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NYARLATHOTEP#1

 遥か昔の物語。邪悪なる実体達の手で穢された宇宙の数々を見守る三本足の神がいた。彼はかつて邪悪なる実体達との戦いが繰り広げられたとある宇宙で奇妙なエネルギーを観測した。調査に赴いた三本足の神だったが、恐るべき罠が待ち受けていたのであった…。

登場人物

―三本足の神…宇宙の守護者。

―〈探求者〉…諸世界で犠牲者を出し続ける謎の存在。

―影の実体…信じられない程の悪意を持つ未知の種族。



 善き頭脳と善き心はいつだって手強いコンビネーションなのです。

――ネルソン・マンデラ



約50億年前:恒星近縁


 ニューイングランドの病弱な作家に忌むべき影響を与えた『イステの歌』や慄然たる『ネクロノミコン』が登場する遥か昔、実際にかような闘争が起きた事を知る者は最早多くない。言うまでもなく全ての生命に不死が約束されているわけではないからだ。特に地球ではローンズの冒涜的な小説を読むぐらいしか、大衆にはその一端を知る手段がない――無論一般大衆以外ならその限りではないが。諸銀河の偉大なる星間国家にならば、貸し出し不許可の但し書き付きでこの激闘に関する記録を他の多くと同様に保管している巨大なアーカイヴスがあろう。ライバーの著作が示唆する内容が事実ならば、ひっそりと世を去った怪奇小説家ラヴクラフトは今頃こうした数々の驚嘆すべき異星の蔵書をしげしげと眺めているのかも知れない。


 闇に覆われた領域を照らす死にゆく星の姿を眺めながら、美麗なる原初の神は己の宇宙が一応は未だ美しいままである事を再確認した。しかし彼とその同胞が見守ってきた全領域に夥しい汚濁を流し込んだ暗澹たる実体達――滑稽にも燦然と耀く正義の光を纏っていると自認し、その実、鼻つまみ者である食屍鬼達の腐敗した餌場にすら劣るあまりに醜い汚物に塗れた愚図ども――を思い出しては、この報いを必ずや受けさせんと、喪われた莫大なる生命のために己へ厳命した。億千もの素晴らしい宇宙と不思議な次元が余すところなく汚染され、この美しい神とて己の力が著しく落ちた今となっては、その汚染された連中を相手に立ち回るだけでも危険が伴う有り様であった。幸いにも汚染の原因である暗澹たる実体達に関してはあの時の全面戦争で痛み分けとなったようで、彼が知る限りそう簡単にはこれ以上の狼藉を働けぬらしかった。

 さて、あの愚図どもとの戦いから幾ばくかの月日が流れその間、岩石が惑星となりそこから生まれた生命が進化を重ね科学の翅で宇宙へと飛び立つまでの健気な過程も、今見ているような死に瀕した恒星が最期の華を咲かせる悲愴な過程も、この神は弛まず見守ってきた。それらは世界が穢される前とも寸分変わらぬ美しさを保持しているように思えた。今彼が眺めている恒星の断末魔とてそうだ。特殊な視力を持たねば仔細に見る事叶わぬこの惑星状星雲という状態は、この星の今までの一生からすれば一日かそこらに満たない程短い文字通りの『最期の一日』となろうが、この星が育んできた生命を思えば満ち足りた大往生であろう。

 砂時計のような形をした惑星状星雲に別れを告げて神は歩みを進めた。見せかけ上の青方偏移や赤方偏移に惑わされる事なく見たいものが見えている彼は、星間宇宙を往きながら右手の不揃いな多面体じみた結晶のごとき戦鎚へと意識を向けた。この品の創造者であるピンク色の甲殻類じみた一族から遥か遠く離れた地にいようと、彼らとの絆が断ち切られていない事にほっとした。このまま暫く警邏した後、あわよくば己を信仰している文明を訪れて昔ながらの難題でも科そうか…。

 しかしそれを許さぬのは、後に地球で発展する生命がグレート・アトラクターと呼ぶようになる非常に巨大な銀河団の領域から発せられる奇妙なエネルギーのパターンで、そのような怪しげな現象を探知したからには、この心優しく正義感の強い神はそれを突き止めに行かざるを得ないのである。



同時期:グレート・アトラクター中枢


 磁石に吸い寄せられた砂鉄のように無数の銀河がこの領域へと吸い寄せられており、ここが真空の冷たい宇宙である事を忘れさせる程の眩さであった。通常であれば大都市の照明めいた光の洪水に目を奪われそうになるが、しかし例えば美しい三本足の神がふと目を向けると、そこでは直径約15万光年の渦巻銀河へとそれより小さな別の銀河が衝突している光景が広がっていた。こうした銀河同士の衝突では時折恒星同士の激突が発生し、その周囲に凄まじいエネルギーを放射している時もあった。こうした苛酷な環境で生命――進化の過程で知性を持った生命を、この神は親しみを込めて〈人間〉と呼んだ――が暮らしていくのは少々大変だった。何万年も続く栄光ある帝国を築くのであれば、こうした不安定な宙域は適さないし、何億年も続けるならば尚更障害となる。彼らを守護するローカルな神々も、時には他の安定した宙域への移住を宣託する事があった。

