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雅に痺れたね(A Brocade Scene Program)  作者: 枕木悠
第二章 ドロップ
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第二章⑧

 マクドナルドを出て、ハルカとスズメは改札の方に向かって歩いた。人が多い時間帯だ。円形広場に出て、その中央の天使の像の前でハルカは立ち止まり、西の方に体を向けた。「あ、私、マシロの家に寄ってから帰るけど、スズメはどうする?」

「ねぇ、ハルカ、」スズメはハルカがどこかに行かないように彼女の手を握った。「丈旗のこと、まだ好きなの?」

「今も好きだよ、でも、」ハルカは笑顔で言う。「もう、恋人になりたいって気持ちはないよ」

「……そうなんだ、」スズメはハルカの目を見れない。

「うん、」ハルカは頷く。「そうなんだ」

「……無理してない?」スズメはハルカの顔を盗み見た。「無理してるんだったら、無理しない方がいいよ、私に気持ちを言ってよ、言えばきっと楽になれると思うよ、一緒にあのいけ好かない男について話そうよ」

「丈旗はいい男だよ、」ハルカは優しい顔で言う。「悪いことは言えないよ、きっと私が好きになれた、初めての男の子だから、初めての男の子だったからきっと異常なくらい好きになった、でも今は、三月まで続いた私の異常な愛情は間違っていたことが分かっているから無理してなくても丈旗とは話せるの、あいつはいい男だって言えるの」

「……ごめん、もう、丈旗の話はしないようにしよう」

「別に私は構わないんだけどな」

「ハルカはよくても私が嫌だな」

「なんで?」

「ハルカの悲しい顔を思い出すのは嫌」

「優しいな、」ハルカはスズメの頭を撫でた。「スズメは」

「優しいのはハルカだよ、」ハルカに撫でられたところが熱い。「たまにはヒステリックになったって、いいんだよ」

「ヒステリックはいざというときのために溜めてあるんだ、」得意のハルちゃんスマイルで、ハルカは冗談を言う。「ヒステリックが魔女の力の源だからね、だからいざという時の為に溜めてあるんだ」

「ハルカが言うんなら、」スズメは小さく吹き出して言う。「そうなんでしょうね、魔女って」

「今がタイミングかな?」

「え?」

「楽になるタイミングかなって思って」

「え、何?」

 スズメはハルカに笑いかけた。

 ハルカはまっすぐにスズメを見て、繋がった手にギュッと力を入れた。

 そして。

 スズメはハルカに引っ張られた。

 スズメとハルカの唇が短く触れ合った。

 大勢の人が行き交う円形広場の中心で。

 小さな天使の像の前で。

 短いキス。

 短すぎて。

 夢か現実かも分からないキス。

 しかし、唇に触れた感触の確かさは、夢ではなくて。

 この夢でない何秒間か前の過去の出来事を理解するのに処理が追いつかない。

 情報量の多さにフリーズ。

 ただ、間近にハルカだけが見えている。

「私、」ハルカの口元が動く。「ずっとスズメのことが好きだった、愛してた、でも、それはいけないことだと思ってた、勘違いだと思ってた、私の目の前に丈旗が現れたとき、私は丈旗のことを気に入った、これが恋だと思った、好きになろうと思って好きになれた、でもその好きがスズメへの気持ちに勝つことはなかったんだよ、私はスズメのことが好きだったんだよ、これは冗談でも嘘でもないよ、だから私は今、凄く、楽になったんだ」

「……そ、そそそそそそ、そんなこと急に言われて私、私、どうすればいいのよっ、」スズメの声は激しく震えていた。「ハルカの彼女になればいいの?」

「なってくれるの?」ハルカは笑顔のまま聞く。

「い、いいよ、」スズメは即答して、そうじゃない、違うって思って慌てて首を横に振る。「ごめん、嘘、違う、駄目、ハルカのこと好きだし、キスされても別に嫌じゃないし、嫌じゃないけど、ああ、何言ってんだ、私、」スズメは天を見上げた。ガラス張りの天井から、夜空が見える。星が見える。月が見える。「……ごめん、ハルカの彼女にはなれないよ、ハルカは最高の友達だけど、私の彼女じゃないと思う、ずっと友達だったから、ごめん、」スズメは顔の前で両手を合わせた。「ごめんね、ハルカ、本当にごめんね、冗談なら冗談って言って」

「冗談じゃないよ、私の方こそ、ごめん、急に、でも、今がそのタイミングだと思って、本当のことをスズメには知ってもらいたいって思って、私、魔女だから女の子のことを好きになっちゃうんだ、そのことを知っていてもらいたかった、……ってそんな悲しい顔しないでよ、スズメ」

「嬉しい顔は出来そうにないよ、だ、だって、だって、ハルカ、失恋したわけでしょ?」

「その通り、森永スズメに振られました」

「やめてよ、もぉ、」スズメは目元を手で隠して言う。「ああ、なんか、涙が出て来た」

「泣かないでよ、私が泣かせたみたいじゃない」

「ハルカが泣かせたんだよ、急にキスするんだもん」

「やっぱり嫌だった?」

「嫌じゃなかったよ、別に、ただやるなら先にそう言ってくれれば、涙が出てくることはなかったんじゃないかな?」

「じゃあ、今度からそうするね」

「いいよ、別に、いつでもキスしに来ていいよ、その代わり、」スズメは笑顔で人差し指を立てて言う。「クウォータ・パウンダ一個、クウォータ・パウンダ一個でキス一回だからねっ」

