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NYARLATHOTEP#2

 悍しい邪神達を撃退した直後、力をほとんど失ったナイアーラトテップは絶望の新世界に放り込まれていた。争いの無い理想郷が破壊された今、彼は力を失った事に起因する永き苦痛の旅を始めた。待ち受ける尋常ならざる実体への怒りを唯一の糧として…これはかの神がミ=ゴと出会う前の苦難と奮闘の物語である。

登場人物

宇宙の住人

―ナイアーラトテップ…力の大半を失った美しい三本足の神。

―リーヴァー…次元を渡り歩いて様々なものを奪ってゆく正体不明のコズミック・エンティティ。



約100億年前:ガス惑星近縁


 かの神は己が臨んでいる光景を受け入れられずにいた。兄弟姉妹の神々は皆いずこかへと追放されたか、消去された。そしてあの愚劣極まる不届きな連中はこの美しい三本足の神の主である、特定の本名を持たず様々な名前で呼ばれてきた最初の神である〈無名の神〉(ネームレス・ゴッド)――愚劣極まる〈旧神〉(エルダー・ゴッズ)は忌々しげにアザトースと呼んだが、本来それは美しい海毛虫じみた穏やかな民や外界から閉じこもって質素に暮らすガス生命体など、複数の種族や文明で親しまれた呼び名であり、そのような憎悪を込めるべき名ではない――もまた、どこか遠い所へと追いやられてしまった。美しい三本足のナイアーラトテップは今いる宇宙に押し込められ、過去や未来を俯瞰する事ができず、現在という枷で時間的に拘束されており、空間的にも他の場所や次元へ同時に存在する事ができなかった。現実改変能力や全能、ニルラッツ・ミジや■■――地球の言語では表記も発声もできない観念――などと呼ばれる神の力などは消え失せ、今やそこらにいるローカルな神々の平均値かそれよりまし程度の力しか持っていない。幸い敵側も手痛い損害を受けたらしく、向こう何十億年か何百億年かは侵入できないはずであった。

 だがそれは何ら慰めとはならない。


 時間や空間の法則に縛られている現状では以前のように振る舞う事はできず、他の神々も姿を消してしまったから、まだ何とも言えない部分はある。しかし三本足の神は恐るべき現実と対峙していた。かつて彼が知る宇宙は、過去であろうと未来であろうと誰もが手を取り合って平和に暮らす、争いの無い理想郷であった。雛形として作られた無数の宇宙や、そこから自然発生した異次元も、多種多様でありながら美しい調和が取れており、初めて出会う異種の〈人間〉同士が例外無くにこやかに交友を結ぶ事ができた。

 だが今はどうか? 未来は見えないにしても、業火の中から新たに浮かび上がり再構成された歴史を振り返れば、異種族同士どころかそこかしこで同種の争いが発生し、終わりの見えない苦痛と憎しみの連鎖が渦巻いている。〈人間〉どころか〈神〉の中にも異端が現れ、邪神や悪魔と呼ぶべき恐るべき実体が無数に暗躍しているのが今の諸世界なのだ。恐らく以前の歴史を覚えている者はごく僅かであり、かの神以外の記憶保持者はそう簡単には現れまい。改変された新世界は楽園を尽く破壊した後の瓦礫を組み上げた紛い物であって、かつての栄光は全て消え去った。ならば己らの被創造物を心から愛する美しい三本足のナイアーラトテップは、いか程の悲痛と、いか程の激烈な怒りを抱いているのか。〈旧神〉(エルダー・ゴッズ)と名乗り自分達が正義だと勘違いしているあの汚物塗れの虫けらどもは、絶対に許してはおけぬ。必ずや奴らに天罰を下す。そう、教化されて無理矢理片棒を担がされたあの哀れな神以外は、例えどれだけの時間がかかり、相討ちさえ叶わぬとしても、確実に見つけ出す。私には無理でも、この世界で未だ正しい心を持っている〈人間〉や〈神〉が必ず立ち上がる事だろう。そうであればまだ希望はある。諦めぬ限りは必ず。

 ふと目を向けると今いる銀河の遥か遠方に小さく見えている別の銀河で、星が消滅している様子が見えた。そして異様なエネルギーのパターンが感じられた。



数分後:星間宇宙


 何億光年もの距離があり、あまりに遠いのでよく見えないが、どうやら人為的な作用であの現象は起きているらしかった。何者かが恒星を喰らっているとでもいうのだろうか。ならば止めなくてはならない。



