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雅に痺れたね(A Brocade Scene Program)  作者: 枕木悠
第二章 ドロップ
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第二章⑥

 スズメとハルカ、二人のマクドナルドでの所定のポジションはトイレの横の二人がけのテーブル席だった。照明が十分に届かない、マクドナルドのくせに妙に雰囲気がある場所だった。暗い場所ということもあるし、カウンタからトレーを持って場所を探す際、そのテーブル席はどんな風にしても死角になるから、ほとんどの場合、空いていた。今日も空いていた。スズメはクウォータ・パウンダが積まれたトレーをテーブルに置く。

 先に座っていたハルカがニコニコして言う。「相変わらずね」

「ハルカだって、相変わらず、変な組み合わせ、エクセルが拒絶するよ」

「えっと、」ハルカは首を傾げる。「どういうことかな?」

「変な組み合わせはエクセルが拒絶するのよ」スズメはエクセルの全てを知った風に言った。確か先生が、拒絶するとか、なんとか、言っていた気がするからだ。

 ハルカのトレーの上にはチキンナゲットとアップルパイとシェイクがあった。肝心のハンバーガをハルカは注文していない。中学のときからそうだった。ハルカはメインを頼まない。サイド・メニューを集合させて、それをご飯にする。それはラーメン屋に行っても、牛丼屋に行っても、錦景ホテルのバイキングに行っても変わらない趣向だった。ハルカはメインを選ばない。委員長と呼ばれ、三年二組の頼れる女子でいることも、内心は嫌がっていた。「私はね、スズメ、本当はこんなキャラクタじゃないのよ、本当はもっと暗くて、嫌な奴で、誰にも言えないことが沢山あって、本当はこんなんじゃないんだよ、一度いい女子を始めちゃったから、もう戻そうにも戻れないんだけど、とにかくね、スズメ、私は図書室でずっと本を読んでいるような女子なんだよ、科学雑誌を読んでは分かったふりをする、ソクラテスを知って衝撃を受けたふりをする、ヘッセの詩集を読んで何かを悟ったふりをする、そんな、最低最悪な暗い女子なんだ、スズメが天使だとすれば、私は悪魔なのよね」

 去年の初冬、嘘か真か分からないハルカのそんな告白を聞いたのも、やっぱりこのマクドナルドの、このテーブルだった。ここに来ると、ハルカの性格がクラスにいるときよりもダーティに染まる。クラスにいる様々な人種から離れ、気心の知れた女子二人になると、ハルカの性格は攻撃的になった。攻撃的な口調で攻撃的に男子の悪口を言って、そして攻撃的にスズメに冗談を言って、攻撃的に優しくポテトを食べさせてくれる。そんな攻撃的な時間は、二人だけの時間は、中学の三年間のどんなときよりも楽しかった。もちろんそんな告白を受けても、スズメはハルカのことを嫌いにならなかったし、頼れない女子とも思わなかったし、彼女のことを悪魔だとも思わなかった。むしろいっそう、彼女のことを魅力的だと思うようになった。彼女と同じ錦景女子にいける学力を持たない自分が嫌になった。天使だなんて言われて照れ臭かったけれど、凄く嬉しかった。ずっとこの暗い照明の下に二人でいれたらいいのにと思った。

 ハルカはバーベキューソースをチキンナゲットに付けて食べながら、じっとスズメの方を見つめてニコニコしていた。

「なんだよっ、」スズメは目を半月状にして睨む。「なぁに?」

「なんでスズメがメイドしてたの?」ハルカはまっすぐにこっちを見て、聞いてくる。「早く教えてよ、気になるんだ」

「ハルカこそ、」スズメは口の中をクウォータ・パウンダで満たし、コーラで流し込んだ。「……なんでドラゴンベイビーズにいたのさ」

「スズメがそこにいるって聞いてね」

「……誰から?」

「占い師の先輩にね」

「占い師?」スズメは眉を潜めた。「え、その占い師の人に私の居場所を占ってもらったとか? え、冗談だよね?」

「そうじゃなくて、」ハルカの表情は、なんていうか、変わっていた。凄く落ち着いているというか、余裕があるというか、何がどう変わったとか細かいことは言えないんだけれど、とにかく、四月のハルカは、三月のハルカじゃなかった。「ターゲット・ビルのタワー・レコードの向かいに、マシロの家っていう占いの館があるでしょ、確か二人で一度行ったよね?」