 いずれにせよ、こうした環境でも懸命に暮らす〈人間〉達がいて、それがかの神にとっては誇らしく思えた。優れた科学技術により楽園を建造する種族、物理的な影響の煩わしさとは無縁の精神生命体、異次元から到来し部分的には悪影響を無効化できる種族。これら多くの〈人間〉達の織り成すドラマこそが、彼ら〈旧支配者〉グレート・オールド・ワンズが作り上げた諸世界の至宝である。

 そして、その至宝を穢さんとするあまりに異常で腐り果てた悍しい実体をこれから探し出す必要があるのだ。


 超銀河団、銀河団とレンズの倍率を上げていくかのように三本足の神は一点に向けて進み続けた。やがて一つの銀河が見えてきた――光速に縛られた視力では数十万年前の光景しか見えないが、この神はリアルタイムの視界を得ていたのだ。直径5000光年程度の小さな楕円銀河で、三本足の神が以前訪れた時はあまり活発に星が作られていなかった。今回の訪問では心なしかより不活性化している気さえした程だ。星々に活気が無く、これから最期の華を咲かせようとしている超新星一歩手前の星や誰にも注目されない虚しい矮星達が多かった。謂わば恒星の墓場と呼んで差し支えない場末の寂しさが満ち溢れた宙域であり、この銀河内に限ればどこもこんな調子であるようだった。

 しかしながらさすがにそれは、異常だと言わざるを得ない状況で、以前はここまで酷いものではなかった。何者かがこの銀河の寿命を吸い上げているかのような気がして、それこそが奇妙なエネルギーパターンの正体だろうと、この三本足の神は結論付けた。

 その時ふと、金属を腐敗させる七次元の嵐の中にいるかのような強烈な感覚がして、左下方に体を向き直すと黒い染みのような奇妙な影が約1光年先にある星系の残骸の上に佇んでいた。その姿を見るや猛烈な邪悪の香りが立ち込めたので、かの神は空間を跨いで影の前に躍り出た。

「何者だ」

 音を伝える触媒の存在しない宇宙空間に三本足の神の問い掛けが響き渡ったが、影は不意打ちめいた空間転移にも問い掛けにもさしたる反応は見せなかった。しかしその佇み方に込められた嘲りと悪意は見逃さなかった。

「〈探求者〉と見える。かような悪意は久しぶりの事」

 この実体こそが〈探求者〉だという宇宙的な確信があって、そしてこれから対峙する覚悟もあった。こうして対峙してみるとやはり抑えがたい怒りが込み上げ、(くら)い星空を映す漆黒のマントがゆらゆらと怒りの風を受けて揺らめき始めた。滅殺してくれるわ。かの神は高揚する怒りを抑えようとしたが無駄だった。そうした尋常ならざる怒りを見てもなお、嘲りに満ちた振る舞いをやめない〈探求者〉に最後通牒を言い渡した。

「投降した方が身のためであろう。大人しく(くだ)りて星々の厳格なる法廷に引き渡されるか、もしくは我が怒りをその身に刻み恐怖に打ち震えるか」と更なる警告を付け加えたが、それでもなお胸のむかつくような嘲りが続いた。怒鳴りつけてくれようか、そう思って怒りが吹き出しかけたその時、ようやく三本足の神は己の意思が今や己だけのものではない事に気が付いた。時空を握り潰し、それらを乖離させるかのような勢いで力を振り絞ってかの神は抵抗を始めた。そうした宇宙的な怪力によって、彼の周囲の空間が歪曲し、部分的に時間が停滞してずれが生じた。

 その有様を愉快そうに眺めて「もう手遅れだよ」と、〈探求者〉は初めての発言にこの上ない嘲りと悪意を込めて罵った。

「君は凄いね、ここまで抵抗してきた獲物は初めてだよ。僕達の催眠能力に対して驚異的な抵抗力を示している。だから…そう長くは拘束できないだろうね」

 もっとも、と鬱陶しいまでに見下しながら〈探求者〉は続けた。

「それだけの時間があれば充分なんだ」

 全ては悪意に満ちた罠だったのだ。



同時期:〈深淵〉(アビス)


 確かに力が衰えたと言えども、よもや己の見守る世界にこうした尋常ならざる領域が存在するとは終ぞ思わなかった。後年になってこの美しい三本足の神は盟友たるアルスターのキュー・クレインに対して大層忌々しげにそう語ったものだった。

 ナイアグホグアの名で己を崇拝してくれている敬虔な珪素生物の信徒達が〈探求者〉と呼ばれるお尋ね者の手に掛かって死んだ事自体は知っていた。生き残った者の話では肉体を循環する体液が尽く抜き取られていたにも関わらず外傷が見られず慄然たる模様が体表を覆っていたとの事だった。尋常なる宇宙だけでなく様々な次元に拡散させた己の半身を通して、これと酷似した事案が発生している事がわかっていた。しかし〈探求者〉とやらが一体何者なのかは知る由もなく、怒りが募ろうと更なる情報が入るまでは保留せざるを得なかった。今や時間と空間の制約がこの美麗なる神を縛っていて、過去も未来も関係なく振る舞う事は不可能であったため、不本意ながらこうして地道に情報を集める他ない。

 のこのことその〈探求者〉が自分から現れてくれたのは願ったりだった――あのような催眠に不覚を取ってこの未知の領域へと送られる事になるとは思わなかったとは言え。

 三本足の神が周囲を見渡すと、蒼い靄に覆われたこの次元の様相が広がっていた。全体的に黯くて、通常の生物であればその知覚が仇となり、この次元の仔細を眺めているだけでも吸い込まれるような黒々とした光景が心騒がせ、やがてその精神を引き裂かれてしまうに違いなかった。ならばこの領域へと連れ込まれたであろう犠牲者達が一体何人そうした救い無き絶望の檻に閉じ込められてきたのであろうか。

