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雅に痺れたね(A Brocade Scene Program)  作者: 枕木悠
第三章 エレガント・スクリプト
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第三章②

「ねぇ、スズメちゃん」

 密着して隣に座る橘マナミは、森永スズメの手を握っていた。

「んー?」スズメはマナミの方を向く。

「はい、あーん」

 マナミの指先はチョコレートを摘んでいる。

 スズメはパクっとそのチョコレートを食べた。マナミの指ごと舐めた。

「おいちい?」マナミがわざとらしく首を傾げて聞く。

 だから、スズメも首を傾げた。「……なんだ、これ?」

「え?」マナミはスズメの睨みに目眩を起こしたような表情になる。「……ただのチョコレートだけど、ABCチョコレートだけど」

「そうじゃなくてさっ、」スズメは立ち上がり、腕を組んだ。「そうじゃないんだよっ」

 スズメの後ろには賽銭箱。二人が寄り添ってまるで恋人同士みたいに座っていた場所は錦景第二ビルの屋上の天神さんだった。天神さんの前の段差に腰掛けて、篠塚カノコが現れるのを待っていた。昼頃、篠塚からメールがあった。曲が出来た。天神さんの前で待つ。別に天神さんの前じゃなくても、ドラゴンベイビーズに来てくれればいいのにな、とスズメは思ったが、とりあえず、スズメとマナミは賽銭箱の前で待った。座ったときは最初、微妙に距離があった。でも、気づけばマナミはスズメの手を握り、ギュッとして、密着して、息が当たるくらいまで顔を近づけてきて、目を瞑ったり、開けたりを繰り返して、最終的にスズメの肩に頭を乗せて、チョコレートを食べ始めた。そしてスズメに食べさせた。以上のマナミの行動に対して、スズメはおかしいと思ったのである。言いたいことは明瞭だった。「恋人面するんじゃないよっ!」

「違う、違うよぉ、恋人面なんかしてないよぉ、」マナミは声を幼くして言う。「ただね、スズメちゃんと私はエクセル・ガールズ、二人でエクセル・ガールズだから、たった二人だけのエクセル・ガールズだから、だから私は、こんなことを言うのは恥ずかしいんだけど、スズメちゃんのことを大事にしたいと思っている、そういう気持ちが、私、嘘とかペテンとかマジックとか下手くそだからきっと、うん、きっと、そう、私の行動に気持ちが溢れてしまうんじゃないかしら、別に、そう、隠すことでもないしね、とにかくスズメちゃんがそういう私の心からの振る舞いを、恋人面しているって感じるのだったら、間違っている、ええ、間違っていますことよ」

 マナミは考えていた台詞を読むように言って、スズメの茶髪に指を入れた。

「これも、」スズメはマナミを睨みながら言う。「私を大事にしたいからすること?」

「うん、そうだよ、」マナミは愉快そうに、挑発的に、スズメの髪の中で指を動かし続ける。「大事にしたいから、こんなことするんだよ」

 あの日、クウォータ・パウンダと引き替えにスズメがキスしてあげたばっかりに、マナミは少し調子に乗ってしまっているようだった。なんだか、ノリに乗っている感じだった。睨んでも、キス以前のような反応はしなくなった。睨んでも、ふざけるように睨み返してくるようになった。要はスズメの睨みにビビらない。キスをしてからその後、スズメは自分の部屋にマナミを招き、最終的に一緒に寝てしまった。一緒に寝たと言ってももちろん、二人で同じ布団の中で眠ったわけではなし、猥褻な行為が繰り広げられたということは決してないんだけれど、マナミが何かをしようとした気配は合計で三度あった。その全てをスズメは天性のなんとかでブロックすることに成功していた。しかし成功がいつまで続くかは分からない。マナミの手はよく動く。あることを目的として、その何かと言うのは純真な心の持ち主のスズメにはミステリィなんだけれど、洗練されていた。学校にいても、その洗練された動きを稀に見ることがある。その動き、その残像はスズメの恐怖として、脳ミソにインプットされかけていた。

「まあ、なんでもいいけどさ、」スズメはマナミが顔の近くで動かす手を掴んで、その動きを止めて言った。「とにかくさ、これだけは、ハッキリしようよ、キスをしたけれど、マナミは私のことを大好きだって言った、だけど、その、彼女にはならない、っていうことでいいんだね?」

 マナミは真剣な目をして答える。「……それは違いますよ、」マナミはなぜか敬語だった。長く細い人差し指を立てている。「大事にしたい気持ちが恋に発展する可能性は、なんていうか、巨大なものですよ」

「でも今はまだ、」スズメは確認する。「違うということなのね」

「そういうことでもないけどぉ、」マナミは甘い声を出す。「だって、だってさぁ、困っちゃうでしょ?」マナミはスズメの顔に顔を近づけて微笑む。「スズメちゃん、困っちゃうでしょ、私がスズメちゃんのことを、ああ、これ以上はモーレツ恥ずかし過ぎて言えないけれど」

「モーレツって、何?」

「とにかく私が言ったら、」マナミは目を細めてスズメを見つめてくる。「私が言ったら、困っちゃうでしょ? 困っちゃうから、私は言わないの、スズメちゃんのことが毎晩抱いて眠りたいくらい、大事だからね、困らせたくないんだ」

「なんで私が?」スズメはマナミをきつく睨んだ。「なんで、私が困るのよ?」

 マナミは微笑み、言う。「スズメちゃんは絶対、拒絶しないって分かるから、だから言わないでいてあげてるんだよ、私は今以上になりたいけど、スズメちゃんは今以上になったら困っちゃうから、ハルカちゃんのこともあるし」

「ハルカがなんなの?」

「とにかくもう少し時間が必要なんだと思ってさ、今はキスと、優しい刺激で我慢してあげてるんだからね」

 言われ。

 少し。

 あ、マナミの言う通りかも、と思う自分がいた。

 そしてそんな自分の存在が信じられなくて、その存在を振り払うように、首を横に振った。

「はあ!? 何、勝手に人のことを分かった風な口を聞いてもぉ!」

「分かった風じゃなくて、分かってるんだって、スズメちゃんの秘密」

 マナミはスズメの全て見通しているという瞳を作る。

「もぉ、なんなの?」

 私の秘密って何よ。

 なんなのよっ。

 本当に。

 キスしたからって。

 こんな風に。

 こんな風に、私を苦悩させる女の子になって。

 なっちゃって。

 なんか。

 面白くないっ。

 スズメは頬を膨らませた。

「可愛い」マナミはスズメの頬を触って、中の空気を出して笑った。

「面白くないっ!」スズメはヒステリックに声を出した。

 その折り。

 石畳を社から離れるように歩いて向こう、鳥居の先の屋上のエスカレータの扉が開いた。

 篠塚カノコとそれから、台車に機材を乗せて押す、二人の女性の姿が見えた。

 篠塚は片手を上げて、スズメとマナミにサディスティックな目を向けた。



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