数年後:銀河間空間


 今になって、三本足の神は己がどこまで弱体化したかを嫌という程思い知った。以前であれば悠々と跨げる程度の距離を移動するのに今では莫大な時間がかかる。そうこうしている間にどんどん他の天体が消えてゆくのが見えた。



数百年後:銀河間空間


 幾ら超光速であろうと、あまりにも時間がかかり過ぎる。そもそもいつまであの掠奪は続くのか? 目の前で繰り広げられるそれは未だに続き、精神が擦り潰されるがごとき拷問であった。かつては即座に立ちはだかる事ができたにも関わらず、今では愛する子らの苦しむ姿を遥か遠方の銀河と銀河の狭間で見ながら身悶えするしかできない。かの神は休まずに数百年間進み続けたが、まだまだ長い道のりが待ち受けていた。やめろと何度も叫んでは、音を伝える媒体が皆無に近い宇宙空間へ虚しく響いただけだった。臓腑を抉られるがごときこれら苦しみに必死の形相で耐えながら、美しい三本足の神はひたすら進み続けた。恐るべき拷問がかの神を苛み続け、その心は流血に塗れていた。



数千年後:銀河間空間


 しばらく前から目的地の銀河で行われる掠奪が鮮明に見え始めた。リアルタイムで見える超光速の視力はこの場合むしろ、延々と続く地獄絵図を悪意によって見せ続ける悪魔めいたものにさえ思えていた。ナイアーラトテップは尋常ならざる拷問に耐え続けていたが、しかし被創造物達の被る悪夢を見続けるのはあまりにも苦しい。傷口に砕けた硝子を擦り込むのとこれでは、わけが違うというものだったのだ。絶対に貴様は許さぬ。絶対に貴様は…。



約1万年後:とある銀河


「やっと貴様と相見えたな」

 三本足の神は拷問の果てに漸く、この惨劇を招いた実体の前に現れた。あまりにも長い年月が流れ、かの神は奇跡的な精神力で被創造物達の死に耐えてきた。今では全ての被創造物が善良ではない。犠牲者の中には邪悪なる者もいよう。しかしそれは結局、多くの善良なる子らが犠牲となっているという事実を変えられるわけではなかった。それ故に、三本足の神はひたすら精神力に任せて耐えてきたのだ。

 しかしその実体は全く耳を貸さず、ガス惑星――後世の地球ではホット・ジュピターと呼ばれるタイプのガス惑星だ――の表面からそれの纏う高温や大気を吸い取っていた。暴食を司る悪魔のごとき実体は貪り続け、惑星そのものの寿命が急速で減りつつあった。

「こちらを向け、下郎よ!」

 ナイアーラトテップは轟々と叫んで両腕を振るい、空間の震えがレベル10のハイアデス関数的性質を伴って貪る獣の背後から押し寄せて激突し、異常現象による時間遡行が周囲の粒子を無に帰したが、全く効果が見られない。数百万マイル先から放たれたそれを受けて漸くこの食屍鬼めいた実体は振り向いたが、至極どうでもよさそうな様子であった。

「俺はリーヴァー、さる種族の下僕だ」

 リーヴァーと名乗った実体はゆっくりと明滅する腐りかけた皮膚のような色合いをした肉体と、生物の皮膚めいた有機的な見た目のへどろ色をした優雅な服飾で着飾り、下僕を自称するにしてはアンバランスな印象を受けた。感情がこもっていないような感じがして少し不気味だが、この手の実体には似合わぬ美貌ではあった。恐らくあらゆる種族が見惚れるであろう。丸々とした太い2本ずつの腕と脚を備え、とても広い横幅の体躯を持ち、剥き出しになった歯や歯茎が巨大な口から()り出し、背丈は200フィート程はあるようだった。見たところ全身であらゆるものを吸収しているらしく、もしも首を刎ねたところで時間稼ぎになるかも疑問である。

「何が目的か申せ!」

「俺は主達の命によって必要な材料を集めているに過ぎない」

 暴食漢のリーヴァーは感情のこもっていない声色で淡々と告げ、その自覚の無さはかの神にとって許しがたい愚行に思えた。

「命令だと? 貴様の主どもは何故このような暴虐を命ずる!?」

 美しい三本足のナイアーラトテップは形振り構わぬ様で問い質す。

「それに答える権限は与えられていない」

 美しい暴食漢のリーヴァーはあくまで無感情に答えた。その様子は無感情に徹しようとしているのではなく、明らかに素の振る舞いである。

 両者の前に広がる数百万マイルの空間に太陽風がそよそよと吹いた。華氏18万度を超えるプラズマの暖かな風はしかし、彼らの冷え冷えとした対峙を暖める事叶わなかった。

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