 彼が上を見上げる――上下左右のある次元だった――とほっそりとした橋が架かっているのが見えた。彼自身は己の宇宙的な力で宙に浮かんでおり、少なくとも眼下に広がる余りにも深い闇へと引き込まれる事はなさそうだった。しかし何かが妙だと気が付いたのはその時だった。

「あれらは何だろうか?」

 かの神の呟きはどうやら波紋のように響き渡ったようで、上下から信じられないまでの悪意が彼を包囲してきた。その様子たるやまさに至高の悪意の奔流としか言い様がない絶望的な穢らわしさであり、それだけで鍛錬を積んだ多くの戦士や賢者を精神的に殺せる程の威力があった。急激な状況の変化を受けて彼は黯黒(あんこく)のマントを翻して、数々の邪悪を誅してきた不揃いな多面体の戦鎚を構えた。全体的な衰えから見ても、少なくとも感覚に関してはまだまだましな部類だったから、これらの実体とは話し合いでどうこうは不可能である事がわかった。

 一切の油断なく周囲の状況を注意深く観察した結果、一体一体が家一件程もあるこれら未知の大柄な種族はこの次元を縦横で見た場合の、二次元的な横方向へしか動けないようだった。事実今のところ信じられない長さとは言え所詮届きはしない触腕を彼の方へと伸ばしているだけで、離れたところから見ればちょうど中央の強力な磁力に引き寄せられる金属製の鎖があらゆる方向から無数に中央向けて伸びているように見える事だろう。それはこのぴんと張り詰めた状況において石粒一つに満たない価値しかない事実だったが、ごく僅かながら三本足の神にとっての慰めとなったのである。

 しかしその安寧は崩される事となった。かの神が目の無い貌で周囲を伺っていたところ、ついさっきまで影の塊じみた実体がいた座標に何もいなくなっていた。更に見渡すとさっきまで何もいなかった座標に影が蠢いていた。どうやら彼らがいる場所は闇が濃くなるらしく、彼らが移動すると闇は少し薄まった。

「転移か」と、かの神は忌々しげに呟き、ならばこちらも短距離を跳ぼうかと戦鎚の力を開放したがしかし何も起きず、その間に次々と影達が彼と同じ平面上へと転移で近付きつつあった。こうした未知なる空間においてそれは無論の事、何ら珍しい事ではなかった。空間に対する影響力は明らかに彼らの方が上回っていた。

 すなわち信じられない程の悪意は実を伴った妨害も兼ねており、そしてそれはここが彼らの領地(ドメイン)である事を確定させたのだ。


 そうして遂に緊張の糸がぷっつりと途切れて戦闘が始まった。神聖なる者と邪なる種族が想像を絶する勢いで激突を開始したのだ。

「悪逆の徒よ、遂に見つけたぞ。よもや悪意のままに重ねた罪の数々を忘れたと今更言いはすまいな!」

 勇ましい叫びと共に宇宙的なエネルギーが戦鎚から迸り、闇を切り裂いて迫りくる影の一体を貫いた。だがそれは意に介した風もなく再び短距離転移で縦に移動し始め、彼らが移動する度に無数の随伴する闇が徐々に三本足の神の周囲を一際濃厚な漆黒で塗り潰し始めた。一般的な隔絶能力では防げぬはずの一撃を意に介さぬなれば、それこそまさに理の(ことわり)通用せぬ悪鬼であるらしかった――この影の種族は単に生死の理を愚弄して顕現している霊体であるとか、単に物理的実体を持たぬ精神のみの存在であるとか、そのような尋常なる宇宙の住人の多様性を鑑みれば然して珍しくはない肉体機能よりも更に強壮であるらしかった。何条もの光が放たれようとも一向に歩みは止まる事なくすり抜け、虚しく彼方を照らすにとどまった。攻撃がすり抜ける度にこの上なき愚弄に満ちた嘲りが聞こえてくるのも決して気のせいではなく、紛れのない現実であろう。このようにして、最初から結果の決まっていた競争のごとくいかさまに満ちた腹立たしいやり取りが続いていたが、遂に影の一体が神にその触腕を搦めてきた。見かけよりも素早い動きのために回避する事ができなかった。その力の凄まじさたるや筆舌に尽くしがたいもので、何せパルサーの海を悠々と駆け、降着円盤上で気楽に振る舞う事の出来るこの美しい三本足の神をして、全くもって抗いがたいまでに強烈な暴力に曝される事となったのである。獲物を粉砕する大蛇めいた締め付けが襲いかかり、素晴らしい防御力を持つ甲冑の上からいとも簡単に苦悶を与えた。かと思えば既に同一平面上や攻撃の届く平面上に転移してきた無数の触腕が彼を全方向から包囲しては、微細な下等生物を嬲る子供のやり方で次々に殴りつけた。

