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サーシャのその言葉で、アルバは神経を研ぎ澄まし辺りを見回した。さっき確認した時は、感じなかった違和感が今は確かにある。数人の足音がこちらに向かっているのも感じられる。咄嗟に、アルバは手を背中に回し剣の柄に手を当てた。
サーシャは、その様子を見て静か言葉を続ける。
「相手は5人。2人は槍のような長い武器をもっている。みんな男。巨漢は二人。その中でリーダー格の男は歩幅が大きいから、かなりの大男ね。」
彼女のその言葉は、アルバを驚かせるには十分だった。自分より先に敵に気づいたこともそうだが、いつその情報を掴んだのか。こいつ…何者なんだと…。
思わず見返すが、やはりただの若い女にしか見えない。
「な、なんで…そんなことがわかるんだ?」
「それはひとまず置いておこう。とりあえずこのあたりに隠れられそうな建物はない?」
アルバはその言葉をきいて一呼吸おくと、「こっちだ…」と静かに二人を案内し始めた。あたりは、小さく粗末な建物が密集している。彼はこの場所に土地勘があったのが幸いした。アルバは更に小道に入り、2人を一軒の小屋に案内する。
そこは、馬小屋のようで藁が右端につんであった。
「い、いったいどうしたんだい?」
サイが不安そうに2人に尋ねた。
「サイおばさんは、静かにしていてくれればいいから…」
アルバは小さくそう告げると、サイを藁の中に案内し、いっきに彼女の上に藁をかぶせる。その間もサーシャは注意深く外と辺りを見ていた。
あたりは薄暗く視界は無いに等しいが、ドアがない分近くまでこられたら確実に見つかってしまう。しかもこの小屋は小さな広場の隅にたっていて見つかったら逃げ場がない。サーシャは、髪をいじながら外をみていたがゆっくり振り返り、
「あらら、これは背水の陣というやつですね。」
と静かに呟いた。その落ち着きにアルバは不信に思ったが、今はそのことを詮索している暇はなさそうだ。まさかこの非力そうな女に戦えとは言えない。意を決して彼は、
「二人ともここに隠れていていて!俺がなんとかする!」
と、剣を抜き歩き出そうとした。が、サーシャがすっと手を伸ばし彼の腕を掴んだ。アルバは彼女の目を見たが、やはり余裕すら感じる。この女は、戦いになれている…直感でそう思った。
「うーーん。勇ましいけど、それは無駄死にというやつ。彼らはどうやら弓も持ってる。あなたでは…そうね。4人は倒せてもリーダーの大男は無理。」
「そ、そんなのやってみないとわからないだろ!」
アルバは馬鹿にされたみたいで思わず声を荒げた。だがサーシャはそれも軽く受け流し、
「まぁまぁ。ここはひとつ私に任せてみて。とりあえず、さっききた道はわかったから、ここから先の道のこと教えてくれる?」
そう言うと小屋に置いてあった細い棒を手に取り、にっこりと笑った。
「おい!あいつらどこ行きやがった!?」
「そんな遠くにいってねぇ!ぜってぇこの近くに隠れてやがるはずだ!さがせ!」
5人の夜盗は、突然消えた3人を血眼になって探していた。彼らは元々は避難して空き家になった家に忍び込み残された金品を盗もうとこの付近をうろうろしていた男たちだった。戦に紛れて盗人をくりかえすつまらない男たちだ。
だが、その時にこの付近に紛れ込んできた3人を見つけた。子供と年寄りはどうでも良かったが、一人は美しい金髪の若い女だった。
「どうせ相手は、ガキと女だ。別れてさがそうぜ!」
「そうだな!でもぜってー、抜け駆けはするな!女をみつけたらすぐに知らせろ!」
