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雅に痺れたね(A Brocade Scene Program)  作者: 枕木悠
第四章 トワイライト・ローラーズ
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第四章④

 朱澄に連れられて、スズメとマナミはブロック・ガーデンまで来た。朱澄が言っていた凄いもの、というのはすぐに分かった。扉を開けて、ほんのりと薄明かりに照らされた奥のステージ、五月五日にエクセル・ガールズが踊るステージの背景に、大きな紫色の太陽が描かれていたのだ。その太陽の存在感は衝撃的だった。マナミの口は半開きだった。それほどのものがここにあるのは分かったんだけれど、スズメはそれどころじゃなかった。

 生涯の天敵と呼ぶに相応しい、男がなぜかここにいたからだ。

「なんでアンタが、」スズメは睨み言った。「なんで丈旗がここにいるのよっ!」

「……そっちこそ、」ステージから丈旗が降りて来て言う。「俺はエイコにこの絵を見てもらいたかっただけなんだけど」

「二人は友達?」睨み合うスズメと丈旗を交互に見ながらマナミが言う。

「違う、こんなやつ、友達なんかじゃない」スズメは吐き捨てるように言う。

「ああ、そうだな、友達というのは間違っている、ただ同じクラスで何度か会話を交わした関係、そしてその会話にいい印象はゼロ、そういう関係だ」丈旗は早口で言った。

「へ、へぇ、」マナミは首を竦めた。「そうなんですかぁ」

「仲が悪いの?」朱澄がスズメに聞く。「スズメと、お兄ちゃん」

「ごめんね、例えエイコのお兄ちゃんでも、こいつと仲良くなんてなれない、こいつは最低最悪な男だから、あ、ごめん、人のお兄ちゃんに最低最悪なんて言って、でも、真実なんだもん、言わずにはいられないわ」

「ふうん、」朱澄は表情を変えずに頷いた。「別に私は二人の仲が悪くても構わないけど、ただ私がいるときは喧嘩をしないでよね」

『分かった』

 スズメと丈旗の声がユニゾンした。それに腹が立ってスズメは舌打ちした。丈旗はスズメから眼を逸らし、ポケットに手を突っ込んだ。すかしてやがる。やっぱり気に食わない男だ。そこでふと、気付く。二人の苗字は違う。「え、本当の兄妹?」スズメは朱澄に聞く。「苗字が違うよね?」

「今は違うの、」言って朱澄はどこか悲壮な表情をした。「今は、違う」

「ああ、」丈旗は朱澄に呼応する。「今は違うんだ」

 なんだか聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がして、スズメは慌てて言う。「あ、ごめん、ごめん、その、変なこと聞いて」

「何が?」朱澄は無理に笑って、真っ赤な舌を出した。「変なこと?」

「その、ううん、なんでもない、」スズメは手に変な汗を掻いていた。「そ、そんなことよりもさ、丈旗、なんであんたがここにいるの、この絵はなんなの?」

「この絵を描いた人は俺の先輩だ、今は見張ってる、先輩が戻ってくるまで」

 そう言ってから、丈旗はこの絵の解説を始めた。絵心もなければ、美術の知識もなければ、哲学とかそっちの方面には全く興味関心もないスズメにとっては丈旗が英語を話しているみたいで訳が分からなかった。朱澄だけが首を小さく縦に振って頷いていた。

「んー?」マナミは巨大な太陽を近くで見ながら、理解不能意味不明、という顔で体を斜めにして何かを発見しようとしている。「あ、なるほど、ここに顔があるのね」

「顔なんてない、」丈旗はマナミの近くに立ち、熱心に説明を始めようとしている。「この原色の走りは、太陽、じゃなくて、向日葵に映し出された我らが錦景の、」

「あの、ちょっと、あんまり近づかないで下さい、」マナミは丈旗から離れ、ちょっと今まで見たことない表情で丈旗のことを睨みつけ、舌打ちして小声で言う。「イケメンだからって、調子に乗って近づいてきやがって、くそが、馴れ馴れしいんだよ」

 丈旗は一度動きを止めてから、静かにマナミから三歩くらい離れた。「……なんか、すいません」

「うん、それくらいなら、大丈夫です」マナミは天真爛漫な笑顔を取り戻して言う。

「あははっ、」スズメはそんなマナミが可笑しくて高い声で笑った。「とにかくさ、よく分からないけど、この太陽と一緒に、私たちは踊るんだね」

「太陽じゃなくて向日葵だ、」丈旗は素早く訂正してから、スズメの方を見て聞く。「え、踊るって、なんのことだ?」

「お兄ちゃん、この二人、スズメとマナミがエクセル・ガールズなの、」朱澄は自分のお気に入りのぬいぐるみを紹介するみたいに無邪気に言った。「五月五日のフェスティバルで私が作った歌を歌って太陽と踊る二人なの、二人はアイドルなんだよ、だから私、ここに連れてきたんだけれど」

「え、そうなの?」丈旗は驚いていた。「この二人が、噂のエクセル・ガールズ?」そして何か言いたげな眼をして、ぎこちなく頷く。「へ、へぇ、そうだったんだな、それは知らなかったな」

「何よ、悪い? 私がアイドルで悪い?」スズメは腕を組み丈旗を睨んだ。「何か言いたいことがあったら、ハッキリ言いなさいよっ」

「いや、悪いなんて思ってないさ、ただ森永がアイドルだなんて、」丈旗は堪えきれない、という風に笑った。「面白いなって思っただけだ」

 そう言われてスズメは少しだけ、ショックだった。「面白いって、……何よ」

 スズメの心の中にはまだ、自分をアイドルだと認識していない自分もいる。

 その自分が時折、疑念を呟く。

 なんでこんなことしてるんだろう?

 そのたびに、スズメは揺れていた。

 だからそんな風に丈旗に言われて。

 疑念が鮮明に形になり、襲ってくる。

 急速に熱が冷える。

 同時にアイドルとしての自分の意志が、悔しいって叫ぶ。

 そんなこと言われて。

 ずっと真剣だった。

 目指したものがあった。

 それを面白い、だなんて、簡単に言われて。

 涙がこぼれそうだった。

 そのとき。

「最低っ!」

 マナミの甲高い声とともに、何かが弾ける音が響いた。

 マナミが丈旗の頬を叩いたのだと、遅れて分かる。

 丈旗は太陽を背中に座り込み、頬を手で押さえていた。

 ちょっと、夢みたいな出来事だって思った。

「バカにするんじゃないわよっ!」

 マナミは丈旗に怒鳴って、そしてスズメの手を取り、引っ張った。「行こっ、スズメちゃん」

 スズメはマナミに頷き、ブロック・ガーデンの出入り口に向かう。

 マナミ。

 なんて、いい女なんだって、スズメは思った。

 今日はまだキスしていないこともあるから。

 だから、スズメは今。

 すっごくマナミにキスしたかった。

「あ、待って、」朱澄も二人に付いて来る。「ごめんなさい、お兄ちゃん、昔から女の子のこと、全然、分かってないから」



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