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ホムレン第10話 2-2

「君には聞きたいことも、話しておかなければならない事もある。身体の方に問題ないのなら、一緒に来てもらえるかな、お茶でも飲みながらゆっくり話そう」


言いながらディビィートは、さらに距離を詰めて主税ちからの右腕に左腕を絡めて来た。


「えぅ!?」


 ディビィートの余りにも人懐ひとなつっこい行動に、主税は一瞬身をすくめる。


「じゃぁ……、行こうか」


 まぁ、子供だし、そう深く考えなくてもと、自分に言い聞かせて、緊張を解こうとした主税の耳朶に、幼声ながらも何処か色の篭った声が聞こえる。


(その間はなに!? 行くって、お茶をしながら話しに行くだけだよね!?)


 気付けば、ディビィートは左腕と胴体の間に挟みこみ、さらに右手で手首を掴むことで、主税の肘から下の右腕へのホールド状態を完成させていた。「逃がしてなるものか」とでも言いたげに。


「ちょ、ちょっと待って、ディビィート…さん?」


「どうしたの?」


 足を止めた主税を、愛らしい顔で不安げに見上げるディビィート。


「ちゃんと着いて行くから、腕を放してくれないかな? それと君は……」


 言葉の前半分は、このまま連れて行かれると、なに(・・)をされるか不安になった主税が、取りあえず拘束からだけでも逃れようとした結果だ。


 そして後半は、この子供が男の子なのか、女の子なのか気になって言い掛けたものだった。


 もし男の子なら、さほど問題は無い、甘えん坊くらいで済むだろう。でも女の子だったら、色々考えさせられるものがある。男の子よりも、女の子の方が腕を組みたがるのは知っているが、これからお年頃になろうかという少女が、今日初めてであったばかりの異性と平気で腕を組むのは将来が心配になっても仕方の無いことだ。


 かといって、小学校低学年のデリカシーのない腕白坊主じゃあるまいし、「お前、男?女?」なんて、気安く聞ける台詞ではないため、主税は思わず言いよどんでしまったのである。


「僕? 僕は男だよ?」


 主税が何を聞きたいのか理解したのか、ディビィートは少しだけ前に出て、身体をこちらに向けてくる。腕は組んだままなので斜めを向いた感じだ。


 何度も聞かれてもう慣れてしまったのだろう。主税に答えるディビィートの口調にはいささかのかげりも無かった。


 これは、主税にも経験のあることだ。なんせ名前が「にしのまちから」なのだから、初めて会う人は大体そこからいじって来る。学生の頃は、からかい半分で、社会人になってからは「覚えやすい名前ですね」と、話の取っ掛かりによくされた。主税にしても、何度も同じやり取りをしているので、それ以降の話がスムーズに出来る分だけ助かっている。


 困ったことと言えば、一時期会社で営業職に回されそうになった事くらいだろうか。「名前が覚えて貰い易いから向いている」と、それだけの理由で上層部から打診が有ったらしい。強制ではなく、営業力強化の一環としての案だったらしいが、本腰を入れて強化するのが海外の営業所であった為、社長の「無意味」の一言で取り下げられほっとしたのを覚えている。


 余談だがその後社屋で社長とすれ違ったとき、主税のネームプレートを見て「もしかして、君が西野間主税君かな?」と、声をかけられた事もあった。流石に得意先でするように冗談めかして応えるわけにもいかず、ただ「は、はい」とだけ口にする主税に社長は「そうか。良いプレゼントを貰ったな」とだけ口にして去っていった。


 その後、未だ覚えていなかった自社の社長の名前を慌てて調べたりもした。



「そ、そうか。変な事を聞いてごめん」


 そんな事も思い出しながら、男の子である事と、それほど気にして無さそうな様子に、何処どこかほっとした感じで応える主税。


 しかし、ディビィートは、主税の様子に「信じてないのかも?」と言いたげな顔をして少しの間顔を見上げいた。


「んー、確かめて……みる?」


 ディビィートはそう言うと、絡めていた手を動かし、主税の右手を自分のズボンの上へと誘導していく。そう、ズボンの上(・・・・・)。へその下辺りにあるズボンの履き口から、その中へと主税の手を入れようと誘っていく。口元に悪戯っ子のような笑みを浮かべながら、それでいて、頬は少し羞恥の桜色に染められ、青い瞳はうるみ、どこかトロリとした眼差しをしている。


「ちょっと待ったっ!」


 主税は叫びながら慌てて右手を引っ込める。


(問題あったよ! 男の方がもっと問題あったよっ!!)


 数瞬前の自分に突っ込みを入れる主税。


「どうしたの?」


 何処か残念そうに主税を見上げるディビィート。


「何しようとしたっ!?」


「触って確かめるのが、一番早いかな? と」


「いや、別に疑ってないから。わざわざ触る必要も無いし、そもそも男のモノなんて触りたくも無いから!」


「もしかして、君は見て楽しむ派なのかな?」


 ディビィートは、仕方が無いなとでも言いたげに肩をすくめると、両手をズボンにかけようとする。


「俺の言う事をちゃんと聞け。俺は男に興味は無い!」


 慌てて目をらしながら、声を荒げる主税。


 目を逸らせたのは、頭の中で過去にネットで見た、ロリやショタの同人がフラッシュッバックしからだ。ここで見てしまったら「僕も見せたから次は君の番だよ」なんて流れがテンプレだからだ。そして手探りながらも少しずつ開かれる大人への扉…。


 しかも、ディビィートの知性をうかがわせる青い瞳を宿した明眸には、その展開を期待している怪しい色が浮かんでいた。


(断固阻止だ! そんな事になって堪るかっ!)


