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NYARLATHOTEP#3

 リーヴァーの強力な能力と武器に苦戦するナイアーラトテップ。戦いの最中、かの神はこの星系の住人達と出会い、彼らを救おうとするが…。

登場人物

宇宙の住人

―ナイアーラトテップ…大幅に弱体化した守護神。

―リーヴァー…何者かの命で活動するコズミック・エンティティ。

―指導者…近くの惑星に住む、住人達を統べる人物。


約99億9999万年前:とある銀河、ガス惑星近縁


「あくまで貴様は己の非を認めるつもりはないと?」

「俺の邪魔をするな、〈旧支配者〉グレート・オールド・ワン。取り合っている暇はない」

 ナイアーラトテップとリーヴァーは意見が合う事なく、このまま衝突するのは必定であった。かくなれば両者が煉獄のごとき苛烈さで争う事は想像に難しくなかろう。

「下郎よ、では貴様の意を汲んで全力で妨害してやるとしよう」と三本足の神は宣言した。この時はあの結晶じみた神聖なる戦鎚シャイニング・トラペゾヘドロンをまだ持っておらず、無手ではあったが印象的な甲冑とマントは元より彼の持ち物であったから、現代の姿と大差はない。しかし戦鎚が無い以上は、この時点で様々な形態をとったり他の場所に同時存在する術は持たなかった。

「時間の無駄だな。ニルラッツ・ミジを喪失し、抜け殻のように弱体化した状態で俺と事を構えるなど、愚の骨頂」

 暴食漢は既にかの神への関心を失いつつあった。それよりもこの食屍鬼めいた実体は己の使命を再開しようとしており、三本足の神は屈辱に身を震わせた。しかも、この大喰らいの巨人は既にこの星系の住人から総攻撃を受けていた――そしてそれが全て無駄に終わった事も目撃していた。恐らくリーヴァーはガス惑星を飲み干し次第、他の惑星か、もしくは手早く恒星自体を飲み込むだろう。この星系はもう終わりが近いのかも知れない。

「さっき俺が仕えている実体がこう言っていた。『窮極的にはお前達の不甲斐なさに責任があり、それ故に多元宇宙(マルチバース)は汚染された』とな」

 明滅するリーヴァーは抑揚そのものはあるものの、漂白したかのように感情が感じられない声色で言い放った。すなわち〈旧支配者〉グレート・オールド・ワンズの自業自得だと言いたげであった。ぐっと怒りを堪え、美しい三本足のナイアーラトテップは言い返した。

「…そうかも知れぬ。ならば責任を持って貴様のような邪悪を討たねばなるまい。我が全力によって」

 ゆらゆらとマントが怒りの風によって揺れていた。しかしリーヴァーはそれを目にしたところで何の感慨も持つ事はない。

「お前の処遇について命令があった。いい材料になりそうだからお前を破壊して持ち帰る事にした」

 リーヴァーはガス惑星の吸収については完全に中断し、新たな使命を果たすまでは再開しないらしかった。かの神はそれを幸運に思った――勝率が限りなく低い事は承知の上である。この星系の住人に、可能ならば今の内に逃げろと警告する事は可能かも知れない。時間稼ぎができればそれで充分だ。何故なら彼は至高の守護神としての力を全て失い、それならばせめてどこかの善良なる〈人間〉のために命を投げ捨てる方がましだと思ったからだ。

「『他の連中の注意を引くのは避けろ』と言われている。しかし注意を引かないよう力をセーブした状態でもお前を破壊する事に支障などない。〈癌の王者〉モナーク・オブ・キャンサーよ、〈構築者〉の使徒の命に従え」

 リーヴァーが纏うへどろ色の服飾の背中側から4本の触腕じみたへどろ色の槍が生えた。リーヴァーの命に従って動き始めたらしかった。

「〈オブリテレイター〉よ、奴を始末するぞ」

 そして太い右手には虚空から取り出した武器――同じくへどろ色をした、直径120フィートはある巨大なフラフープじみたリング――が握られていた。一瞬明滅の光が強まり、その瞬間200フィートの巨体は10フィートまで縮小していた。伴って小さくなった槍とリングを構えてどっしりと佇む美しい暴食漢は、その全身から己の表皮と同じ色の波濤を三本足の神めがけて放った。一瞬で到達したそれを避け切れず、かの神は暴食漢の方へとずるずると引き寄せられた。

「ニルラッツ・ミジが使えない状態でも最小単位以下へと分解されないとはな」

 淡々とリーヴァーは述べていたが、引き寄せられているナイアーラトテップは必死だった。表皮が少し剥ぎ取られ、それになんとか耐えてはいるものの、結局脱出できずにリーヴァーの元まで引き寄せられた。そしてリーヴァーは神速の一閃を放った――衝突コースへ入った三本足の神を〈オブリテレイター〉で打ち払いつつ一瞬ですれ違った。

