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ホムレン 1-5 五話

「それで、また何かあったんですか?」


 主税ちからがあえて「また」を付けて聞いて見るのも、何時もの事だ。初見のイノシシ事件以来、爺さんの軽い誘いには心のどこかで警鐘が鳴ってしまうのである。


 だからと言って、主税が嫌々爺さんに付き合っているかと言えば、そうではない。むしろ、悪友から悪戯いたずらに誘われる悪餓鬼の心境なのである。今度は何をやるのか楽しみで、かと言って、油断していたら痛い目を見てしまう。そんな心持なのだ。その証拠に、何があるのか質問する主税の顔は笑い、声は弾んでいた。


「まぁ、その、なんだ、最近どうだ?」


 しかし、爺さんの方は何時もと違っていた。何を言いたいのか要領を得ない。


 何時もなら、『丁度良い、ついて来い』で、終わるのに今日は歯切れが悪い。もともと口下手な爺さんだから、口で説明するよりも、実際に見せたほうが早いと言う考えも有ったのであろうが、連れて行かれる身としては、せめて何をするのか位は事前に教えておいて欲しいものである。


 それでも、最近と言われたら、主税としても伝えたいことはいくつか有った。


「そうですねぇ、野菜の無人販売は意外と上手く行ってますよ。と言っても、先月で3万円くらいですが」


 趣味くらいでしか考えてなかった野菜作りだが、今では物は試しと無人販売をしている。


 もともと主税の畑は男の一人暮らしにしては広すぎるので、食べきれないほどの野菜ができてしまうのだ。最初は、田舎のご近所さんにと思って、軽ワゴンで挨拶がてら配ったのだが、そこは田舎クォリティー、配った野菜以上に、持ち帰る羽目になってしまった。


 そこで、今度は街の方のアパートのご近所さんに配ったのだが、初めの頃は喜ばれたものの、収穫時期の関係で同じ野菜ばかりを毎週大量に貰っても、食べるのに苦労するのはどの家庭でも一緒なのは想像できてしまう。ましてやそれ程縁深(えんぶか)くも無いただのご近所さんなのだから、無償で貰うだけでは気が引ける。


 そこで主税の頭の浮かんだのは、産業フェスタでの野菜販売であった。ダメなら野菜は畑の土に返せばいいと開き直り、アパートの大家さんに頼んで、開いている一角に野菜の無人販売の棚を置かせて貰うことにした。


 初めは防犯とか色々心配なことはあったのだが、よく考えれば誰も食べなければ捨てるだけの野菜である。それなら盗まれても誰かの腹を満たすのなら、それも良いかと、そこは開き直る。主税が農業講習と田舎との二重生活で一番身に着けた最大のスキルは『完璧を目指さないこと』なのかもしれなかった。


 売るのは鮮度の関係で月曜と火曜だけ『低農薬に付き、虫が付いている事も有ります』と、書置きして、価格は安めにしてみた。


 心配しながら始めた無人販売であるが、一月半たった今では、アパートの近隣の住民にもうっかり認知され、5月の売り上げはトータルで3万円になった。人が集まれば目も増える。それが自然と防犯の効果になって、野菜や売り上げが盗まれることは無かった。日本人って凄いと何気に感心したりもした。


 種代や、肥料、燃料代等の経費を考えれば、利益としては2万円と少し位であるが、趣味のついでの副収入と考えたら十分である。なにより黒字は有り難い、持ち出さずに次につなげれるのだ。


 それより嬉しかったのは、野菜を食べてくれた人の「おいしかったよ」の一言だった。お世辞もあるのだろうから、全てを真に受けては居ないが、それでも自分が作ったものが喜ばれていると思うと嬉しいのだ。


 主税としては、一番美味しい朝採れ野菜を食べて貰いたい処でもあるが、それは現状仕方ないと、今は諦めている。


 無人販売と言うことで最初は心配そうに難色を示していた大家さんも、評判が良くなるにつれ今では肯定的に受け入れてくれている。それどころか、


「いっその事、入り口のジュースの自販機をどけてもらって、西野間さんの野菜をそこで売ってもらおうかしら」


何てことも言い出している。


(野菜の自動販売機かぁ、冷房つきならもう少し長く売れるし、悪くないのかな?)


 等と、大家さんに言われた時は、微妙な夢を膨らませてしまう主税であった。


 心境的には会社勤めから野菜作りにシフトしてもやぶさかではない主税である。今では、妄想の想像として、街中にあるガチャガチャコーナーや、自販機コーナーみたいに、一坪ショップ的な場所で野菜の自販機を並べてみたりもしている。


 現状では、それでどれだけの売り上げが見込めて、利益がでるのか分からないし、受け入れられるかも謎である。ましてや、真夏と冬場では路地ろじ野菜は採れないので、その間は売るものが無くなってしまう。かと言って、その期間を何処かから仕入れたものを並べるのは本末転倒でできればやりたくない。


 農地を増やして完全な農家になろうにも、今の主税の腕では市場への出荷に見合うだけの見目の良い野菜は作れないであろう事は分かっている。作ろうとすれば、農薬や化成肥料の使用量も増えてしまう。


 会社を辞めて、農家になっても値の付かない野菜しか作れず、足りない生活費をバイトで補うと言うのであれば、今のままの二重生活を続けるのが全体としては安定しているのである。


 せめて、農業で安定した収入を見込める何かが見つかるまで主税の農業は趣味の域を出ず、生活は現状維持になってしまうだろう。


「まぁ、一朝一夕には行かないですからねぇ。でも、自分作ったものが喜んで食べてもらえるのは嬉しいですから、それはそれで、今のままでも良いと言えばいいんですけどね」


 近況をつらつらと話しながら、自分の野菜でも売れたことを嬉しそうに爺さんに報告して行く主税。


「そうか、よかったな……」


「爺さんどうしたんですか? 何かあったんですか?」 

 

 話を聞きながら、野菜が売れて美味しいと言ってもらった辺りでは、微妙に口元を緩めて嬉しそうにした爺さんであったが、やはり口調には何処か影がある。


「なぁ、ものは相談なんだが……、兄ちゃん、うちの田んぼと畑、それに農機具とか全部買う気は無いか?」


 どこか思い悩む様に、そう爺さんは口にしたのであった……。



 


 

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