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NYARLATHOTEP#8

 激化する戦闘。そしてそこに駆け付ける地球の守護神。この閉ざされた地に尋常ならざる実体達が集いつつあった…。

登場人物

―ナイアーラトテップ…美しい三本足の神。

―ガス状の実体…自覚無き殺戮者。

―ライアン・ウォーカー/ヴォーヴァドス…かつての地球の守護神。



到着から数時間後:モンタナ州、某所、山中


 遂に始まった死闘は苛烈さを極めた。この蕭疎たる道外れの地では、あの破滅的な色合いをしグロテスクな音色を奏でる忌むべき尤禍の怪物が、それ単体で狂乱した魔女の夜(ワルパーギス・ナイト)の祭事めいた賑やかさと恐ろしさとを兼ね備え、魔女狩りを逃れた忌むべき老婆の集団などが鬱蒼とした野山の奥で召喚した蟇の仔がごとき悍しさであった。燦然と輝く星の纏う煉獄じみたプロミネンスのごとくうねる、己の外縁器官として動く廃屋の残骸と死骸の灰とで武装し、その一撃一撃が工業製品の生産ラインのような確実さで三本足の神に迫った。この尤禍の怪物はただ本能的にその力を振るうのみならず、明らかに鍛練を積んでおり、恐らくこれは異界におけるある種の武術であるらしかった――それこそあの弱い者いじめを生業とする悍しいアドゥムブラリや未熟極まる下郎のリージョンなどとは比較にならぬ程、己の力を把握しているようだ。池に閉じ込められている間にも、たまたま己と相性の悪かった水を制御する術を模索し、そして掌握している厭わしく湿った廃屋の木材や死んだ生物が変じた灰をいつでも十全に己の手足として振るえるよう、予行演習をその生意気にも高い知性でもってして行なっていたのだろう。しかしてこの美しい三本足の神とて弛まなく精進を続けてきたものだから、単純な力量差で劣っている現状であってもそう簡単には遅れを取らぬのだ。

「どうした? そんなものか? あのアドゥムブラリどものごとく時空をこの私目掛けてけしかけてみればどうだ?」

 冒瀆的な輝きを持つガス状の実体は三本足の神の挑発を嘲笑し、かの神が回避し辛いパターン性を手探りしつつ攻勢を強めた。一見挑発に乗ったかのように見えたが、実際はそれすら罠であって、それを悟ったかの神は深追いせぬよう己を律した。吹雪のごとく吹き荒ぶ数十万の破片や灰滓がそれぞれ全く異なる方向から異なるタイミングで襲い掛かり、そして反撃も鬱陶しい水の鎧で防がれたものだった。

「ふん、馬鹿馬鹿しいと思わぬか? そうした小手先の生兵法がごときに頼る必要などないわ。吾輩が思うに、もっとシンプルで強力なものこそがよいのだ。このようにな!」

 水底(みなそこ)から這い出た慄然たるリヴァイアサンが犠牲者の魂をむしゃぶり尽くさんとして伸ばす強壮な触腕じみた暴力性を備えた水の大蚯蚓(みみず)の群れは、主の意思に応じてその姿を変じて、大災害から逃げ出したシャンの大群がごとく無数の小さな水塊と化して来襲した。四方八方から繰り出される猛攻を常人には目で追えぬ程の動きで次々といなし、その戦鎚や拳には砕けた水などが張り付いて表皮を齧っていた。それに業を煮やして全身からエネルギーの奔流を放ったが、一層した後の隙を狙って差し込まれた水の槍がガー・ボルグじみた獰猛さをもってして突き刺さり、血と甲冑の破片が宙を舞った。

「下郎と言っておったが、その下郎に遅れを取りよったな。滑稽極まる傲慢な阿呆め」

 かの神は言い返そうとしたが、その前に外縁器官の猛攻が全身を強打したものだから、たまらずその場を離れた。一点集中で飛び退(すさ)ると、そこでごろごろと転がってから空いている左手を使ってふわっと縦に一回点しつつ立ち上がった。ばさばさと音を立てて星空のマントがはためき、無数の銀河が煌めいていた。深緑の甲冑に空いた穴からは美し過ぎて形容する事さえできぬ色合いをした、鮮やかな血がどくどくと流れていた。元々かの神を始め、神や悪魔は黒々としたどろどろの原形質であるが、こうして有形をとっている今は、例え手酷く傷付いていたとしても目が冴える程の美しさを備えていた。

「してやったり、とでも申したいらしいが」口端から血が流れていた。「その程度ではこの私を踏み越える事叶わぬな、まあ糠喜びでもしておれ」

 ナイアーラトテップの嗤笑を鑑み、異界的なガス状の渦巻くエネルギーの塊はそれで気分を害する事もなく、淡々と思った事を述べた。

「どうした? 声が震えておるぞ」

「それは貴様がそうであって欲しいと願っておるだけであろうが」

「ふん、抜かしたな」

 宇宙的な実体同士の罵倒がこの護法善神じみた木々に囲まれた池とその周辺に響いた。池は既に素粒子レベルで水の全てが掌握され、(さざなみ)は津波に変貌し、水の虫の群れが変じた水龍の群れが乱舞していた。