「いいこと聞いたな、」ハルカはニコニコして言う。「マナミちゃんに教えてあげなきゃ」

「は?」スズメはハルカを睨んだ。「どうしてマナミに教えるわけ?」

 円形広場で別れ、スズメとハルカはそれぞれの方向に進んだ。スズメは自宅への帰り道、自転車に乗りながら、ずっと悩んだ。

 ハルカの彼女になるべきか、ならないべきか。

 ……。

 ……。

 ……なるのもいいかな。

 ちょっと、素敵かな。

 素敵だよ。

 だって、ハルカの恋人なんだもん。

 んふふ。

 んふふ。

 ……いや。

 やっぱり、ハルカは友達だ。

 私はアブなんかじゃないんだから。

 もうそのことを考えるのはやめよう。

 ついさっきも、ベンツにクラクションを鳴らされたばかりだ。

 しかし、考えないようにしようとすればするほど、ハルカのことばかり考えてしまう。

 ハルカとの三年間が次々に思い出される。

 中学でのハルカとの三年間を思い出せば、ハルカは際どいアプローチを自分に仕掛けていたんだな、ということが徐々に判明してきた。

 入学式の日、ハルカはもらったばかりの英語の教科書を持ってスズメに英語を教えようとした。

 ポテトを食べさせようとしたら、ハルカは指まで舐めた。

 急に手を触ってきたりした。

 いきなり名前で読んできて、自分のことを名前で呼ばせようとした。

 初日からそんな風で。

 次第にスキンシップはエスカレートしていって……。

 ……あれ?

 なんか、引っかかる。

 ハルカと誰かの行動がだぶる。

 誰だ?

 いや。

 誰っていうか。

 でも。

 もしそうだったら……。

 私はどうすればいいんだろう?

「!?」

 自宅の前で急ブレーキ。

「……何してんの?」

 スズメは睨んだ。

 自宅のガレージの前にいるマナミを睨んだ。

「お、おかえり、スズメちゃん、」マナミは何だか、落ち着きがない。声が裏返ったり、掠れたりしている。「えっと、お見舞いに来たんだ、オーナに住所を聞いて来たんだ、だけどスズメちゃん、まだ帰って来てないってお母様がおっしゃるので、ここで待っていたのです、でも、その、スズメちゃん、やっぱり元気そうだね」

「何それ?」

「え?」

「それよ、大事そうに両手で持っているそれよ」

「ああ、えっと、その、スズメちゃんの大好きな、クウォータ・パウンダ、です」

 マナミはニコニコして、クウォータ・パウンダを大事そうに両手で持っていた。

 ハルカはマナミに教えてあげなきゃって言っていた。

 マナミは教えられたのだ。

 クウォータ・パウンダ一個で、キス一回。

 マナミもやっぱり、ハルカと同じで。

 スズメのことが、好きみたいだ。

 キスを期待しているみたいだ。

 スズメは黙ってしまった。

「……スズメちゃん?」マナミはスズメの顔を覗き込む。「……あの、コレ、いらない?」

「……いる、」自転車を漕いでスズメのお腹はペコペコだった。複雑なことを考えるのは、食べてからにしようって思った。「いるに決まってるでしょ!」

 スズメはクウォータ・パウンダに齧りついた。

 すぐに食べ終わる。

「あらあら、お口が汚れてまちゅよ」マナミがスズメの口元を拭いてくれた。

「……ありがと」

 吹き終わっても。

 マナミは何か言いたげに、スズメの唇を見ている。

 でも、マナミは。

 キスのことは言わずに。

「それじゃあ、スズメちゃん、また、明日ね、バイバイ」

 スズメに背中を向けた。

「マナミ」スズメは彼女の名前を呼んだ。

「ん?」マナミが振り返る。

「私、約束は守る女よ」

 スズメはマナミにキスをした。

 ハルカの時より長かったと思う。

 唇って柔らかいな。

 気持ちいいな。

 それが二度目のキスを終えた感想。

 それと。

 スズメのキスにしびれたみたいになっているマナミは、可愛いな。

 そう、可愛いって思った。

 なんでそんな風に思うんだろう?

 スズメは自分の気持ちが奥にある、胸元を押さえた。「……なんだ、これ?」

「や、やっと、名前で呼んでくれたぁ、」マナミは泣きそうな顔でスズメの耳の横、茶色い髪に指を入れて、そのままスズメを抱き締めて耳元で囁く。「スズメちゃん、好きぃ、大好きぃ、ねぇ、もう一回キスしていい?」

「い、一個で一回だから」

「未来に食べさせてあげるから、今はキスさせて」

「ちょ、ちょっと、待って、マナミ、」スズメはマナミから離れて、提案した。「とりあえず、私の部屋に行かない? すぐ近くなんだ」

 というより、ここはスズメの自宅の前だ。

「行く」マナミは即答した。



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