「うん、」スズメはマシロの家に行ったことを鮮明に覚えている。中学二年の時だったと思う。二人でタワーレコードにCDを買いに行って、そのときにマシロの家を見つけた。ファンシィ・ショップのような店構えにファンシィ・ショップだと思った二人はマシロの家に入ったのだ。そしたらそこにはマシロという、多少ふくよかな体型をした女性がいて、その服装はおとぎ話に出てくるような魔女の衣装で、店内は限りなく怪しい雰囲気だった。二人は慌てて店を出ようとした。しかしマシロはその体型に不相応な機敏な動きで二人の逃げ道を塞いだ。「ようこそ、こんにちは、マシロの家に、私は占い師のマシロよ、さぁて、二人の女の子は何を占って欲しいのかしら?」

 何を占ってもらったのか、その結果はどうだったのか、もうすっかり忘れてしまったけれど、マシロの家を徘徊していた可愛い黒猫のことは覚えている。黒猫は占いの最中、じっとハルカのことを睨んでいた。スズメが触ろうとしたら逃げた。逃げてハルカの膝の上に座り、丸くなった。とっても失礼なやつだと思った記憶がなぜか鮮明に残っている。

「私、そこで今、アルバイトしてるんだ」

 思いも寄らぬこととはこのことか、とスズメは思って口が半開きになった。「……なんで?」

「ちょっと、魔女を始めようと思ってね」

「はあ?」スズメの声は大きくなった。「え、ごめん、今なんて言った、魔女を始めようと思ってねって言った?」

「うん、魔女を始めようと思ってね、」ハルカはニコニコしながらシェイクのストロを齧る。「だから、マシロの家で修行してるんだ」

「得意のハルちゃんジョーク? それにしては切れ味がなさすぎるけれど」

「冗談に聞こえると思うけど、きっと真実しか言ってない」

「嘘」

「別に信じなくていいけど、でも、スズメが私のことを信じてくれないなんてちょっと寂しいかな」

「え、いや、信じないっていうことはないけれど、」スズメの視線は定まらない。ハルカのことが心配だった。三月と四月、それぞれのハルカの違いが心配だった。何か、あったんじゃないかって思った。だから魔女を始めようだなんて、変なことを言うんだ。「ハルカ、悩み事があるんだったら、私、聞くよ」

「そういうことじゃないんだって、」ハルカはスズメの顔に顔を近づけてくる。「悩むことはあるよ、魔女を始めようと思っているから、考えなきゃいけないことは沢山ある、何せ魔女は初めてだから、いろいろ悩まなきゃいけない、でも私を苦悩させる様々なものに私が囲まれていると思っているのなら、それは間違っているんだよ、」ハルカはスズメの柔らかい頬をギュッと摘んだ。「スズメ」

「私を苦悩させようとしてる?」スズメは丸い目でハルカを睨んだ。

「とにかくさ、」ハルカは身を引き、頬杖付き、魔女の目をする。その目は中学のときも偶に見せていた。スズメの心はその度に、ざわついていた。「私、魔女を始めました、あ、魔女っていうのは、占い師とも違うよ、魔法少女テスコに近いけど、そんなに派手じゃない、あれは第二世界をモチーフにした話で、この第三世界における魔法という概念はそんなに派手じゃない、月の陰、コインの裏側、車輪の下さ、合い言葉は、そう、ディスチャージ」

「なんか、もう、」スズメはもう、ハルカの言うことを信じる気になれなかった。つまらない冗談でスズメのことを困らせようとしているんだ。久しぶりにあったから、冗談に加速がかかっているのかもしれない。でも、それでも、スズメはハルカとの会話が、楽しかった。「滅茶苦茶」

「スズメのことは、アルバイトの先輩に聞いたんだ、その人も錦景女子の人なんだけど、ドラゴンベイビーズで可愛い女の子がいたって、スズメがいたって教えてくれたんだ、もしかしたらって思ったんだ、スズメなんて名前の女の子、錦景市にスズメしかいないだろうし、その先輩、よくドラゴンベイビーズに行っているって言ってたけれど、知らない?」

「どんな人?」

「そうだね、胸が大きいかな」

 スズメは言われ、検討がついた。胸が大きな、錦景女子。スズメの胸元は小さいとかそういうレベルじゃないから、胸が大きい人のことは記憶に鮮明に残る。「ああ、きっと、あの人だね」