 三本足の神は「貴様…!」と苦悶の声をあげ、砕けた甲冑の欠片が舞った。ガス惑星に引き寄せられる破片に一瞬だけ目を向けたリーヴァーは、それらをあの腐敗色の波濤で引き寄せて、苦悶するナイアーラトテップへと撃ち込んだ。異界的な石つぶてがかの神を更に打ち据え、苦痛を与えていた。ナイアーラトテップはたまらず腕を振るって反撃した――至近距離で減衰のないハイアデス関数的性質を持つ衝撃波を浴びたリーヴァーはその不思議なエネルギーを完全に吸収してしまった。そしてこの部分的に非ユークリッド幾何学的な要素を持つ美貌の実体は、周囲の宇宙線や太陽風、ガス惑星の大気や恒星の核融合エネルギーを貪欲に吸い上げると、それらを既に吸収していたハイアデス関数的な性質を帯びたエネルギーと混ぜ合わせる事で尋常ならざる出力のエネルギーを発生させ、腐敗色とへどろ色の二色がロープのように絡み合った太いブラストとして打ち出した。それは三本足の神を飲み込み、ちょうど針穴を通すような正確さで彼方を公転する固体惑星へと向けて、かの神を激突させた。



数分後:とある固体惑星、首都、防衛軍基地


 三本足の神は地表へと激突し、二酸化炭素の厚い雲で覆われた惑星の首都に築かれた、基地の整地された部分にクレーターが生じた。即座に基地からは惑星の住人が現れた――烏賊虫型の半透明種族と二足歩行で現代の地球人やワンダラーズとかなり似ている種族だった。彼らは三本足の神を見るや即座にそれが神聖な存在であると悟り、その中の指導者的な烏賊虫が恭しく語りかけてきた。

「偉大な存在とお見受けします」

「我が名はナイアーラトテップ、聞き覚えはあろう」

「おお、我々はあなたを〈彷徨う天使〉とお呼びし崇拝しておりました。その他の教義においても重要な位置付けに置かれております」

「そなたらの敬意には感謝する。だが私は実に物悲しい神託をせねばならぬ…あの大空を喰らう怪物の事は認識しておろう」

 指導者は暫し厚い雲の向こうを眺める素振り(そぶ)を見せ、とても物憂げな仕草をとった。

「我々はあれにありとあらゆる攻撃を仕掛けました。その全てが徒労に終わり、そしてその上であなたが何か仰るなれば、それはこの星系からの脱出でございましょう」

 惑星全体に死と終末が吹き荒れているようにさえ思えたが、しかし両種族は既に達観的な見解であるらしかった。テレパシーでぼんやりと感じられるそれらの思念はナイアーラトテップをとても暗い気持ちにさせた。

「いかにも。私にはそれしかできぬ。不甲斐なさを許して欲しい。我々は全ての時空間を穢す化け物どもから諸世界を防衛し切れず、その結果再構築された世界に邪悪が蔓延り始めたのだ…」

 彼らは黙ってそれを聞いていたが、やがて指導者は再び語り始めた。

「元々我々両種族は星系を跨いだ対立関係にあり、長い年月を闘争に明け暮れました。ほんの数世紀前、漸く和平が叶い、疲弊した両種族はこの星系で静かに暮らしていたのです。その平穏も今終わろうとしております。

「我々は長き戦いで心身共に疲れております。実を申しますと、星系外への脱出を実施する気力はそこまで強くないのです。元より星系外へ脱出できる船団など持ち合わせておりませぬが故に。我々は全ての攻撃が失敗した今、諦めに支配されているのです。しかし我々両種族はテレパシーで連絡を取り合い、あなたの到来は惑星全土に広がりました。彼らは言います、逃げたところでいずれまたあれが追ってくるだろうと。そしてそれならば、例え滅びるとしてもあれを道連れにしなければ、と」

「それはならぬ――」

「お言葉ですが天使殿、我々はもう覚悟しておりました。このまま己の認識している世界の終わりを眺めようと。ですがそこにあなたが現れた。あなたであれば…あなたであれば我々の最期の輝きを以ってして、あれをどうにかできるかも知れないと。ですからどうかお願いしたいのです。他の種族がこれ以上犠牲とならぬよう、我々の命を、我々の大地を、そしてこの揺り籠を照らす偉大なる太陽をお使い下さい」

