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ホムレン12 2-4 あるがー4

マスター、鏡をお持ちしました」


 主税とディビィートの話が一段楽するのを待っていたのだろう、銅色あかがねいろの髪をした美人メイドが、扉の所から声をかけてきた。手には二メートル程の木の板を抱えている。主税からは見えないが、反対側が鏡になっているのだろう。


「ありがとうクヒカ。まだまだ話したいことは有るけど、一旦休憩にして鏡を見てもらおうかな」


 ディビィートは言いながら、カップの底に残ったお茶を飲み干し、ふぅと一息ついた。


(鉄鏡?)


 クヒカがディビィートに言われ、鏡を立てて向きを変えている途中で、普段使っている鏡と微妙に違う事に気が付く。鏡面はバフ掛けしたかのような、滑らかさなのだが、ガラスとは質感が異なっているのだ。


(ガラスが無いのかな?)


 目線を一旦日の差すほうへと向けると、開け放たれたままの戸には、やはり廊下の窓に嵌められていたのと同じ、葉脈のような模様のついた『磨りガラスの様な物』が付けられている。虫の翅と言われれば、そう見える代物だ。


 文化の違いと言うよりもっと根本的な技術力の差を感じながらも、主税は磨き抜かれガラス鏡に引けをとらない、姿見の前に立ってみた。


「ステキだよ」


「ちょっと、待とうか……。なんでお前と同じ姿なんだ?」


 後ろからうっとり(・・・・)とした声音をかけてきたディビィートに一旦振り返り、声を返してから再び鏡を見る主税。


 そこには、年齢や身長こそ違うものの、まさしくディビィートと同じ姿の自分が映し出されていた。


 年齢は欧米人と考えれば、恐らく十五、六と言った所か、おかっぱに切り揃えられた、さらさらとしたストレートの青い髪に、くりくりとした青い瞳を宿す明眸をしており、第二次性長期に入っているはずなのに、男とも女とも見れる美しい顔立ち。整えられた等身に少し華奢きゃしゃな体。まだ成長途中なせいか、幸いな事に視線の高さがこれまでと変わっていないのが、距離感や体の感覚が狂わなくて住む分、救いと言えば救いだろうか。


 鏡越しに見えるディビィートの瞳が少し怪しい。またおかしなスイッチが入っていそうで怖いのだ。


 主税は鏡越しにも、ディビィートと目線を合わせないように努力した結果、姿見を支えている|銅色の髪の美人オートマタメイド《クヒカ》と目が合ってしまった。


 クヒカは目が合って1秒後、無表情のまま『なにか御用なのかな?』と言いたげに小首を傾げる。そこからさらに2秒、チラリとディビィートに目を向けこちらに視線を戻す。それから1秒、ハッとしたように一瞬だけ目を開いて……、


『分かっています』とでも言いたげに完璧な所作で、鏡を抱えて楚々と部屋から出ようとし始める。


「ちょ、待って、待って! クヒカさん!?」


 主税はそんなクヒカを慌てて引き止めた。


 少なくとも今の状態でディビィートと二人きりになるのはマズイ。色々なにかがマズイと本能がそう言っているのだ。


 ちなみにクヒカが目を向けた時、ディビィートは特に何も言っていないし、指示を出した様子も無い。それどころか、鏡越しに熱い視線を主税に向け続け微動だにしていない。


 そして、主税に引き止められたクヒカは、『なぜ?』と言いたげに小首をかしげること2秒、無表情のままだが何か意を決したように姿見を壁に立てかけに行き、もじもじしながら戻ってきた。


 何をするのかと主税が見守っていると、丁度ディビィートとの間に立って、『どうぞ』とでも言うように、主税の方を向きながら、ディビィートへと手を差した。無表情なのだが、主税の目には、その薄灰色の瞳の奥に、何かを期待するかのような光がキラキラとかすかに輝いて見えるような気がした。


「えーっと、クヒカさん? それはどんな意味なのですか? まさかとは思いますが、今までも流れで、俺が見られながらする(・・)のを望んでるとか勘違いしていませんよね?」


「……」


 無表情、無言でその場に固まるクヒカ、よく見ればその耳は髪の色と同じく赤く染まっている。どうやら図星のようだ。


「くっく…っ、あはははははははっ」


 その横では、堪え切れなくなったディビィートが、声をあげて笑い始めた。


「ディビィート。彼女が自動人形オートマタだと言う話が本当だとして、彼女を作ったのは誰だ? 一度その思考回路に文句言ってやりたいんだが。 それに、何で彼女はさっきから俺には口をきかないんだ? もしかして俺は嫌われているのか?」


「ぼっ、僕だよ僕、彼女を作ったのは僕で間違い無いよ。 ただ、人形に感情をつけようと、思考ジェムに学習機能を組み込んだんだが、それが悪いように働いているらしい。 よく考えたら、クヒカは僕以外の人間とは会ったことが無いんだ、だから君に対してどう話したらいいか分からないんだと思う。 人見知りみたいなものだよ。決して悪気は無いはずだから、許してやって欲しい」


