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雅に痺れたね(A Brocade Scene Program)  作者: 枕木悠
第一章 ミス・ヘヴンリィ・ゴット
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第一章⑥

 喫茶ドラゴンベイビーズの主催で、毎年五月五日、子供の日には錦景第二ビル三十二階にある、ブロックガーデンというライブ・ハウスで、ミス・ヘヴンリィ・ゴッド・フェスティバルが開催される。つまり天神祭が開催される。喫茶ドラゴンベイビーズのポイントカードを貯めた人を無料でご招待。ポイントカードが貯まっていなくても、お金を払えば参加できる。そこではメイドたちのユニットや毎夜喫茶のBGMを奏でるアマチュア・アーティストによるライブが披露される。そしてそのメイン・イベントとして、新しいメイド・ユニットが発表される。毎年、新しいユニットが発表される。その新しいユニットとして、スズメとマナミは選ばれた、と東雲は説明してくれた。

 エクセル・ガールズ。

 それが二人のユニットの名前だ。

「えくせる・がーるずぅ?」

 錦景市は午後四時、場所は更衣室。出勤してきたばかりの錦景女子高校の三年生の谷崎モモカはヒステリックに声を荒げた。「私のソロの話はどうなったのよ!? ユミコ、言ったじゃない、私が選ばれたって言ったじゃないっ! どうしてこんなちんちくりんな二人がっ!?」

 メイド服に着替えたスズメとマナミは更衣室の中央にあるベンチに座り、黙って静かにモモカと東雲のやりとりを見守っていた。喫茶ドラゴンベイビーズで働くメイドは頭に耳を付ける決まりなのだそうだが、まだ研修中の二人だから耳は人間の左右の耳だけだ。

「落ち着いてよ、モモカ、」東雲は優しい声音で言う。「今年は駄目になったけど、来年はきっとモモカの番だから」

「来年?」モモカは東雲を睨み付ける。愛嬌のある顔をしているから、東雲はきっと恐いなんて一ミリも思っていないだろう。声もアニメのキャラクタみたいに可愛いから全然恐くない。「私には、来年なんてないのよ、十八歳のうちにメジャー・デビュー出来なきゃ意味ないのよっ、十九歳じゃ、なんていうか、なんていういか、遅いのよっ」

「十九歳でも遅くないわよ、大丈夫よ、私はね、思うの、あ、これはオーナも思っていることだけれど、モモカは遅咲きだって」

「はあ!? 遅咲きだって?」

「うん、遅咲き、大器晩成、まだ世の中に出るのには時期尚早、だから時期が来るまで、ここにいればいいわ、私と一緒にいよ、モモカ」

「ふざけないでよ!」モモカはロッカーの扉を手の平で叩いた。「私は本気でアイドルになりたのっ、ここにいて、オーナに選ばれれば、メジャーにいけるチャンスが大きくなる、だから、高一からずっと、ここで働いて来たんだっ、オーディションも受けずに、洗いたくない皿を洗って、作りたくない料理を作って、拭きたくないテーブルを拭いてきたのに、やっと選ばれたって思ったのに、夢に近づいたと思ったのに、酷いよ、あんまりよ、私の時間を返してよっ、バカっ!」

「モモカ、こればっかりは、オーナが決めることだから、ね、とにかく今は、モモカ、お皿を洗いましょう、ちょっと、厨房が忙しそうだから、ね?」

「こんな気持ちでお皿なんて洗えると思うっ!?」

「お皿くらいは洗えるでしょう?」

「洗えないわよっ!」

「洗えるわ、」東雲は一歩モモカに近づき、凄みのある笑顔を見せた。「洗えるわよ」

 モモカはわずかに狼狽える表情を見せたが、「ふん」と視線を逸らして完全に萎縮しているスズメとマナミの方を見た。「この二人に洗わせればいいでしょ?」

「まだきちんとした教育をしていないわ、あ、その教育はモモカに頼もうと思っていたんだ」

「お皿くらい洗えるでしょ、教育しなくったって」

「そうよね、お皿くらい洗えるわよね、どんなときだって、」東雲は言いながら、モモカとの距離を縮めた。キスが出来るくらい、二人の顔の距離は近くなった。「ね?」

「……も、もう、分かったわよっ、分かったから、離れなさいよっ! ちゃんと仕事に入るから、離れてよっ」

 モモカは東雲の肩を押した。でも東雲は離れなくてそのままモモカを抱き締めた。

 なぜそうなるのか、スズメは理解不能意味不明だった。

「離れてって言ってるでしょ!」

「モモカ、大丈夫だから、大丈夫よ、」東雲は親が子供をあやすように、背中をさする。「夢は必ず叶うわ」

「いつもそんなこと言って、私を騙してぇ!」モモカは悲鳴に近い声をあげる。

「騙してなんてないわよ、ただ私が予測する未来、つまり、あなたの夢が叶うのは、もっと先の未来だという話よ、あなたが色の付いた世界の扉を開けるのは、もっと先の話だから」

「ほんと、デタラメばっかり言って!」モモカは東雲の抱擁から逃げて、ピンクのメイド服の乱れを直した。そして、ベンチに座ったままのスズメとマナミの方を見て言う。「アンタたち、来なさい、皿洗いの極意、体に叩き込んでやるから」

 スズメは思っていた。

 ああ、もう帰りたい。どんどん面倒なことに巻き込まれている気がしていた。メイドになんてなりたくもないし、ましてステージの上で踊って歌なんて歌えない。そういう柄じゃない。ラーメン屋とか、焼肉屋とか、そっちの方が向いていると自分で思う。お腹も減った。

 一方、隣のマナミを見れば、拳をギュッと握って、瞳をキラキラさせていた。「はい、頑張りますっ」

 なんだか、マナミはやる気だった。人の気持ちも知らないで。後で絶対文句を言ってやるって思った。

「アンタはどうなの?」モモカはスズメを睨んでいた。「頑張れるの?」

「……頑張ります」スズメは口を尖らせて小さく言った。

「ああ、今なんて言ったの?」モモカは露骨にフラストレーションをぶつけてくる。「全っ然、聞こえなかったんだけど?」

 スズメは小さく舌打ちした。

 大人げない女。

 年上のくせに、年下に優しくない。

 嫌いだ。

 可愛い顔をしているくせに性格が可愛くない。

 嫌いだ。

 錦景女子高校の生徒のくせに上品じゃない。

 嫌いだ。

 ああ、もう、嫌だ。

 何もかも、嫌。

 そんな気持ちをスズメは声に込めました。

「頑張りますっ!」

 大き過ぎる声で怒鳴ってやった。

 ちょっと気持ちがすっとした。

「う、うるさいわよっ!」モモカは怒鳴る。「な、なんなのよ、いきなりっ」

「頑張りますっ!」スズメはモモカを睨み、怒鳴り返す。

「うるさいわよっ!」なぜかモモカはここに来て初めて笑顔になった。「静かにしなさいよっ、もうっ、何なの、もうっ!」


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