「今ここで死なせてやろうではないか。もはや己の負った傷さえも把握できておらぬか? 貴様など所詮その程度という事だろうな」

 背後から突然の衝撃が襲った――あのガスじみた怪物はかの神の背後に予め外縁器官として動かせる木片や灰を置いておき、然るべき時が来た瞬間にそれを使って攻撃させたのだろう。かの神が吹き飛ばされた方向が池のあった方角、今では腐敗臭を放つ泥濘のある場所であり、宙に浮かんで水を操っていた冒瀆的な紫色をしたガスは、泥濘の上に転がったかの神目掛けて水を巨大な柱のような形状へと変形させて振り下ろした。明らかにただの水以上の振る舞いを見せるそれは立ち上がろうとしていた三本足の神を強打し、一発一発吟味するかのように何度も打ち付けた。その度に地が大地震のように揺れ、森の木々は音を立てて揺れて葉を落とし、微震が遠いウィスコンシンでも計測された。どんよりと曇り寒気のする風を送る曇天と納骨堂じみた悪臭を放つ池の泥沼とが揃ってナイアーラトテップを愚弄し嘲笑っているかのようにさえ見え、かの神はもうよいとばかりに振り下ろされた水に結晶じみた戦鎚をぶつけて拮抗させ、追撃される前にそこから脱出した。宙に浮かんでグロテスクな音色を奏でる星雲のごときガスと対峙し、油断なく戦鎚を構えた。かの神の意思に応じて柄が伸び、両手で持てる長さへと変貌した赤黒いシャイニング・トラペゾヘドロンは、その不揃いなる多面から黒いエネルギーを発し、大気が焦げる匂いが充満した。そしてかの神が言葉を発しようとしたその時、新たな来客がこの閉ざされた忌むべき饗宴の地へと現れたのである。

「俺の守護する惑星に喧嘩を売りに来たとは、関心しないな」

 高らかに、凱歌でも歌うかのような調子で言い放たれた声が響き渡り、いかようにして三本足のナイアーラトテップを砕き、ばらばらにしてやろうかと先行きを立てていたガス状の実体を訝しませた。闖入者の方へ冒瀆的な輝きの視線が向けられ、しかしその悍しい眼差しを受けてもなお、声の主はその精神の健全性を喪う事はなかった。

「ふむ、物体と生命体の中間的な性質の実体か」

 地獄めいたその声は、新たに現れた実体を値踏みし、そして嗤笑の色が混ざっていた。

「ライアン…ヴォーヴァドスよ」

 三本足の神は己の友がここにいる事がにわかに信じられないという思いで呟き、ライアンは得意げに鼻で笑った。

「我が友よ、どうやら今回は他の生命体を生命体として認識できない面倒な手合いが相手らしいな」

 上下を防寒着で固めたかつての神は、全身から銀色の靄を発し、かつてアトランティスを庇護していた頃の面影が見て取れた。

「いかにもその通り。この虫けらは既に多くの命を奪い、それを殺しだと認めはせぬ」

 すると空間が震え、悍しい声が二神を愚弄するように嘲笑った。あまりにもグロテスクな声であり、森にいた畸形の蟇が己の視覚と聴覚を潰し、その厭わしい音が小さく響いた。

「貴様とその半生物は、吾輩を笑わせるために存在しておるのか?」

 次元の壁に隔てられた先の、ぐちゃぐちゃに散らかされた房室で狂った音色の弦楽器を廷臣達に命じて演奏させている風のイサカやタイフォン達のけばけばしく吐き気を催す茶会がごとく、どこまでも生理的嫌悪感を齎す声色をしており、冒瀆的に渦巻くガスの中心などは窮極的な嗤笑の表情を浮かべてさえいた――その狂ったスケールの模様を目にしてもなお、正気を喪わぬなればの話だが、並大抵の修行を積んだ程度では耐え切るのは不可能であろう。

「まあよい、その傲慢な原形質と共に死ね。死の概念があるならばだがな」とグロテスクな声が響くと、その意思を反映し血の華を咲かさんとしてガスの外側を渦巻いていた灰が複雑なフェイントや分岐を繰り返して襲い掛かった。命を刈り取る収穫の一撃はしかし、慄然たる轟音と共に受け止められた。

「なんだ? 何をしおった?」

「さあね、手許でも狂ったんじゃないか」

 体を横向けて曇天を眺めながら、ぞんざいに突き出されたかつての神の右手は、あらゆる方向から迫った灰の奔流をいなし、そして本命の一撃さえも受け止めて見せた。空気が弾けるような衝撃が周囲に伝播し、木々はがたがたと悲鳴をあげた。

 厭わしいガスは己の外縁器官が削り取られているかのような感覚を覚え、たまらず灰を引っ込めた。

「ビビってるのか?」

「こやつめ…小賢しい真似をしおって」

 ガス状の実体は苛立たしげな蠢き方をして、不快感を(あらわ)にした。それを見たナイアーラトテップは満足そうに嘲笑い、未だに治癒が遅れている傷口から血を流したまま、じんわりと鈍い輝きを放つ結晶じみた戦鎚を星間ガスじみた怪物へと向けて言い放った。そして吹き荒ぶ厭わしい冷風はそこで初めて、何かに怯えるかのような吹き方をした。

「さて、虫けららしく逃げ惑う準備はできたか?」

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