 闇の中で嬲られながら更に恐るべき事に気が付いたのはその時だった。最初は身に覚えのない感覚だと思ったが、やがてそれが『延長線上のどこか』を殴られる感覚だと思い出したのだ。それはまさにこの世界を汚染したものどもと全く同じ攻撃法であり、この影達は自らの領地(ドメイン)に身を置く限りは時間と空間の制約を受けぬが故に、この神の過去や未来の『部分』を、それどころか別の宇宙や次元に派遣している化身でさえもこの場にいながら片手間で攻撃する事が出来るらしかった。そしてそうした一方的な暴力の前にマントが破れ甲冑も段々と傷んできた。彼の神官達を昏倒させるには充分過ぎる悪夢じみた光景であった。もしも犠牲者がこの神程に強靭な存在でなければ既に時空連続体の全域から存在ごと抹消されていたに違いない。

 無数の触腕が鎖のように彼を締め上げ、そこへ忌々しい〈探求者〉が現れた。そして〈探求者〉の現在の姿を見た瞬間、温厚で心優しい三本足の神を真の激怒へと昇華させた。

「哀れだね、君はここで朽ち果てるんだよ」

 何故なら真に逆鱗に触れるのは〈探求者〉の挑発のこもった侮蔑ではなく、その姿が汚染源である〈旧神〉(エルダー・ゴッズ)の主神と寸分違わぬ模写――不自然な影が口元から上を覆って隠しているのを除けば全て一致していた――へと変貌していたからに他ならない。影達の悪意は計り知れないまでに昂ぶっていた。やり返す事のできない苛立ちが募って爆発しかけたが、しかし怒りは時として逆に思考を冷静にするもので、今回もそうだった。

「悔しいかい? だろうね、だがどうする事も――」

 しかし突如慄然たる黯黒が闇の空間を飲み込み、更なる侮蔑は遮られる事になった。

「これは…莫迦な!? ここは僕達アドゥムブラリの領地(ドメイン)だぞ!」

「貴様らはどうやら私を大層侮っていたらしい。私は何者か? 無論、神だ。そして誰か?」

「こんな事が!」

 まるで暴風が吹き荒れたかのようにアドゥムブラリの群れと彼らの一部である〈探求者〉を吹き飛ばした。その暴風の中心である黯黒の中には傷付いた神聖なる戦士の姿はなく、その代わりに光に頼る視覚では視認不能の環境でこそ全力を発揮する事のできる獣が三つ目をぎらつかせ、全体的に蝙蝠じみた己の肉体へと闇の力を吸収しつつ反撃の狼煙を上げていた。

「鼻持ちならぬ下郎どもよ、ナイアーラトテップの眼前にてこれ以上世界に対する狼藉を働けるなどと思わぬ事だ!」

 歴戦の勇士さえ震え上がらせる黯黒の獣の叫び声を受けてなお、信じられないまでの悪意を滾らせるアドゥムブラリ達は未だ余裕のつもりであったが、その余裕とて今や風前の灯である事は疑いようもなかった。

 襲いかかる触腕は獣の翼によって一撃の元に打ち払われ、予想より遥かに深刻なダメージを受けた事で千切れる寸前であった。慌てて彼らは掌握した時空間を利用して損傷した箇所の再構成を図った――こうした己の領地(ドメイン)において尋常ならざる力を扱える実体達は一般的に、己の領地(ドメイン)に居座る限りは難攻不落か無敵であり、アドゥムブラリもまたそうした例に漏れず基本的に無敵であるらしかった。故に万が一――本来ならありえぬ事だが――何らかの外的要因によって傷付けられる事があろうとも、ほんの少し力を発揮するだけで元通りにでき、いついかなる時のゲームにおいても自分だけを仕切り直す事ができたのだ。

 しかしこの上なきいかさまの上で胡座をかいてきたが故に、弱りきっている美しいナイアーラトテップを塵芥(ごみ)同然の実体として侮ってしまい、今まで彼らに虐げられてきた全てを代弁する痛烈な報復の力で反撃を受けたのである。そしてその力は皮肉にもアドゥムブラリ達が好む闇を糧としていた。

「実に鬱陶しい最期の抵抗だね! 僕達に傷を付けるだけでも腹立たしいのに!」

 〈探求者〉は少し離れたところにいるアドゥムブラリの一体の上に座って、相も変わらず光り輝く黯黒神の姿で鬱陶しい喚き声を出していた。

「せっかく嬲って殺してやるつもりだったのに、もっと惨たらしく殺したくなったよ。だから残酷無比に殺してあげる」

 アドゥムブラリ達は次の手を打った。この闇を糧とする獣を滅殺せしめるため、下等生物を蹂躙するやり方ではなく、対峙した相手を本気で殺すやり方を選んだ――それは彼らの主観から見て久しく使われる事がなかった手法である。まず時空間ごと凍結させて、そのそよ風のごとき影響を何ら受けぬ己以外の全ての活動を停止させた。凍結とは言葉の綾であり、本当は更に悍しい現象であった。

「この前の珪素生物は随分強情だったよ。お陰で希望なんて存在しない、僕達の前では絶望しか存在し得ないって事を教えてやったのに、全然絶望してくれないんだから腹が立つよね」

 そしてナイアーラトテップが黯黒の獣へと変身する前の状態へと時間を巻き戻して無力化を図った。

「あれはシャンの幼児だったかなぁ。それか何代か前のオーバーロードの身内だったかなぁ…まあその時の犠牲者がどこの何代前の王様の身内だろうと何だろうと、はっきり言ってどうだっていいんだけど。とにかく、比較的一般人の方が絶望し易いんだよね。生意気にも鍛えてる連中は結構抵抗してくる傾向にあるよ」