リーダーの大男がそう命令した時、一本先の十字路に最大の目的である女が現れた。女の周りにはなぜか明るい光が灯っていて、白い美しい顔とローブの隙間から美しい長い脚が覗いている。
女は、ハッとした驚いた表情をしていたがやがて急に元来た道を戻るように走り出した。なかなか素早そうだ。
「おい!待て!!」
その様子を見て、一味は一斉に声をあげた。リーダーの大男は、剣を抜き
「おい、ハゲ!おまえは裏へまわれ!左から挟み混むんだ!!いそげ!!」
と、部下に指示すると他の3人をつれて女の後を追い始めた。ハゲといわれた男は、長めの槍を上に一度あげると「よーし!!」と他の4人とは逆の方向へ進みおもいっきり走り出した。ただの空き巣のつもりできたが、思わね掘り出し物とであった。このご時世、女は楽しむだけなく高く売れる。さきほどちらっと見たその姿は、これまで見てきたどんな女より美しく見えた。
「へへへへへへーー」
下品な笑い声をしながら、そのハゲと呼ばれた男は左へと家と家の隙間を曲がった。仲間があのまま追い続ければ女は、しばらくすれば自分の前にでてくるのは容易に想像できた。このあたりは袋小路になっているが、広い道はそれほどない。見た目からあの女に土地勘があると思えないから、普通ににげればこのまま鉢合わせになるはずだった。だが、二つ目に角を曲がったとき、急に空から石が降ってきた。
「ぐえーーー!!?」
ハゲは、思いもしない急襲に腰をかがめてしまった。なんとか、頭は手で守ったがいくつかの石は、腰や背中に直撃した。
「馬鹿な…なんでだ!?」
腰に手を当て、周りを確認しようとした瞬間、いきなり頭に致命傷となる衝撃がはしった。剣で切られた…とういうか殴られた感覚だ。最後に彼が見たのは、子供が剣をふりかざしている姿だった。
「げ!!?」
「これでしまいだ!!」
アルバの声とともに、鈍い音とハゲの断末魔があたりに響き渡った。
少年の一撃は上手く相手の頭上に決まりハゲは、頭を砕かれすぐに絶命した。
頭から血が吹き出し、剣にも血糊がつく。
「はぁはぁ…」彼は、全力で走ったのか、作戦がうまくいった高揚感からか息をつくのも一苦労そうだ。
「一人…うちとったぞ!」
アルバはなんとか声を出し横の建物の屋根にいるサーシャに声をかけた。
「ふふふ。さぁ、次の場所にいきましょう!」
彼女はそう告げると素早く姿を消した。アルバは剣をふり、血を振り払いすかさずまた走り始めた。
(なんで…ここに敵が一人でくることがわかったんだ?)
そんな疑問を頭に浮かべながら…
ハゲの断末魔は当然他の4人の夜盗にも聞こえた。ここは、広い通りからはかなり離れていて、夜更けには声がはっきりと通る。人間もこの辺りには自分たちと獲物だけのはずだった。
「おい!あれはハゲの声か!?」
「野郎!なんかしくじったか!?」
一緒にいた一味から驚きの声があがる。こっちが相手を追い詰めているはずなのに…という思いを一様に感じていた。
一人だけ落ち着いていたリーダーの大男は足をとめてあたりを見回す。だがもちろん暗みで何も見えない。まさか、ハゲが反撃されたのだろうか…。だが、相手は女と子供だけのはずだ。子供は剣を持っていたが、あいつがハゲを一人で倒せるとは到底思えない。しばらく考えたが時間はない。逃げられたら元も子もない…。
「ちっ!しょうがねぇ、デブ…いや今度は2人だ。デブとアゴでハゲを見てこい!!おれら2人は女を追う!!」
大男はそう話すともう一人の男を連れて、走り始める。デブとアゴと呼ばれた男はすこし戸惑いながらも「ヘイ!!」と返事をして。声のしたハゲの方へ走っていった。
二人ともそう呼ばれた名前のように、一人は巨漢で、一人は異常にアゴが長かった。巨漢は、大きな槍とも斧ともつかない武器を手に取った。顎は、背に弓を背負っている。
