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アルバとサーシャは、結局サイを広場に残して一路、城壁に向かっていた。
アルバは最後まで反対し、サイを背中におぶってでも一緒にいくと主張したが彼女の意思が変わることはなかった。広場を離れると辺りはだんだんと暗闇に包まれ、音が一切聞こえなくなり一層不気味に感じられる。たまに、広場に向かう家族や馬に乗った官兵にでくわすこともあったが、それ以外はさっきの喧騒が嘘のようにあたりは静まりかえっている…。
城壁へ登るためには、中央広場から20kmほど離れた街の正門まで行かなくてはならない。ただそこまでの道のりは、石田畳でできた街の中でも整備されたまっすぐな道路だったので道無き道を行くよりはかなり楽な行程だ。また、正門から中央広場への道はかなり栄えていて道の周りには小さな店や大きな建物がところ狭しと並んでいた。もちろん、住民は避難しているので街は明かりもなくひっそりとしているが…。
「なぁ、サーシャ…。ほんとにお偉いさんや官兵が逃げてるとしたら、この街はどうなるんだ?」
「一気に占領されて、住民は蹂躙されるでしょうね…。」
「蹂躙って…そんなこと許されるかよ!」
「許されるものにも…。それが戦争だもの。綺麗事なんて一切ないわ。」
サーシャは表情ひとつ変えずに、アルバの問いにそう答えた。二人は、走るというより早足で目的地に向かっている。辺りが暗くて、走るのは危険だとサーシャが言ったからだ。アルバは、野党に襲われた時にサーシャがなにか明かりのようなものを持っていた気がしたが、ここではそれについてはあえて話さなかった。彼なりの推測があったためだが…。
「…。サーシャは戦争を体験したことがあるのか?」
アルバはそう素直に聞いた。カーフイの住民である彼には戦争の経験がない。だから、漠然と頭で理解していても本当の内情は全く知らなかった。サーシャはその問いにすぐには答えず、腰に巻いてある布でできた水筒を取り出すとアルバに勧めた。
「飲んで…。これ、力がでる水だから!」
「へ?あ、あー。ありがと…」
アルバは、少し動揺しながら水筒を受け取る。布についている鉄の金具を外すとアルバは軽く口をつけて、飲んでみた。…味はふつうの水と同じだ。彼は、恐る恐るサーシャの顔を見ると彼女はいたずらっぽくアルバの顔を見返していた。
「どう?元気出た?」
「元気…でたのかわかんねぇ…」
「ふふ。その水筒はねぇ、私が戦闘にでたときに必ず持って行ったものなのよ。その水を飲んだ人はこれまで一人も死んでないから…ちょっとしたおまじないみたいなものね…」
「へぇ…」
アルバはなんとなくそう答えたが、サーシャはやはり戦争の経験があるようだった。だが彼女のような非力な人が戦闘そのものをするとは到底思えなかったが…。
「私は…ちょうどアルバくんぐらいの年に戦闘に出たの。それからは、世界中をまわりずっと戦争の中に身をおいてた…10年くらいかな。」
「え?」
アルバを驚かすには十分な言葉だった。この美しい女性が、ずっと戦争に身をおいてるなどやはりどうしても信じられない。なんとなく神官のような出で立ちをしているので、後方で兵士の介護でもしていたのだろうと思った。だが、そんなことより世界中を旅しているというのが驚きだ。この世界では普通、国境を越えるというのは国でかかえる商人くらいのもだったからだ。
「サーシャも…戦ったのか?その、剣とかつかえるのか?」
「もちろん、戦うわ。戦わないと、殺されちゃうしね!」
サーシャは、無表情に答えた。アルバはその様子をみて、先ほど抱いていた質問をここで話すことにした。そう、野盗に襲われたときに光っていたあのことだ。
「なぁ、俺さぁ。今、まさに戦っている山の戦士に教えてもらったことがあるんだけどよ。この世界には、まだ魔法をってやつを使える人間がいるって…」
魔法はこの時代、古文書の中でしか出てこない空想のものと考えられていた。ただ、少ない資料によれば500年前の戦争では、ある民族が実際に使って長く続いた戦争を終わらせたと言い伝えられている。
「ふふ。私がそうだっていうの?それは大きな間違いよ。だいたい、魔法使いなんて500年前で壊滅したはずでしょ?」
「でもよ…。サーシャはあの時、暗闇で光ってたじゃん。あれは違うのか?」
アルバがそう言うと急にサーシャは足を止めた。そして、胸からそっと何かを取り出し、アルバに見せた。それは、小さな石の結晶のようなものだった。透明で丸みを帯びている。大きさにして5cmほどだろうか…。今でも静かに弱いながら青い光を放っていた。
「これのことかな?」
「こ、これって…なんだ?やっぱり光ってるけど…」
「これは、ただの光る石よ。たまに大きな光を放つけどね。だけどあなたが言うとおりこれが魔法のチカラといえば確かにそうかもしれない…。ねぇ、アルバくんは、その山の戦士たちにどんな話をされたの?」
「いや、さっき言ったとおりのことだよ。まだ魔法使いはこの世にいるってさ…」
「そうなんだ…。じゃあなたにとって魔法ってどんなイメージなの?」
「そうだなぁ…。なんか、火とか雷とかを起こして敵を一気に殲滅するとか…そんな感じ?」
アルバがそう話すと、サーシャは手を口にそえて軽く笑った。
「それは便利ね!なら、今のこの状況なら喉から手が出るほどほしいわね。さ、とりあえず今は急ぎましょ!」
彼女はそう言うと再び足の速度を速めた。