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「その質問に対する答は、こうだよ」犀川はちらりと横を向いて微笑んだ。「どうして、場所を限定しなくちゃいけない? 意識が存在する場所を限定しようとする行為が、意識を物質化している。それは間違いだ。西之園くん、君は、何が好き?」


『有限と微小のパン THE PERFECT OUTSIDER』‐森博嗣著




 住宅街のなかにたたずむ、ひばりヶ丘小学校。

 この学校で、とある事件が発生した。

 それは掃除時間の、生徒たちの発見から始まった。


「先生……あたしのリコーダー、かまれてるんですけれど」


 女子生徒が、友だちと一緒に、私のもとへとやってきた。


「噛まれてる?」


 私は、生徒が持ってきたリコーダーを受け取る。

 噛まれているのは、どうやらケースのほうだった。

 リコーダーは三年生から使い始めるので、六年生になった今はだいぶくたびれている。

 とはいうもののケースの作り自体はしっかりとした茶色の合皮製で、蓋は、皮を折り返して留める作りだ。そして……。


「確かに、噛み跡がついてるね」


 リコーダーを納めたとき、ちょうど口元がくるところ。

 つまりケースの先端に、前歯でなんども噛んだような傷がついている。

 だれかが劣情を持て余したのだろうか。

 しかし、なんだってケースの上からリコーダーに噛みついたりしたのだろうか。


「これは……困ったね。もしいたずらがひどくなったりしたら、先生に言いなさい」


 生徒はうなずいて、席に戻っていった。

 そこから、事態は不穏な様相を呈しはじめたのである。


「先生、おれのもかまれてる!」


 どよめく教室内。


「うん? キミのも噛まれているのか」


 調べてみると……どうやらケースの噛み跡は、クラスの三割近くにつけられているとのことだった。しかも、数でいえば男子のもののほうが多いという。


 まれに子どものなかでは妙な遊びが流行ったりするものだが、教室の戸惑いからして、彼らのなかで流行っている行為でもないようだ。

 嫌がらせにしても、誰が、なんのために……?


「うーん。なんだろうね。とりあえず先生も注意して見ておくから、またなにかあったら先生に教えてくれるように」


 職員室に戻ってからも、私は事件についてぼんやりと考えていた。


 ……なんとも、不気味な事件である。


 奇妙なのは、被害者にこれといった共通点がない点だ。

 だから犯人の目的も見えてこないし、犯人が男子なのか女子なのか、それすらもわからない。

 まるで、動けば動くほど手足をとられる沼に入ったような……気持ちの悪い感じ。


 そう、これは『謎』なのである。

 であれば……と、私は机の上のマッチ箱をつまみ取る。

 このマッチ箱を合図としてつかえば、とある、可愛らしい探偵に会うことができる。

 先日の秘密基地事件のことを思い返しながら、私はマッチ箱を指先で弄ぶ。

 そのときだった。


「あの……北原先生はいますか」


 職員室を訪れたのは、私のクラスの生徒、健人くんだった。

 彼は静かだが大人びていて、優しい子である。

 なにを隠そう、私とあの探偵が出会うきっかけになったのが、この健人くんだった。


「健人くん、どうしたの?」

「その……先生に話したいことがあって」


 私のそばに来た健人くんは、なにやら怯えた様子だった。


「話したいこと?」


 進路について相談でもあるのだろうかと思っていると、


「さっきの……リコーダーケース噛み跡事件のことなんですけれど」

「ああ、そのことか」


 なんだろう。もしかして、あのいたずらをした子を健人くんは知っているのだろうか。


「先生。あれって、変な人が学校に忍び込んでやったこと……だったりしませんよね?」

「どうして? まさか、変な人を見かけたりした?」

「そういうわけじゃないんですけれど、噛まれてる人の共通点っていったら……全員が、小学生だっていうことくらいだと思ったから」

「ああ、なるほど……」


 私は自分の顎を持つ。

 たしかに、これは小学生を好きな変質者がやったと考えれば説明がつくが……。


「まあ……木は森に隠せという言葉もある。もしかしたらケースを噛んだ子が、自分の本命がばれないように、いろんな人のケースも噛んだのかもしれない」


 私の言葉に、健人くんはハッとした表情を浮かべる。


「たしかに……ふざけて噛んでみたら跡がついてしまって、それを隠すために、他のケースにも噛み跡をつけたとも考えられますね。そっちのほうがしっくりくるかも。先生はさすがですね」


 健人くんの頭の回転の早さにしばし驚嘆する。私はそこまで考えてはいなかった。


「ま、まあ……するとケースを噛んだ子は、片想いがみんなにバレている子だということになるね。調べたら見当がつくかも知れないけれど……今回はうっかりな事故だったということに免じて、あまり追求はしないでおこうか」

「はい。変質者が入ってきてるわけじゃないならそれでいいんです。僕、考えすぎてちょっと怖くなってました」


 それに校舎にはセキュリティも備えてあるから大丈夫だろうということで、この日の会話は終わった。


 しかしーー事件は、これで終わりではなかったのである。

 この日から一週間後。

 事件の被害者の数は、実は学校全体に及んでいたことが判明し、さらには……すでにケースを噛まれていた子のなかにも、噛み跡が増えた、と訴える子が出てきたのであった。

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