「しかし…ハゲはどうしたんかな?本当に死んでたりして…」
「知るか!!いきゃぁ、わかるだろ!!」
デブは弱気なアゴの言葉を一括して全速力で、声のした方へと向かう。あたりは変わらず暗闇のままだ。月が雲で隠れているのだ。
(しかし…これで奇襲されたら確かにやられるぜ…)
デブはそう思い直すと速度を緩めた。
「おい!アゴ!お前はおれの少し後ろから援護しろ!」
「え!?援護って…」
「バカ!俺が攻撃されたら、すぐに後ろから撃つんだよ!てめぇの弓は飾りかよ!!」
デブは苛立ちながらそう叫んだ。
と、もうすぐハゲの叫んだ場所につく少し手前で、近くからまた光が漏れていた。さきほど見た女が放つ不思議な光に似ている。
「…」
デブは足を止めた。そしてアゴに静かに歩けと、目配せで指示する。アゴもデブの意図がわかったのかゆっくりと背中に背負った粗末な弓を手に取って、忍び足で彼の後に続いた。
2人は無言で、光の方へと向かう…。ゆっくりと角を曲がるとその先に、小さな空間があり井戸に座って怯える金髪の女がいた。走り疲れたのか、肩で息をしている。不思議なひかりのおかげで女ははっきりと二人に見えた。
デブは、アゴを「ここで待て!」と制するとゆっくりと女に近づく…。
光が溢れたその場所に座る女の姿がはっきりと見えてくる。
白のローブの下が開いていて下着のような露出溢れる格好が覗いている。
「た、助けて…」
女はそう怯えた声でデブに訴えた。デブはニヤリと下品な笑いをうかべると、大きな斧をその場に置いた。
そして、足早に女に近づく。デブが近づくとさらに表情から恐怖がうかがえた。
「こいつ…恐怖で動けなくなってやがるぜ!」
デブは、とりあえず羽交い締めにして捕まえようと歩幅を早めた。そして、女の目の前に来た時には無意識に全力で走っていた。
「捕まえたぜ!!」
デブは笑いながらそういい女に手をかけようとした瞬間、
その女…サーシャはすっと井戸から立ち上がると突進してきたデブを避け、そのまま井戸に投げ込んだ。
「ぐあーーーー!?」
井戸に落ちていく叫び声はやがて、ゴンっという鈍い音にかわりデブが地の底に体を打ち付けたことを知らせた。その様子を満足そうに眺めながら
「いっちょう、あがり!」
サーシャはパンパンと手を叩いた。と、顔を正面にむけると、アゴが弓を構え彼女を狙っていた。
「おまえ!ゆるさねぇ!!お頭!!お頭!!こっちです!!」
と、アゴは大声をあげた。と、その時別の方角から
「きゃーーー!!助けて!!」
と女の声がした。アゴがその正体不明の声にあっけにとられていると、急に後ろから頭と腰に衝撃がはしった。
石をぶつけられている…アゴがそう思って後ろを振り向いた瞬間、剣の斬撃が彼の首を襲った。
「ぎぎゃーーーーー!!」
アゴも雄叫びをあげて、倒れ込んだ。これもどちらかというと叩かれた感じだったが、アルバの一撃は見た目よりかなり重いようだ。
アゴもそこから立ち上がることはなかった。
「お見事〜アルバくん〜」
「まぁ、いいけどよ。なんかかっこ悪くない?これ!もっと、剣で堂々と…よ〜」
アルバはなんとなく卑怯な手口のオンパレードで文句をいった。やはり剣を目指すものとしては、剣で勝ちたいのだろう。だが、実はそれよりさっきからサーシャの言った通りの敵の動きに驚いていたが…
「バカねぇ…。言っとくけど戦になれば、序盤は剣なんてほとんど役に立たないわ。それは最後にとっておくものよ。さ、サイおばさんのとこに急ぐわよ!」
サーシャはそんなアルバの心の内を知ってかしらずか、そう言うと手はずどおりの道を進み始めた。