オレとご主人サマと出会い
夢だ。オレは夢を見ている。
なぜ夢と分かるかって? オレの着ている服が貫頭衣を模したかのような襤褸だからだ。これは奴隷商館にいた、一月程度しか着ていないけれど、あまりにも屈辱的だっただけは覚えているからだ。
転生して目が覚めて最初に着ていた衣類や、ボーナスで貰った金銭は既に奪われた後だ。特に思い出もなかったから別にいいんだが、ものの数時間しか着ていなかった最初の女物の服はなんというか中々よさげな物であった。あれも売られて金になってるんだろうなあ……
「ソーマ、今日こそはいいご主人様を見つけるのよ!」
痩せこけた妙齢の女奴隷がオレにそんな声を掛ける。
「この世界のこともわからねえし、売りになる物も持ってないオレなんかを買うやつの気が知れねー」
「また、そんな乱暴な言葉を使って!」
「何度も言ってるだろ、クリム。オレは女じゃねえ。男だって」
「ナニもついてない奴がなんてことをいうの」
「誰だって、心にチンコの一つや二つ持ってるだろうが!!」
「持ってないわよ……。あるのは奴隷として主人の慰み者になるための心意気だけ」
「まじで、そんなのいらねーわ」
オレは腐っていた。日本で死んだときの死に様もはっきりと覚えてるし、転生して神と話をしたことも覚えている。
そして、盗賊に襲われた屈辱。身ぐるみを剥がされ、アソコを広げられマジマジ見られ、処女と断定されて、頭陀袋を被せられた上に簀巻きにされてここに売り払われたこと。全部覚えてる。
「まあ、あなたはその黒髪だけでも十分に武器になるとは思うけれど」
「はっ、そんなの嘘っぱちだろ」
黒髪なんて日本じゃ腐るほど居たんだ。確かにここに居るのは赤や茶、良くて金の髪を持った奴ばっかりだけど、どうせ外に出たら一杯居るんだろ?
たかだか髪の色一つでそんなにも変わるとは思えねーし。
「そう……。あなた本当に何も知らないのね」
「知らねーつってんだろ。転生して、目が覚めたら盗賊に襲われてここなんだから。即奴隷落ちもいい所だぞ」
いつもの問答だ。クリムも飽き飽きしているだろうよ。
他の奴らは早々にオレに構うことを諦めてたしな。
それよりか我先に出し抜いて売れようとするような輩ばっかりだし。マジで女ってこえー。
「客が見えたぞ、並べ!」
商館の管理人がオレ等を檻からだして、横一列に並ばせる。
値札なんかは無いが、みんな一様に襤褸を纏っているのだ。
客として入ってきたのは、なんつーか体はがっしりしてるのになよっとした雰囲気の男だった。柔らかそうな栗毛色の髪に、人懐こそうな笑みを浮かべて、白銀に輝くフルプレートアーマーをガッシャンガッシャン慣らしている。
まあ、男のオレからみてもイケメンにはちげーねー。
奴隷の女どもが我先にと自分の売り文句を述べている。
そんな中をツカツカと歩きながら、男はオレの目の前に止まった。
「……君は自分を売らないのかい?」
「はっ、売れるもんなんて持ってねえよ。あるのは処女くらいなもんだ。それも一発ヤれば無くなるもんだしな」
オレの言葉に男が目を輝かせていた。黒髪が珍しかったのか自分に媚を売らないのがおかしかったのかよく分からないが、どうやら男の琴線に触れたことだけは確かだった。
「君を買おう!」
「はあ!? お前正気か?」
「僕はいつでも正気だよ! お嬢さん、お名前を教えてくれませんか?」
「あー……。本当の名前は違うんだが、みんなからはソーマと呼ばれてる。でもオレでいいのか? なにも持ってねえぞ? 多少料理はできるが」
「ああ、君が良い。ソーマこれからよろしく頼むよ!」
傅かれ差し出された手をオレは叩いた。
それが大層喜ばれた。邪険にして喜ばれるとか初めての事でびっくりした覚えがあった。
これがオレとご主人の出会いだ。
後から聞いたら、オレだったら、ご主人をいじめ抜いてくれそうとかいう理由だったんだよなあ……。クソッタレもいい所だ。
「んむぅ……」
目が覚めた。眠ったお陰で痛みは大分マシになった。
良い夢だったような嫌な夢だったような……。
体を起こすと、垂れ流しのあれが血の海を作ってて酷く不愉快だった。
まあ、それは置いといて、ぽかぽかと部屋が暖かいし、それに何か妙な匂いがする。安らぐようなそんな感じ。香でも焚いてるのか?
それにしっかりと握られた手と、椅子に座って寝転けるご主人。
全く……だから、あんな夢を見たのか。
ちっ、弱ってるときほど心細いってのが悟られてて嫌だ嫌だ。
正直起きてこの部屋に誰も居なかったら沈んでた自信は合ったからな!
まあ、たまにはこういうのもいいだろう。
さて、ご主人が起きるまで何をするかなあ。この手は離してくれそうもないし……。
全く手を繋いでてやるのも今日だけだからな、弱ってるオレに感謝しろよ!