 物質を最小単位にまで分解――恐らくはブラックホールの内側よりも凄まじい分解力が働いた――し、時空を超えて散らばったかの神の全てに同様の処刑法を施した。

「君もそれら哀れな犠牲者達と同じ運命を辿るんだよ? 全く莫迦な奴だね、抵抗しなけりゃ嬲り殺しで済んだのに自分から至高の恐怖と苦痛をお望みなんてさ」

 そして過去と未来からアドゥムブラリは己自身を無限の援軍として使用して同時攻撃を行ない、例え時間を跳躍して逃げようとその全てを俯瞰的に支配する彼らからは逃げ場がなかった。己の領地(ドメイン)では時間と空間の制約には縛られず、好き勝手振舞う事のできるアドゥムブラリらしい殺し方ではあった。これら壮絶な攻撃は少なくともこの影達の主観では効いているつもりだったものの何度も言うように、黯黒の獣は闇を糧とする生物だったのだ。

「ば、莫迦な! まさか一切の効果が見られないとでも言うのか!?」

「どうした下郎よ、それが貴様らにとって最高の一撃か? 笑止千万と言ったところよ」

 アドゥムブラリ達は己の全力が通用せぬこの常識外の実体を相手に酷く狼狽していて、それは彼らの一側面である〈探求者〉の口を通して這い寄る混沌を失笑させた。彼らの滑稽さが大変幼稚で、大爆笑過ぎて笑いが失せたのだ。

「『莫迦な』しか驚愕の種類を持たぬか? 所詮下郎は下郎に過ぎぬが故に、かくも下らぬ実体なのだ。貴様らが何故弱者であるか諭してやろう。この我が化身が闇を糧にしておる事は貴様らも尋常の宇宙に危害を加えていた過程で耳にしていようて。さりとてその力の源を絶たんとする素振りもないではないか。見よ、己の無様さを。貴様らに一片の勇気さえあれば無駄な努力をする前に、例え私と同様闇を糧とする己を危険に晒そうとも、空間を弄って闇を消せばよいものを。しかるにそれが(あた)わぬのは、(ひとえ)に貴様らの脆弱さが成せる業なり」

 皮肉にもアドゥムブラリはこれまで全ての犠牲者にしてきた罪、すなわち最大限の嘲りで愚弄しながら絶望させる楽しみを、そっくりそのまま己の身に返される事となってしまったのだ。

 黙れ、と〈探求者〉が光り輝く黯黒神の姿で喚き散らしながら、黯黒の獣の心を殴りつけた。先程とは違いここは僕達の領地(ドメイン)だ、今度は精神的な抵抗など全く意味を成さないはずだ。莫迦で愚かな実体の反撃はしかし、ナイアーラトテップの精神に傷を付ける事さえもできなかった。彼らの全力による催眠でさえも闇を払わぬ限り、効果はないのだ。

「実に臆病な種族だな。文字通り一片の勇気さえ持たぬ。それもそのはず、貴様らは己の力に溺れて他を見下し、蹂躙する事しか知らぬ。私と異なり貴様らは実力の伯仲する相手や己を凌駕する相手を知らぬのだ」

「これは何かの間違いじゃないのか…ま、まさか這い寄る混沌の意味は…」

「ああ、ようやく知性が感じられる反応だな。そう、貴様が想像する通りなのだ。すなわち、私は貴様らのように汚物に塗れた邪悪なる実体へと這い寄り、あらゆる手段でそれらを破滅させる。特に今回のような武力による天誅がお気に入りだがな。それで? 貴様らは時間を俯瞰しておる癖に、今回の敗北を知り得なかったのか? おおそうか、私が不可能を可能としたのであったな、下郎どもよ」

 獣が手を向けて、闇を放った。すると放たれた一条の闇は一体のアドゥムブラリをずたずたに傷付け、その上にいた〈探求者〉は断末魔の叫びさえなく消え去った。その影で覆われた顔に至高の恐怖を意味する表情を貼り付けたまま。それを眺めながらナイアーラトテップは続けた。

「はて、黙り果てたな。どうした、〈探求者〉を介さねば言葉さえ発せぬのか? 〈探求者〉を再構成してみろ、あるいは空間に働きかけて己の意思を音声にしてみろ」

 黯黒の獣は(しば)しわざとらしく耳を傾ける素振りを見せた。結局何も聞こえず、むしろ無敵の実体達が恐怖している事がよくわかった。

「愚か者どもよ、私は確かに警告したのだぞ。それを進んで無視して私と戦い、そして今や戦意を喪失しかけているようだが、これは貴様らが始めた勝ち目なき最終戦争なのだ。己の言動に責任が持てぬのであれば、初めからかような狼藉を働くでないわ。この上なき幼稚な虫けらどもが、全ては貴様らの招いた災いと知れ。よもやそれさえも、理解できぬか? 己が敗北に瀕している現実を受け入れる事さえできぬのか? 気に入らぬ現実を覆して見せよ、それが可能であればな。もし不可能であれば、不可能などないと今まで過信していた己の領地(ドメイン)の中を逃げ回りながら、これからいかなる沙汰に見舞われるかを想像しながら恐怖に打ち震えておれ。貴様らは今、這い寄る混沌がもたらす悪夢に直面せんとしているのだぞ。その意味合いを知らぬわけではあるまい。そしてそれが不可避の破滅である事もまた、な。さて、いかなる手を打つつもりだ? せめて少しぐらいは気骨があるところを見せればよいではないか。無論の事、それができれば苦労はせぬがな。さあ、この心底吐き気のするいかさまゲームを強制終了させる時が来たのだ。貴様らが好むと好まざるとに関わらず、私は貴様らに獄炎の神罰を喰らわせてやろう」

