」
「そうか……しかし、実際に変質者がいなくてよかったよ」
「うん。けれど……ボクとしても、大きな謎がひとつだけ残ってるかな」
「なんだい?」
「それは、先生がボクを犯人だと勘違いした理由だよ。いったいどうして、先生がそんな飛躍した考えを思いついたのか納得できなくって」
「いや……それはただ混乱していただけだよ」
ここで、「妖怪話と鳥の動きで美空を想像した」と言わないだけの配慮は、私にもあった。
美空はカップを音も立てずに置くと、なおも不思議そうに、
「それに、どうしてキツツキみたいにケースに歯を当ててるって考えたのかな。普通はこうやって口をあけて、ケースのほうを動かす形のほうが自然じゃない?」
言いながら……美空は口をあけて、手に持ったリコーダーを口の前で振る仕草をした。
その光景に、私は思わずぎょっとしてしまった。
「先生、どうしたの?」
「いや……」
周囲のテーブルからも、ひそひそ声が漏れてくる。
「やだあの女の子……欲求不満なのかしら?」
私にも聞こえた婦人の声のおかげで、美空もようやく、さきほどの自分の仕草がどう見えていたのかに気づいたようだ。
たちまち顔を真っ赤にすると、しおしおと撃沈した。
私も美空がやってる姿をみて気づいたが、口をあけたまま、手でリコーダーを前後させる動きというのは……とても破廉恥な別のことをしているように見えてしまう。
もっともこれは、小学生にはわからないかもしれないが……。
「まったく先生は……変態なんだから!」
やはり美空にはしっかりわかっていたようで、私がどう謝罪していいものか頭を悩ませていると、
「もう。……とにかく、先生にはこれをあげておくよ」
美空は、テーブルに手紙を置いた。
可愛く折られた手紙を開くと、そこには数字が並んでいた。
「これ、電話番号じゃないか」
「うん。先生なら、いつでもボクに連絡していいよ。相談には乗ってあげるから」
「そうか……でも、いいのか?」
「かまわないよ。だって先生ってよく空回りしてるから、なんだかほっとけないんだもん。これからボクが必要なときには、いつでも呼んでね」
「ああ……ありがとう」
私は、ありがたく手紙を頂戴する。
そのときだった。
「やだ……あの男、あの女の子にすっかり食いものにされちゃってるわ。男って馬鹿よねえ」
またもや聞こえてきた婦人の声に、美空もまた顔を真っ赤にしていたが、当の私といえば、たしかに私は食いものにされようとしている節もあるな……と呑気に考えていたのであった。
もちろん、美空が食べるのは……。
この喫茶店オリオンの、大好物の味噌カツ定食である。