オレとご主人サマがいない日々
「じゃあ、行ってくるねー!」
まだ朝靄の掛かっている時間帯、ご主人とスィエ、ミセリ、それと誰だっけ……名前は忘れた。男の名前とかいちいち覚えてられない。中衛を担ってて折衝系担当の小悪党の四人が旅立っていった。十日ほどの遠征だそうだ。
スィエとミセリが頻りにオレの事を心配していたけれど、だらだら過ごせるんだ、これ以上無いほど良い事は無い!
「おう、ちゃんと稼いで来いよ!」
「任せてー!」
何を倒しに行くとかは聞いていないけれど、まあ、お国の為って奴だろ。あいつらあんなんでもSランクの冒険者だしな。有事の際は引っ張りだこだろうし。
見送って、屋敷に戻る道すがら市場に寄った。
あまり金は持ってきてないけれど、朝飯を買う分には全くもって問題無い。
「聞いた? クリス様達また隣国の変異魔獣の討伐に出かけたんだって」
「聞いた聞いた! この街自慢の冒険者様だもん、今回もへらっとして帰ってくるわよね!」
朝市に来ている客みんなが知っている。ご主人達が有名なのは知っていたけど……。直前になって知ったオレは一体なんだ?
「その噂いつから出回ってたんだ?」
「わっ、ソーマちゃん! 居たの!?」
「居たよ。それで、その話はいつから?」
「えっと、一昨日早馬がやってきて、ギルドに駆け込んでいったから……そこにたむろしてた冒険者から聞いたんだけど」
「そうか。まあ、ご主人だし、頼りにされるのはしかたねーなー」
ドMだし、タフだし。早々にくたばらないしな。
「ソーマちゃんを置いてくなんて、本当に危険なのね……。えっと、元気出して、はいこれ」
「お、おう? ありがと」
なんか、りんごを貰ってしまった。なんだ、あの憐憫の目。まるでご主人が帰ってこないような感じがしてたぞ。
「なんか、勘違いしてるけど、ご主人がくたばるわけが無いぞ? なんて言ったって魔神の一撃にも耐えるらしいからな!」
「そうね、早く帰ってくるといいね!」
「ああもう、子供扱いするな!」
頭を優しく撫でられた。その手を振り払って、オレは家路につく。
なんなんだ? 全く、なんかお通夜ムードになってないか?
その日の夜は意外と静かで、ちょっと怖かった。
二日目、屋敷の掃除をしていると、オムニィさんがやってきた。手にはちょっとお高いお酒と、露店で買える串焼きを持っていた。美味かった。けど、オムニィさんは終始オレを気にかけている感じだった。気があるのかな? いやちげえ、明らかにご主人が居ないオレに対しての慰めだ。
お陰で、酒は美味かったのに酔えなかった。
三日目、暇つぶしに迷宮上層に潜った。ノービスキラーが居たから、やってみたいことを試してみた。
結果、かなり前に流行った臆病者の大魔道士の必殺魔法みたいなのが再現できた。オレって実は凄いんじゃね! 今度ちゃんとスィエに弓の引き方教わって格好も真似てみよう。
勿論ノービスキラーも危うげ無く倒した。ちびったけど。ご主人がワンオフで買ってきたこの服のお陰無傷だよ、ちくしょう。
四日目、気をよくしたオレはまた迷宮に潜った。上層と中層の相中辺りまで進んでみたら、ノービスのパーティが死にかかってたから助けてあげた。どうやら五人で潜っていたようだけど、一人が囮になったらしい。その一人の遺体は無残だった。吐いた。人が死ぬ様を初めてみた。少しだけ恐怖がわき上がってきた。
五日目、なんの用意もせずに迷宮で一晩過ごしてしまった。恐慌状態のノービスパーティを放っては置けなかったから、とりあえず宴会芸みたいに、少し前にはやった、赤い外套の弓手の必殺技を再現してみた。意外とそれっぽくできた。あと、これ汎用性高すぎるし、殺傷力も高い。流石錬鉄の英霊の必殺技……。
六日目の朝にやっと屋敷に帰って来れた。けど、屋敷は静かだった。
七日目、少し寂しくて、ご主人のベッドで眠った。スィエに会いたい。ご主人はどうでもいい。
八日目、クローネの使いがオレ宛の服を持ってきた。ご主人め、いつの間に服を注文していたんだ! 支払いは五十万にも昇った。帰ってきたら説教だ! くそっ!!
九日目、屋敷の掃除をした。広いし、人が居ないから音が響く。怖い。夜の家鳴りで漏らした。でもそれを笑ってくれる人が居ない。
十日目、約束の日だ。オレは朝から今か今かと待ちわびて門の前で月が頂点を越えるまで待った。衛兵達が気の毒そうにしていたけれど、ご主人は帰ってくるって言ったんだから帰ってくるだろ?
結局今日は帰ってこなかった。まあ、何かのトラブルだろう。
十一日目、今日も帰ってこなかった。衛兵が気を利かせてくれて、検問室の中で日を明かして良いと言ってくれたので、甘えることにした。美少女は得だなあ。
十二日目、約束を守らないご主人がいて、びっくりすると共に、泣きじゃくった。こんなにも、一人でいる事が辛いなんて思わなかった。この世界に来て二度目の大泣きである。
十三日目、今日も帰ってこなかった。衛兵がリストラを告げる上役のようにオレの肩を叩いた。もう諦めろと言うことらしい。絶対に嫌だ。
十四日から十九日目まで、ずっと門の前で待った。あまり腹が減っては居なかったけど、食べ物を良く貰うので、少しだけ食べる。今日も帰ってこなかった。そろそろオレも諦めた方がいいのか……。いやだ……。ご主人たちにあいたい。
二十日目、気疲れが酷くて、門の前で寝転けていた。
「ソーマ……、ソーマ!」
体を揺すられる。なんだか、凄く懐かしい声を聞いた気がする。
呑気な声だ。それを聞いてると凄く安心する声だ。
「んむぅ……」
「ソーマ! こんな所で寝たら風邪引くよ!」
「ふへ……? ごしゅじん?」
半分閉じた視界の中で、懐かしい顔を見た。なんだ、オレ死んだのか?
いやちげえ、この紛れもなく締まりのない顔は……。
「ご主人!」
「うん、ソーマ、ただいま。待たせたね」
「お、お前……今まで、どこほっつき歩いて……」
「いやあ、ごめんねえ。その話は後でするから、今は屋敷で眠りたいのー」
「お、おう……、か……かえ……ふえ……ひぐっ……」
「あーもー、泣かないの。折角の可愛い顔が台無しだよ!」
「は、はれのせいだと……」
「ごめんって! みんな、僕先に屋敷に戻るね! 報告は明日で!」
ご主人がオレを抱き上げる。ふざけるな自分で歩ける。
だけど、こうされるのが今はとても心地良いから、抵抗はしない。
「はいはい、後で奢ってよ! まさか三日三晩強行軍で歩き通すとは思わなかったんだから! 遅くなってゴメンネ、ソーマ」
スィエが謝ってくる。別にスィエは悪くない悪いのはご主人だ。
だから、オレは首を振って答えた。口を開けば嗚咽しか漏れないから、答えるのは諦めた。
道すがら、少しだけ落ち着いたから、やっとオレは言えた言葉がある。
「お、おかえり……、ご主人」
そんなオレの一言に、ご主人が締まりのない笑顔を漏らして、
「うん、ただいま、ソーマ!」
と、そんなことを返すのだ。それがいつも通り過ぎて、気が抜けた。と同時にゆっくりと闇に落ちていった。