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「北原先生、生徒たちの噂は聞きました?」
出勤した私に、同僚の女性教諭の伊藤先生が、すぐさまかけよってきた。
「噂というのはあの、学校全体のリコーダーケースが誰かに噛まれていた件なんですけれど……あれって生徒のいたずらだったりしないんでしょうか?」
「いたずらだったとしたら、全校集会で注意しないといけないレベルですね。さすがにあれは、本当に怖がっている生徒も出てきていますから」
特に、自分のケースへの噛み跡が知らぬ間に増えていくという現象は、洒落にならないほどの恐怖を生徒に与えていた。
「リコーダー噛み噛みおじさん、か……」
リコーダー噛み噛みおじさんというのは、今回の事件について、生徒たちが作った噂である。
なんでも、彼はずっと校舎内に潜んでいて、夜な夜な生徒のリコーダーケースを噛んでいるのだとか。
ちなみにおじさんの主食は、歯についたケースの微粒子だそうだ。
「ああもう」
伊藤先生は身震いすると、
「わたし、妖怪って苦手なんですよ。怖いったらなくて」
こうやって彼女があまりにも怖がるものだから、今回の件でも生徒たちにからかわれている始末である。
「ほんとにもう。もしかして生徒たち、学校の怪談を自分たちで作ろうとしてるんじゃないですよね?」
伊藤先生のその発想は面白かった。
「だとしたら壮大な計画ですね。それよりも……リコーダー噛み噛みおじさんの正体が、妖怪じゃなくて変質者だったときが心配ですよ。誰にも気づかれないうちに、生徒たちが脅威に晒されてるわけですから」
また、事件には不思議な傾向があることもわかった。
噛み跡の被害者数は、学年があがる毎に増えていっているのだ。
これは上級生が狙われやすいということを意味しているのか、もしくは、教室の位置と関係があるのか……。
いよいよ学校が騒がしくなってきた最中の給食準備中、健人くんが、もう一度私のもとへとやってきた。
「先生、このリコーダーの噛み跡、おかしいって思いませんか?」
「噛み跡が?」
「はい。だってこれ、上の前歯の跡だけしかついてないんです」
言われてみれば、ケースについた噛み跡は、アーチ状……つまり上曲がりの線しかついていない。
こうやって合皮のケースに跡がつくほど噛んだのなら、下の歯の跡もつかなければおかしいはずだ。
「ということは、この跡をつけるなら、ケースを前歯にコツコツと当てなきゃならないわけか」
私は、ケースを振って歯に当てる動作をする。
ここで、ふと気づいた。
これ……頭の方を動かして歯を当てれば、まるで鳥がケースを突っついているようにも思える。
妖怪ーーそして、鳥の仕草。
それで思い浮かんだのは……あの、探偵の姿だった。