「人見知りってなぁ」


 クヒカの見た目は二十歳を過ぎている。それを人見知りと言われても、主税の方としてはどう対応していいものか悩んでしまう。


「あぁー、クヒカさん。俺が引き止めたのは、ディビィートとおかしな雰囲気にならないように、二人きりにして欲しくなかったんだけど、その辺は理解してくれるかな?」


「はい、分かりましたニシノマチカラ様」


「で、西野間が苗字で、主税が名前だから、どっちかで呼んでもらえばそれで良いですよ」


かしこまりました、チカラ様」


「クヒカ。多分、彼とは暫く一緒に居る事になると思うから、今の内に慣れておけばいいよ。 それに彼の中身はやっぱりレフィルとは似ても似つかない別人だ。これまで話して、そう認識してしまった以上、僕としては浮気は出来ないよ」


「レフィルって、誰だ?」


 ディビィートの口から出てきた知らない名前が気になり、聴いてみる主税。


「僕と君の魂が入っている人造人間ホムンクルスの基となった人物だよ。 ちなみに僕の愛しい人でもあるかな」


「念のために聞くが、レフィルは男?」


「うん、男」


「ディビィートは、ホムンクルスになる前は女?」


「ううん、男」


「ダメだろう、色々と……」


「でも、初恋だったんだよ、それから一途なんだ。 ちなみに、僕の方は、初めて会ったときの年齢で、君のほうは、僕が自分の気持ちに気が着いたときの年齢だよ。 ステキでしょ」


(ヤバイ、鳥肌が……)


「でね、もう一つ上に、一緒に魔王達を倒したときの二十五歳くらいの肉体もあって。本当は、そっちか、君の肉体に入るつもりだったんだけど、使用した魔石と僕の魂の相性が悪かったらしくて、上手くいかなそうだったから、仕方なくこの肉体にしんだよ。 でも、仕方なくとはいっても、レフィルの体の一部から生まれた肉体だから、そこに僕の魂が入ってると考えるだけでも、もう……」


 男の娘の病デレ話を長々と聞き続けられる程主税の精神耐性は強くない、このままきき続ければ、何か良くないものに汚染されてしまいそうな気さえしてくる。


 そう思えてくるほどに、惚気のろけ、語るディビィートの顔は幸せそうで、「そう、よかったね」と思わず肯定してしまいそうになるのだ。無論、よくよく聴けば全て片思いの思い込みの懸想けそうで、決して成就していない話なのだ。冷静で有ればあるほどレフィルという人が不憫で聞くに堪えない話になってくる。


「そ、そう言えば、この身体は歳をとらないのか?」


 何とか、病デレノ惚気ループから、話を逸らそうと疑問に思ったことを口にする主税。


「ん、ろ、老衰で死ぬ事ないよ……」


 目を逸らしながら応えるディビィート。


「歳はとるんだな」


 主税は、話が途切れた事にほっとしながらも、何か隠しているディビィートの様子に追撃をかける。


「歳は、とらない。何もしなければこのままだよ。不老不死っ、永遠の若さっ。誰もが憧れる身体!、そして何より美しく思い出深いっ!。ステキだよねっ!」


 誤魔化すように早口でまくりたてる、ディビィート。


 どうやら、ディビィートは自分の研究やその成果について、嘘は付けない性格らしい。伝えたく無い事でも、言いよどんだり誤魔化そうとはするが、主税にすら見抜ける程度のお粗末なものだったりする。何より思い出深いのはディビィートであって、主税には何の関係も無い話だ。


「何もしなければ? 何をしたら歳をとるのかな?」


「それは、設定で変更は可能にしてある……よ。でも、負担も大きいから、一月に一歳しか上下に動かせないようにしてある。それに、魔力を使うから、今の君ではやらない方がいい。 君の魔石は今、魔力が殆ど蓄えられていない状態だから、やろうとしても多分出来ないとおもうよ」


「そうか、瘴気や、魔石やらで魔力を貯めれば、そのうち出来るようになるんだな」


 先程、瘴気と魔石の話をしているときに、ディビィートから指導を受けながら、小指の先ほどの大きさの魔石をの魔力を、自分の体の中にある魔石コアに取り込んだのだ。


 ちなみに、年齢を好きに変えられると言う事実には、もう、何でも有りかと開き直って、今更驚くのも馬鹿らしくなっていたりもする。


「でも、その年齢のレフィルには色々思い出が有って、できるなら、そのまま変えないでほしいんだよ」


「……善処する。で、俺の方はそれで良いとして、ディビィートはなんで年齢を変えないんだ?」


 ディビィートの願いを都合のいい言葉でスルーしながら、さらに質問を重ねる主税。主導権を取らせてはいけない、もう病デレ話は聴きたくない。


「それはぁ……」


 言い難そうにするディビィート。それでも、


「この年齢のレフィルも気に入って居るんだよ。こう、なんて言うか、幼い身体に入り込んですきに操っているような背徳感というか、もし、この年齢で自分の気持ちに気が付いて居たら、まだ何も知らないレフィルに対して色々と……、なんて想像してしまって……」


(しまった。話がを戻してしまった……)


 またもおかしなスイッチが入り、語り始めてしまったディビィート。


「クヒカさん、何とかなりませんか?」


 主税は、ディビィートの後ろに控えるメイドに、諦め半分で助けを求めて目を向けた。


 クヒカは目を合わせて2秒後。「畏まりました」と言いながら歩き出すと、そのまま主税の後ろに回りこみ……


 両手でそっと、耳をふさいでくれた……。



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