 ざわざわと無音の呻き声が響き渡り、空間を満たした。その途端我先にとアドゥムブラリ達は尋常ならざる領地(ドメイン)の力を引き出して再び攻撃を始めた。しかし見れば先程ずたずたにされた一体は再構成する事ができないようだった。打ち払われて触腕を損傷した個体達も同様だった。それが意味する事は明白で、やはり火を見るより明らかな結果が訪れた。

「犠牲なくして勝利は得られぬぞ。学習能力がないのではないかと疑いたくなる愚鈍さだな。故に勝てぬ。闇の中で私と戦って勝てる道理なし」

 力の源である闇を消すリスクを犯す事が影達には終ぞできず、そうしているうちに飛びかかってきた獣の一閃がきらきらと漆黒の輝きを見せては彼らをぼろ雑巾へと変えていった。時空を利用した防御壁は紙切れ同然の役にしか立たず、時間の巻き戻しを始めとした再構築の術も同様に用を成さなかった。あまりにもあっけないので詩人がこの光景を見ていれば恐らく収穫作業だと形容した事だろう。


 未だ健在である汚染源の〈旧神〉(エルダー・ゴッズ)はかつての闘争でこの世に存在しない要素を振りまいて汚染した。その結果この悪意を持つ影達のような邪悪な実体が姿を現すようになったのだ。黄金期は突如終わりを迎え、手を取り合って生きてゆけるはずの者同士が(いが)み合い、殺し合うようになった。それがかつての楽園を知る宇宙の諸力にとってはあまりにも物悲しく、憎んでも憎み切れるものではなかった。しかしそれでも強い意志の力はその勢いを喪失していなかったから、この美しい三本足のナイアーラトテップのように、地道な正義の道を歩む者もいたのだ。偉大なるドラゴンのクトゥルーや星間宇宙の大帝ハスターなどは特に〈旧神〉(エルダー・ゴッズ)から大きな被害を受けて、一族を皆殺しにされたものだったが、しかしそれでも彼らもまたその気力が尽き果てる事はなかったようだ。

 恐らく数学的にはアドゥムブラリ達は無限の数だけ存在していて、到底全てを討ち果たせるはずもなかったが、彼らが無限であるように黯黒の獣もまた無限の力を闇から引き出していたのだ。幾らか物理法則を逸脱した振る舞いによってアドゥムブラリ達は全て撃退された。領地(ドメイン)における無敵性は健在であったが、しかし今後二度と自ら次元の壁を飛び越えて〈探求者〉を送り込む事はできなくなった。厳重な封印が施されて彼らは行き場を失い、このまま〈深淵〉(アビス)から出てくる事もなかろう。ナイアーラトテップはいつもの姿に戻って戦鎚を振るい、次元の扉を開いた。最早影達は妨害もできないらしく――あるいは初めて感じた己の力の通用せぬ鬼神への至高の恐怖故に――そのまま簡単に立ち去る事ができた。



数分後:グレート・アトラクター中枢


「思えば、予想以上に壮絶な冒険となったな」

 三本足の神は元の寂れた銀河へと戻ってきて、星々の運行を眺めていた。影達のせいで銀河一つが草臥(くたび)れてしまったのは辛かった。昔であればいざ知らず、さすがに今の力ではこれら死にかけた恒星を一つ一つ再点火するのには莫大な労力を要するものだった。それに邪悪を討ち果たすのならまだしも、必要以上に可愛い我が子達の世界に手を加えたくはなかった。かと言って相当成熟した文明でもなければ、銀河そのものの復活は途方もない労力と天文学的な量のリソースを消費する事になる。これから生まれるかも知れない命よりも、できれば今生きている命を優先したいという想いもあったのだ。

 あの矮星達はほんの少し落ち零れたせいで、今後二度と日の目を見る事なく生涯を終える。そしてそうでない輝ける星達もまた、かの神が知るとある惑星に次の氷河期が訪れる前にいずれも超新星爆発を起こしてガスやガンマ線を撒き散らしながら死に絶えるだろう。もう二度と子を成せぬ母達のように思えて、一際の悲愴感を醸し出した。そうして浪費された星の材料がまた次の世代の糧となる事を祈る他ないのかも知れない、かの神がそうした悲しい現実を受け入れかけたその時、光速度を超えたエネルギーが異次元から放射された。それは瞬く間もなくこの小さな銀河を駆け抜けて隅々まで染み渡った。そのエネルギーの正体を知った事で、三本足の神はようやく気を持ち直す事ができた。

「奴らに収奪されたこの銀河本来のエネルギー…そしてもう帰っては来ない者達から奪った生命エネルギー、それらを取り戻す事ができたのだな」

 どうやらむしろ、(くだん)の惑星に次の氷河期が訪れる前までに可能な限りの星々が再び息を吹き返す事だろう。この宇宙はまだまだ長い寿命を残しているから、それまでに新たな子らが生まれるかも知れなかった。新たな〈人間〉が出現するのはいつも喜ばしい事だった。汚染されているとは言えども、その全てが邪悪の色に染まるわけではなかったから、それこそが最大の慰めであった。これら諸世界を作り上げた〈旧支配者〉グレート・オールド・ワンズの端くれとして、これからも責任をもって見守ってゆこうではないか。見よ、満開に咲き誇る宇宙の花々を。その多くが、汚濁を跳ね返し強く逞しく育っているのだ。