 主税にはBLや、男の娘と言った属性は無い。


「そっか。君はダメな口なんだ。残念」


 主税の決意が通じたのか、ディビィートはズボンから手を離す。


「普通、そうだろう!?」


「そう? 僕は愛さえ有ればどっちでもいいよ」


どっち(・・・)って、どっち!? 女子でも男子でもOKの意味? それとも某腐女子系で言う所の「受け」や「攻め」の方!?)


 無論、どちらにしてもその属性の無い主税にとっては、受け入れがたモノ(・・)がある。おとこには、一生守り続けなければならない「純ケツ」があるのだ。


 助けを求めるように、主税とディビィートの後ろに控えていた他称自動人形(オートマタ)の女性を振り返る。目が合って2秒。何かを思い出したかのように無表情の瞳が一瞬だけ「ハッ」と、見開かれ………、


視線を逸らされた。


 タスケハコナイ。心の中で諦め、主税は現状をどうにかしようと、考える。


「だいたい、愛も何も俺とディビィートは、今日初めて会ったばかりだろ?」


 余りの展開で、既に主税の敬語は崩壊しているが、本人にそんな事を気にする余裕も無い。それに逃げ出した所で、お隣さんだ。家に帰っても近いうちにまた会う事になる。それを考えると今の内に色々話はしておきたい。


 と言うか、中途半端に終わって、家に来られたら怖い。ディビィートのこれまでの流れから夕方に訪ねてきて、チャンスをうかがいながら、夜まで居座りそうで嫌だ。


「そう…。そうだったね、ごめんね。少し浮かれすぎてたかも」


「何に浮かれていたのかは知らないけど、とりあえず、俺も落ち着いて話がしたい。いいか?」

 

「わかった、僕も聞きたいことがいっぱい有るし、とりあえず移動しよう」


 説得と言うほどでもないが、主税の言葉にディビィートは背中を向けて歩き出す。流石に今度は腕を組んでくることは無かった。恐らくイケるかどうか試してみたと言う感じだったのだろう。なに(・・)がとは、あえて言うまいが。


 ディビィートの後ろを歩く主税がまず驚いたのは、館の広さだ。


 自分が寝ていた部屋の隣にもう一部屋あり、そこは二十畳ほどの広さで大きなソファーにローテーブル、暖炉まで作りつけてあった。


 そんな高級ホテルのリビングスペースのような部屋を抜け、扉を二つ潜りその先にあったのは、百メートルはあろうかという廊下。


 日の入り具合から恐らくは館の北側だろうと思われる廊下の窓には、磨りガラスの様な物が張っていて、所々に葉脈のみたいな凹凸のついた模様が描かれていた。


 床は磨かれた大理石。天井にも壁にも漆喰と思われる白い壁土が丹念に塗られていて、むら一つ無い。


 構造上の理由だろう柱状の出っ張りは、天井付近で綺麗なアーチを描いている。


 そんな廊下をディビィートと無表情なメイドに挟まれ、しばらく進むと階段を一つ降り、別の部屋へと案内された。


 そこはサロンとでも言えば良いのか、座る人数や用途に合わせた幾種類もの椅子とテーブルのセット他に、紅茶でも飲みながら雑談するにはぴったりなゆとりのあるソファーが並んでいるが、それでもまったく狭さを感じない広々とした空間が広がっていた。


 南向きの窓は大きく開けはなたれ穏やかな日の光が入り込み、緩やかにカーテンを撫でる風が心地よい。


 窓の向こうに見える白で統一されたテラスは、恐らく主税が気を失う前に二人を見た場所であろう。


「そこにかけて。今お茶を用意させるから」


 適当なテーブルを選ぶと、ディビィートは主税に座るよううながし、その対面へと腰を落ち着けた。


「さて、ようこそ『錬金術師のアルケミスト・ガーデン』へ、と言うべきかな。この場合は」


 ディビィートは、無表情メイドが給仕するお茶を含み、喉を潤すと口を開いた。そこに迷いのような表情が伺えるのは、何から話すのが良いのかその順番を悩んでいるようだ。


(錬金術師の庭……)


 この話は長くなりそうだと、ディビィートの様子から感じ取った主税は、気分を落ち着けて話を聞く体制を整える。


 ちなみに、出されたお茶には未だ手をつけていない。カップの中に揺蕩たゆたうその液体はピンク色をしており、これまで主税が飲んだどのお茶とも違う香りがする。


 万が一にも睡眠薬など混入されていたら……。


 目覚めたときには、大事な「純ケツ」が失われているような事態は避けたいのである。

 

 

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