 スズメはハルカの胸元をチラリと見た。ハルカもどちらかというと大きいに分類される女子だった。スズメがハルカの好きなところを百個あげるとするならば、胸の大きさもその中に入る。中学二年までは一緒に巨乳の悪口を言うのが日課だったのに、中学三年になってからハルカの胸は急速に成長したのだ。それはそれは信じられないスピードだった。二人でプールに行ったとき、パラソルの下でかき氷を食べながら、スズメは了解も得ずに、ハルカの胸を触ったことがある。柔らかかった。マシュマロとはこのことかと思った。ハルカはわざと『あんっ』という高い声を出していたずらな表情を見せた。スズメは理性を失いそうになった。ハルカの胸の柔らかさと、いたずらなな笑みと、夏の日差しに頭がぼうっとなった。もっとハルカの高い声が聞きたいって思った。でも、かき氷の冷たさにクールに戻れた。あの時、かき氷が手元になかったら、スズメはきっといけないことをしていたと思う。かき氷のおかげでスズメはハルカの大きくなった胸を「裏切り者め」っていう具合で睨みつけることが出来た。

「よし、それじゃあ、次はスズメの話だよ、」ハルカは言いながら自分の手元を見て言った。ハルカの手をなぜか、スズメの手が握っていた。「スズメ、そろそろ、手、離してくれる? ちょっと、熱いなぁ」

「あ、ごめん、」スズメは慌てて手を離した。「つい、癖で」

「癖?」

「ううん、」スズメは笑顔を作って首を横に振った。「癖っていうか、触られることが増えたから、なんか、女の子の手があると、つい、触っちゃって」

「マナミちゃんのこと?」

「あ、名前も知ってるんだ、そうなんだ、あの娘、よく私の手を触るんだ」

「へぇ、」ハルカはニコニコしている。「スズメがね、意外」

「意外って、」スズメはハルカを睨んだ。「何が?」

 それからスズメはハルカにメイド喫茶ドラゴンベイビーズで働くようになった理由を話した。エクセル・ガールズのことは秘密だから黙っていたけれど、それ以外のことは全部ハルカに話した。話しながらスズメは気付く。スズメはハルカと一緒にいないときの自分を全部、ハルカに知って欲しいと思ってるんだってことを。

「ふうん、そういうことだったんだね、安心した、」ハルカはアップルパイをかじる。「私、てっきり、なんか、色々あったんだって邪推してた、スズメに色々あったと思って、ちょっと心配だった、失恋したとかさ」

「失恋どころか、」スズメは自虐的に笑う。「まだ男子としゃべったことないし、まあ、不細工ばっかりで、こっちからしゃべる気なんて、さらさらないけどさ」

「恥ずかしがり屋も相変わらずなんだ、メイドさんにはなれるのにね」

「恥ずかしがり屋だけど、メイドさんは別、メイドの私はなんていうかね、私じゃないっていうか、最近気付いたんだ、メイドになると、恥ずかしいことも出来る私になれるっていうか、よく分かんないけど、ステージに立っても、それは私じゃないから、恥ずかしいけど、そこまで恥ずかしくなんないんだ、声も裏返らないし、でも、」スズメはそこまで早口で言って、笑ってハルカを見る。「なぜかハルカを見たら、凄く恥ずかしくなった」

「ああ、それはきっと、私がスズメの正体を知っているからだよ、」ハルカはポテトを摘んでスズメの口元に持ってくる。「魔法少女と同じだよ」

「え? あ、うん、そうだね、」スズメはなんだか納得してハルカの摘んだポテトをかじる。「そうかも」

 それから二人は違う高校の話をした。スズメはエクセルがいかに素晴らしい国際的表計算ソフトであることを語った。そんなことは一ミリも思ったことないんだけれど、きっと夏頃にはそう思っているだろう。だから嘘じゃない。

「そろそろ帰ろうか?」スズメのトレーの上に何もなくなったタイミングでハルカが言った。

「うん、」スズメは頷きながら、急に来る寂しさが表情に出ないように堪えた。「そうだね、錦景市はもう七時だもんね」

 二人は立ち上がり、トレーを片付け、出口に向かった。

「あれ、丈旗?」前を歩くハルカがそう、声を出した。

 通路の左手のテーブル席に座る学制服を着た男子が振り返る。丈旗だった。

「あ、やっぱり、偶然だね、」ハルカは不思議と、スマイルだった。「あ、そちらは中央のお友達?」



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