20数年前:ニカラグア某所


 CIAとしては今のところまず現在の厄介事を解決する必要があった。秘密裏に仲間へと引き込んだ何某という肉体の不自由なヴァリアントの能力と、接触してきた善意の協力者達の働きによって住人を誰一人傷付けず土地そのものの存在を抹消できたマサチューセッツの寒村で興味深い資料を入手し、その中でニカラグアのある座標に関する記述が目に止まった。

 対外的にはアメリカも少しだけほっとしてきた時期であった。レーガン大統領の『悪の帝国発言』で少しひやひやとした冷戦の冷風が再び漂ってはきたが、85年にゴルバチョフがソ連書記長に就任するとペレストロイカで東西大国間の氷が少し溶け始めた。87年12月8日には米ソ両国がIMF全廃条約に調印し、ある程度の追い風が生まれた。台湾と中国、韓国と北朝鮮の睨み合いが次の冷戦の舞台であると見られていた。

 しかし別の方面ではあまり状況がよくなかった。79年のイラン革命でホメイニ一派が政権の座に着くと、キューバと同様最早言い分を聞いてくれない事が明らかとなり、その後のイラン・イラク戦争で中東地域が急速に不安定となり、アメリカを始め各国の大小の介入がそれを加速させた。

 同時期、アメリカのコントラ支援が公となり、徐々にニカラグアへの介入は難しくなってきていた。86年、国際司法裁判所は原告国ニカラグアの主張を認め、コントラを駒にサンディニスタ民族解放戦線をちくちくと攻撃していたアメリカを国連憲章に違反していると断じて追い討ちをかけた。レーガンは支持率を保っていたものの中南米政策がにっちもさっちも行かなくなってきたので、まだ介入できる内にコントラを介してニカラグア国内へと入り込み、さっさとその厄介事を片付けろとCIAにお達しが出て、目立たぬよう軍は使わずCIAだけで処理する事となった。要は、確かに対外政策でぐだぐだとした様相が続いた80年代のアメリカだったが、一応世界の警察としての矜持はそれなりに本物であったため、これ以上の混沌をもたらす要因は排除しておきたかったのだ。この厄介事の始末は公表される事なく極秘裏に遂行され、『知る立場』にいる人間からはビートダウン作戦の名前で呼ばれている。


 ビートダウン作戦で何があったのかはほとんど知られていない。ダニエル・オルテガはもちろんの事、CIAを手引きしたコントラも真の目的は知らなかった。

 一定以上の権限がなければ閲覧できない検閲済みのCIA内部資料で少しだけならば概要を把握する事は可能である。以下重要な箇所を抜粋(検閲で黒く塗り潰された箇所はそのまま)。

ビートダウン作戦報告書

 〈中略〉

 廃村となり存在を歴史から抹消した■■■■■で入手した資料『無名■■■』(※1)に、ニカラグアの■、■■■県、北緯■■°■■′、東経■■°■■′の森林地帯地下に隠された遺跡の内部に『■■■の歌』の完全版が存在し、国籍不明者で構成される教団がこれを乱用しているとの追記あり。『無名■■■』の追記にある情報から遺跡の大まかな構造、そこから推測される遺跡内の教団員を20人前後と推定。衛星で現地を2週間に渡って確認したが誰かが出てくる様子は見られず、そこで彼らがどうやって自給自足しているかは不明であり、既に『■■■の歌』をある程度解き明かしてその秘術で何らかの能力を得た可能性もある。

(※1.フランス語による写本)

 〈中略〉

 仮に『■■■の歌』の記述を正しい手段で実践すればアメリカはもちろん全世界規模の危機が想定された。混乱を避けるため工作員を現地に派遣し、極秘裏に処理する事を決定。今回のような事例への問題処理能力が高い工作員を選定した。

 〈中略〉

作戦目的

 a.極秘裏に詳細不明の教団を排除し遺跡を破壊。

 b.『■■■の歌』完全版の回収ないしは完全焼却。

 備考1:本作戦はアメリカ国内外に察知される事なく遂行される必要があったため、遂行後も詳細は闇に葬られねばならない。クラスA以上の権限のない職員には本作戦に関する一切の情報をその存在も含めて漏らさない事。

 備考2:教団の抵抗が予想されるためセオリー通りできるだけ発覚しないよう行動しながら、消音された武器や刺殺・絞殺などによって進行の障害となるルート上の教団員を発覚される事なく減らして遺跡を爆破・埋没させた。探知に備えて我が国の協力的な部族から購入していた探知を妨害する呪物(以下ジャマー)を用意、更に不足の事態に備えて魔除けの呪物(以下シールド)も用意しそれぞれを後述の班全員に所持させた。

 〈中略〉

 コントラを介してダーター1、ダーター2、ダーター3による班(以上の計3名)を現地に潜入、以降必要があれば無線が届く限り司令部は通信員のバナナ・ホテルを介して連絡を行なった。

