ホノレン1-2
季節は進み6月も半ば。
主税は、何時ものように土曜午前の講習を終え、車で一時間以上かけて週末の住処へ来ていた。
ちなみに車はワゴンタイプの軽自動車だ。二重生活に合わせ買い換える際に有力候補に挙がっていた軽トラは、流石に通勤面で気が引けるので、次善の策としてのチョイスである。積載量も意外と多く、積荷にもエアコンが届くので、収穫した野菜や、苗の痛みが抑えられるのはとてもありがたい。
農業講習の方は二年目に入り、二年生全員で話し合いながら栽培計画を立てて種や苗の注文、育苗等を行っている。トラクタも好きに使わせてもらっている。基本は自分達で考えて作業を行うのだが、分からないことがあれば、講師の先生や農協の担当者、農業普及課の職員に話を聞くこともできる。
何より収穫だったのは、4月に参加した市の産業フェスタだろう。元々は地場産業の振興と紹介を兼ねたお祭りで意外と歴史のあるものだったのだが、最近では事業者も減り隣県岐阜の『関の刃物』の業者が出店するほどには露天の空きブースが増えてきていた。
そこで、市の方から農協に出展者の募集要請が出され、農協の方も「良い経験になるだろう」との名目上の元、講習生主導での露店を出す話が出てきたのだ。実際の所は、農協が特定の農家を紹介したとしたら、「何であそこは紹介して、家には何の連絡もよこさなかったのか?」と言う協同組合(農協の運営資金の殆どが農家の出資及び組合費で賄われている)故のトラブルを嫌り、でも市の要請には応えないと色々面倒になる等の大人の諸事情により受講生に白羽の矢が立てられたのではある。それに、4月は収穫できる野菜の種類も少ない上に作付けに向けての農繁期でもあるので、十日間連続で開催される産業フェスタを農家を紹介してもかえって困らせてしまう可能性もあった。
最初は厄介ごとを押し付けられた観の受講生だったが、物は試し、遅掛けの文化祭のノリでうまくいかなくても自分の腹は痛まないしと、参加をすることにしたのである。
しかし、上記のようにこの地域で4月は取れる野菜がほとんど無い。キャベツなどの青物には少し速いし、ネギや大根は鬆が入り始める(花や種を着ける為に、食べれる所の養分が失われ繊維質がきつくなる状態になる)時期なので売り物にするには少し怖い。しかも、農業講習の一環なので、野菜に関するもの意外は売ることはできない。
それでも少ない農業知識を動員してなんとかラインナップを整えることができた。
品目的には、にぎやかしに茄子、とまと、ピーマン、枝豆等の苗を組み合わせ自由の4ポットで百円。極早生のタマネギ(甲が低く全体的にひらぺったいタマネギ。瑞々しく、酸味が少ないので軽く水に晒すだけでサラダとしても食べられタマネギ。正確には育成期間の短い品種が極早生と呼ばれるが、タマネギは極早生になるとそのような特徴を持つことが多いので、同一視してそう呼ばれていたりもする。また、地域や店の売り方によっては『新タマ』と呼ぶこともある。総じて保存期間が従来のタマネギと比べると短いのが欠点。)が、お客様が好きなのを選んで袋につめれるセルフサービスにして5個で百円。セルフにしたのは、大きさや重さを仕分けして袋つめにする手間を省きつつ、大小や見た目によるクレームを防止するため『自分で選んでください』としたのである。もちろん聞かれれば、どのタマネギが美味しくてお勧めなのかは答えたりもしたが。ちなみにこの極早生のタマネギは、先代の二期生が調子に乗って農協から缶入り2dlを買い入れ、秋口から空き始める畑の穴埋めに植えまくったもので、そのまま収穫しても確実に処分に困りそうだったので、先代の許可を貰って販売することにした。
そして救世主たる新種の大根。これは何を売るか悩んでいた主税達を見かねて、県の農業普及課の職員さんが「サンプルで悪いけど」と、農業試験場のラベルの着いた種の入った缶を持って来てくれたのだ。特徴としては、鬆入りが遅く、長期の収穫期間が見込める優れもので、青首宮重の改良品種で、太めでどっしりとした生りに、辛味が少なく、宮重にしては少しもっちりしてるらしい。
それが朝取り土着き葉っぱ付きで、一本百円。
流石に日頃から畑をやっている男性や、家計を預かっているおば様方が多い受講生達で、できるだけお釣りを出す必要の無いワンコインで、他よりも売れる値段はよくわきまえているらしく、連日午前中で予定分が売り切れ完売であった。
何より、売れ行きが良かった理由は、プロではないにしても目の前の野菜を育てた人が売っていて、それなりに身につけた野菜の知識によるものが大きかったと思う。
苗であれば植え替え時や、その注意事項。野菜は見分け方や食べ方、保存の仕方等、買い手が疑問に思った事に的確に応えられた。トマトであればツルボケ(枝葉のみ太く大きく育ってしまい実を全くつけない状態)を防ぐために、花が咲くまでは畑やプランターに植え替えるの待ったほうが良いとか、茄子なら、植え替え時に一番花(果)を摘心した方が根の張りが良く、成長も早くなるとか、大根の葉っぱは保存するときは切り落とした方が実(根)の水分が失われにくくなり長持ちするとかだ。
それでも大根の葉っぱをとらずに売ったのは、作業の手間を省くためと、主税が個人的に大根の葉で作る『なめし』が好きだったからである(もちろん、『なめし』の作り方も積極的に教えた。喜んだのは小さい子供を連れた『主婦』の方ばかりで、仄かに期待していた『出会い』には繋がらなかったが…)。仕事の関係もあり、土日しか参加できなかった主税であるが、自分作った野菜を自分で売る事ができるのだと、頭では分かっていても、実際に体験してみて何かがストンと落ちたような気分を味わったものである。