 悲しげな笑顔、それは何度見ても慣れるものではない。その場にいる二足歩行と烏賊虫は全員がそのような雰囲気を纏い、そして惑星中の思念が同意しているのがわかった。かの神は、どこか楽観視していたのかも知れない――守護神たる己は結局のところ、この星系を救えるのだろうと。しかしそれが傲慢な思い上がりだとわかり打ちのめされ、救えぬ生命へ心から申し訳なく思った。私がもっと強ければ助けられたかも知れないものを。

「…了承した。君達を犠牲にしてしまう事は本当に残念だ。無能を許して欲しい」

「これでよいのです。わかりますか? 我々の魂が繋がりつつある。全住人が儀式によって…これでお別れですね、最期に希望を授けて頂き感謝します。偉大なる太陽にかけて、幸運を」

「君達の犠牲は、絶対に忘れる事はない…!」



同時期:惑星間


 怪しげな魔法の行使を認め、リーヴァーは警戒を強めていた。すると惑星全体から魂が一箇所に集められているのが見え、それを強奪しようとした――しかし強固過ぎて吸収が阻害され、そうこうしている間に惑星に亀裂が入って崩壊が始まり、そして恒星からもあの一点へと向かってエネルギーが集まり始めた。

「俺と同じく吸収したエネルギーを攻撃に回すつもりか」

 無感情に眺めていたリーヴァーは、〈癌の王者〉モナーク・オブ・キャンサーの槍をはためかせて、〈オブリテレイター〉を構えながら高速で突撃した。そして惑星が崩壊し、その彼方で恒星が物理法則から逸脱した振舞いによる急減な変化によって黒色矮星と化すのと同時に、惑星の跡から飛び出してきた三本足の神と激突した。

「槍よ、奴に地獄を見せろ」

 リーヴァーが命ずると、しなやかな触腕じみた槍が次々と伸びてナイアーラトテップに襲いかかって貫いた。

「弱体化が効かない? いいや違う、お前が吸収し増幅させたエネルギー量が多過ぎて弱体化が追いつかないらしいな」

「やっと貴様の焦りが見えたな。下郎よ、犠牲となった者達にかけて、貴様を滅殺してくれるわ」

 ナイアーラトテップの右腕が振り下ろされ、リーヴァーは〈オブリテレイター〉で受け止めつつ〈癌の王者〉モナーク・オブ・キャンサーに攻撃させた。しかしかの神は左手で右、左、下と数千数万回も襲い来る槍の猛攻を捌き、右腕に力を込めて吹き飛ばすと、隙のできたリーヴァーに重い一撃を食らわせた。魂の混ざった打撃で怯んだリーヴァーに向けて魂の混ざったブラストが放たれ、それはあらゆる攻撃を無力化してきたリーヴァーに初めてダメージを与え、暴食漢は巨大な口からこの次元の物ではないために次元そのものから拒絶反応が出ているせいで、沸騰しながら凍結している物質を吐き出した。

「お前が俺にダメージを与えられる? 何故だ? 今まで訪れた次元では俺を傷付けるなどありえなかった」明滅する異界的な美貌のリーヴァーは疑問を淡々と口にした。

「何故なら貴様を倒すため多くの命がその身を犠牲としたからだ! 虫けらよ、これが〈人間〉の強さだ。彼らは強壮で気高い。しかし貴様ごとき愚かな実体には永遠に理解できまい!」

 三本足の神は邪悪を罰するためにあえて冷ややかな態度をとって見下した。暴食漢は使命が果たせぬかも知れない事を危惧した。



現代:とある惑星


「その気高い犠牲の物語は、最終的にどうなったのですか?」

 キュー・クレインは黒っぽい川を眺めながら尋ねた。大気の関係で昼間でも星が見える薄紫色の空には白っぽい衛星の巨体が浮かんでいる。

「奴を滅ぼす事は叶わなかった。しかしその後奴を見かけた事はない」

「そうですか、再び現れたら私もあなたに力を貸しますよ。ですが友よ、神であるあなたにとってさえ、耐えがたい苦しみ、拷問だった事でしょう。悲痛極まりないながらも、しかし私を信頼して話してくれた事は嬉しく思いますが、それを素直に喜ぶべきかは迷っています。私自身、今の話によって大泣きしそうになりましたから」

 そう言いながらいつの間にか、騎士はかの神に己の顔が見えないよう別の方向へ顔を向けていた。ナイアーラトテップにはそれを指摘する気力もなく、ただただあの時の無念を噛みしめる他なかった。

「我が子らの最期を見届けるのには慣れたつもりであった。だが汚染源の愚図どもと戦ってそれに疑問が生じ、そして貪り食う暴食漢との戦いで喪失の悲しさから目を背けてきた事を思い知らされた」

 風が吹いて、揺れるに任せていた星空のマントはばさばさと音を立てた。そして頭上で輝く悠久の星々に、2人はそれぞれの思いを馳せたのである。

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