 〈中略〉

 遺跡に到着、事前情報から排水設備が付近の川の中に隠されており、予定通りそこを通って侵入。教団の探知魔法はジャマーで妨害され発覚される事はなかった。

 〈中略〉

 事前の演習通り順調に作戦が進行しているとダーター1からバナナ・ホテルへ報告。この時点で5人を排除し死体を隠した。予想通り教団は訓練を積んだ呪術ないしは魔法の使い手(以下戦闘員)を保有、戦闘態勢に入られる事なくダーター1以下がこれら戦闘員2名を含む5名を排除したとの報告。爆弾を設置しつつ更に作戦続行。

 〈中略〉

 ダーター1は予想通り高いリーダーシップ、冷静な判断力、優れた作戦遂行能力を発揮。ダーター2及びダーター3もこの時点では期待値以上の能力を発揮。

 〈中略〉

 これまでのエリアと深部エリアとを区切る壁が未知の素材であり以降無線連絡が取れなくなる可能性があるとダーター1から報告。これ以降の記述は全て帰投したダーター1及びダーター2の報告に基づく。

 〈中略〉

 深部の大きな祈祷室にて戦闘発生、存在が発覚。祈祷室内に奇妙な鳴き声の奇形の犬がいたのをダーター2が目撃しており、この奇形の犬を射殺する前に吠えられてしまった。内部の設置物を掩体にしながら戦闘。戦闘員含め教団員達が聞いたこともないアクセントの言語で会話していたのを班が目撃。

 〈中略〉

 ダーター1はいつも通り戦場をコントロールし、班は数度の増援も含めて(※2)教団の司祭らしき人物(以下リーダー)以外を全員殺害。リーダーが隠し部屋へと逃げ込んだため一番近かったダーター3が先行して追跡。

(※2.ダーター2の提案で発覚した場合に備えて事前にクレイモア地雷を設置していた。発覚の遅さから考えて奇形の犬は通常の犬より聴覚及び嗅覚が退化していたものと推測)

 〈中略〉

 ダーター1及びダーター2が踏み込む前に隠し部屋から謎の音が鳴り響き、内部に踏み込むと小部屋の中に『■■■の歌』を手にしたリーダーの射殺体があり、壁には謎の発光する高さ2メートルの長方形の部分があった事をダーター1及びダーター2が目撃。ダーター1は未知の力による転移門だと推測。リーダーの死体には争った形跡が見られ、ダーター3から致命傷を負わされたもののダーター3を転移門へ押し込むかして追放したものと思われる。その後班は遺跡内を可能な限り捜索し、隠し部屋で発見した『■■■の歌』が本物である事を確認、想像もつかない未知の転移門のリスクが大きすぎるため転移門の調査も接触も断念し『■■■の歌』を回収、苦渋の決断ではあるがダーター3捜索を放棄して脱出を開始した。これら報告から、我が方の専門家はダーター1及びダーター2が踏み込むまでの10秒足らずの内にリーダーが何らかのトラップを発動させたものと推測。また、ダーター1の■■■■■■■で隠し部屋に入った後のリーダーの■■を■■できなかった事から隠し部屋内部が未知の装置ないしは素材で遮断されていたと考えられる。

 〈中略〉

 班が無線連絡の取れるエリアまで後退しバナナ・ホテルとの通信を再開、現状報告。

 〈中略〉

『■■■の歌』を運んでいたダーター2のシールドが腐敗し始めダーター1のシールドもそれより進行は遅いながらも腐敗を開始したとバナナ・ホテルに報告。『■■■の歌』の予想を超える危険性について司令部が協議し、『■■■の歌』の完全焼却を決定。今すぐ処分するようバナナ・ホテルが班に通達。

 〈中略〉

『■■■の歌』が焼却で灰化したのを班が確認しバナナ・ホテルへ報告、班は脱出を開始。脱出後爆弾を起爆させ遺跡の破壊を班が確認。

 〈中略〉

 班が帰投。ダーター1及びダーター2は外傷が無かったがダーター2のシールドの腐敗具合から判断すると、あと少しでも『■■■の歌』の焼却が遅れていれば重大な未知の悪影響がダーター2に出ていたと考えられる。

 〈中略〉

 ダーター3がMIAとなった事は少なからず我が方の痛手となった。■■年の■■事件及び■■年の■■■におけるテロを収拾させたダーター3の工作員としての能力は高く評価されていた。

 〈中略〉

 ダーター3は存命の家族や親戚もおらず独身で現在交際相手もいなかったため、事後処理は比較的容易なものだった。

 〈中略〉

 当初ダーター1及びダーター2に、ダーター3を失った事による心的影響が懸念された。しかし事件直後のショックは大きかったものの、両者ともに一週間後には支障なく働けるまでに回復した事を我が方の精神科医が報告している。

 〈中略〉

 当初の作戦目標を達成し、ビートダウン作戦は良好な結果を迎えた。『■■■の歌』を回収できなかった事を痛手と見る事もできるが、例によって人類の手に余る遺物であった可能性があり、判断が難しいところである。

 以上がビートダウン作戦の概要である。検閲によって塗り潰された部分が多く判読の難しい箇所が多いものの、作戦そのものが成功した事だけは確実なようである。



同時期:〈深淵〉(アビス)


 長らく沈黙し、停滞していた〈深淵〉(アビス)の地に変化をもたらす風が吹いた。些か奇妙だが、その風は人型をした有機物の塊を運んできたようだった。

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