箱船
夢を見ることもなく、私の意識は唐突に目覚めた。
意識をコンピュータへ接続すると、視覚神経系が宇宙船の高感度カメラが映した宇宙空間を認識した。そして素粒子望遠鏡が捕捉した無機質な灰色の惑星も。
さて、なにがどうなってどうするんだったか。ゆっくり思い出して行こう。
まずは時刻の確認だ、宇宙歴7億5821万3945年と少々、前回コールドスリープ実行時より3億8030万0732年と少々経過、とデータが流れてきた。
私は準光速宇宙船の頭脳操縦士だ。
飽くことなく繰り返される戦争と資源の枯渇により文明滅亡を目前にした私たちは、種族の生き残りを賭けて準光速宇宙船を開発した。
その宇宙船にはあらゆる動植物のDNA情報と惑星改造移殖プログラム、そして私の頭脳が積み込まれた。宇宙船は私の頭脳をコールドスリープした状態で自動操縦で航行する。動力は恒星熱エネルギーを利用し、船体はコンピュータによる自己自動修復機能を備えているので半永久的に航行可能だ。そしてコンピュータは生物が生存可能な惑星を発見した時、操縦士のコールドスリープを解除する。
計算では条件にかなった惑星に遭遇出来る確率はわずかだったがゼロではなかった。技術の粋を集めて作られた宇宙船は光速に近い速度でしか飛ぶことはできないが半永久的に航行可能なので、時間さえかければ惑星は発見できるだろうと判断し、宇宙船を飛ばした。私以外にも多数の宇宙船がバラバラの方向に飛び立ったが、そのうち何隻が無事目覚めたのかはわからない。ブラックホールに飲み込まれる可能性だってあるし、他の宇宙文明にとらえられ、破壊される可能性だってあるし、飛行ルート上に条件にかなった惑星が見つからずに宇宙の終焉を迎えるかもしれないし、宇宙の端に到達してしまうかもしれないのだ。もっとも他の宇宙船の行く末を確認する方法はないのだが。
幸運にも私が目覚めるのは二度目だ。
基本的に私のすることは、目の前の惑星の環境を分析して惑星改造移殖プログラムをカスタマイズして、カプセルを撃ちこむトリガーを引く……指はすでに無いので命令を下すだけだ。
それだけならばわざわざ私のような頭脳を載せる必要性などない。コンピュータにでも簡単に出来るだろう。
しかし観測者がいなければどこで私たちの子孫が繁栄しようとまるで意味がないではないか。せめて文明が成り立つぐらいまでは見守ってあげないと。私が母となり、神となって。
残念ながら前回の惑星では私の満足する結果を得ることができなかった。何をもって成功か失敗かを判断するのかは私次第なのだが、私たちの種族がかつてそうしたように宇宙に進出する前に、惑星の環境の変化に適応できずに滅んでしまったのだ。
単に惑星環境に合わせて生物のDNAを改造し、各個体を一定数増殖させて惑星にばらまくだけでは駄目だと私は反省し、次に目覚めた時には移殖プログラムを大改修しようと決意していたのを思い出した。
宇宙船に保存しているDNAは長い長い時間をかけて進化し、生存競争に打ち勝ってきたものだ。優秀ではあるが成熟しきっていて進化の余地がないともいえる。特に私たちの種族は、他の生命を支配し、高度な文明を築き、宇宙にも進出したが、精神的には未熟で同種族同士の不毛な戦争のおかげで、種族存亡を未知の宇宙空間に頼らなければならないところまで追い込まれた。故に、私たちの種族のDNAを元に作られた生物には同種族で滅ぼしあう事がないよう、精神を安定させるようにDNAをプログラムしたのだった。が、私たちの種族の文明レベルを超えることができず、むしろ生存本能に関しては退化しているように感じられた。
そこで私は、前回のように、いきなり完成された植物や動物を惑星に適応させるのではなく、DNAの進化を巻き戻して、惑星の環境になじませながら進化させて行こうと考え、コンピュータにDNAを原始の状態までさかのぼるように計算させた。同時に惑星をその原始に戻った生物が育ちやすい環境に作り変えていく。かなり時間がかかったが、惑星には水と大気を用意し、惑星には衛星を作り、衛星が惑星の環境に刺激を与えるように位置を調整した。
原始動物のDNAは完成した。このDNAは環境によって水棲生物、陸生生物など、いかようにも枝分かれして進化していくようにプログラムされている。私は原始動物を培養し、カプセルにセットして惑星に撃ちこんだ。あとはコンピュータに惑星をモニタリングさせ、惑星の生物に劇的な進化が起これば私を目覚めさせるようにセットしてコールドスリープに入るだけだ。
もしかしたら、私たちも、私たちが今やっているように、他の高度な文明に作られた存在なのかもしれない。ふとそんな考えがコールドスリープに入る直前、頭脳によぎった。
今まで私は、私たちの種族がこの宇宙で最初に生まれた文明だと思ってばかりいたのだ。しかし私たちの種族も、もしかしたらちょうど今の私がやっているような、惑星改造移殖プログラムによって産み出された生物ではないのか。
だったらどうだというのか。
私たちの種族が滅亡まで追い込まれたのは、はたして不完全なDNAプログラムのせいなのかと創造主に問うてみるか。
プログラムされたのであろう生存本能によって後継者を宇宙にばらまこうとする私たち種族の行動に意味があるのかを創造主に問うてみるか。
私たちは失敗作だったのか。
まあいい、どうせ誰も答えてくれないし、一体なにをもってして成功作、失敗作だと判断しようというのか。
久しぶりにコールドスリープから目覚めた。コールドスリープ実行時より1億4132万年ほど経過していた。素粒子望遠鏡に視覚神経を接続させつつ、さっそくコンピュータの観測レポートを読みはじめた。
現在惑星には二足歩行の生物が現れ、集団生活をはじめたようだ。言語による高度な意思伝達も行なっている。ちょうど私たちの種族がそうして文明を築きはじめたように。
その生物は私たちの種族の肉体と似て、後ろ足で立ち、前足の指が発達して物を掴むことができる。脳の容量も私たちと変わらない。このままあと数千万年ほど経てば宇宙に進出できるだけの文明レベルに達するであろう、とコンピュータの観測リポートは予測していた。
今回は彼らの文明レベルの向上に合わせての技術介入は行わないことにした。
前回の惑星改造移殖プログラムでは、私たちの進化過程をなぞらえ、火を与え、文字を与え、農耕技術などを随時与えた結果、物質的な文明の進化速度は早くなったが、精神面の進化速度が追いついて行かなかったように感じられた。今にして思えば別に急ぐ必要はなかったのだ。
彼らはすでに私たちの歩んできた文明の進化の道筋から外れている。ならばそのまま進化して行けば私たちの文明レベルを超えて進化するかもしれない。私たちのように文明が滅びることもなく。
そうと決まればここに長居する必要はない。次の惑星を発見するための航行を開始しよう。彼らの行く末を見守りたい気持ちがないわけではないが、子供が親離れしなければならないのと同様に、親も子離れをしなければならない。
私はこれから先何度、惑星改造移殖プログラムを実行させるのか。
私はいつまで終わりない旅を続けるのか。
私はいつ死ぬのか。
考えることはたくさんあるが、コールドスリープ中は夢を見ることはない。正解を誰も教えてくれない問題、そもそも正解があるのかさえもわからない問題は、次に目覚めた時の暇つぶしにとっておこう。
それでは、おやすみ。