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雅に痺れたね(A Brocade Scene Program)  作者: 枕木悠
第二章 ドロップ
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第二章③

 キネマについてのディスカッションに丈旗、安賀多、斑鳩の三人は時間を忘れた。チャイムが鳴って、まだ昼食を食べていないことに気付いた三人は慌てて一年三組の教室に戻った。まだ五時間目が始まるまで、五分ある。エネルギアを補充するのには、十分な時間がある。ミヤビはまだ美術室から戻ってきていないようだった。お弁当を鞄から取り出したところで丈旗は正面の黒板が白い状態であることに気付いた。次の五時間目の授業はよりによって、担任沢良宜の英語の授業だった。このまま黒板が白いままだと授業の半分はお説教の時間になる。別にそれでも構わないだが、クラスの中には信じられないことだが授業をきちんと受けたいという真面目な女子たちがいる。彼女たちからの反感を買いたくはないので、丈旗は黒板を消し始めた。沢良宜の小言が出ないレベルまでの状態にして、丈旗は席に戻った。ほぼ同時にミヤビが教室に戻ってきた。美術室から走ってきたのだろう、頬はピンク色で、髪の毛は乱れていた。席に着くと時に、ミヤビが丈旗に聞いた。「昼休み、どこ行ってたの?」

 ミヤビの向こうに見える、安賀多と斑鳩はニヤニヤしている。

「実はな、ミヤビ、」

 丈旗が言いかけたところでチャイムが鳴った。授業開始のチャイムに一秒の遅れで沢良宜が教科書を抱いて教室に来た。沢良宜はクラスの生徒の様子を確認することよりも先に黒板のことを確認する。人差し指で黒板を十センチなぞる。「丈旗、手を抜いたわね、やり直し」

 丈旗の見立ては甘かったようだ。丈旗はしぶしぶ立ち上がり、黒板を綺麗にした。席に戻るとき、授業をきちんと受けたい女子たちの視線が痛かった。

 沢良宜の授業は五分遅れで開始された。沢良宜の授業は黒板のことからも容易に連想される細かいもので、授業を真面目に受けたい女子たちの評価は高かった。それ以外の生徒にとっては居眠りの時間だった。不思議と沢良宜は居眠りをする生徒を叱りつけることはなかった。丈旗は眠らずにミヤビを主役にして撮るキネマのことを考えている。

 さて、五時間目が終わり、十分間の休み時間に丈旗はキネマの話をミヤビにしようとしたら、教科書を抱いた沢良宜がミヤビに言った。「御崎さん、ネクタイはどうしたの?」

「え?」ミヤビは自分の首元を触った。「あ、美術室に忘れてきた」

 ミヤビは席を立ち、教室を出て行った。そういえば、ミヤビはネクタイをしていなかった。でも、なぜだろう。どうしてネクタイをはずしたんだ?

「丈旗、また綺麗にしておきなさい」沢良宜は丈旗に指示して教室を出ていく。丈旗は黒板を適当に消した。次の授業は世界史だ。居眠りの時間、再び。

 さて、ホームルームが終了して放課後になって丈旗は鞄の整理をしているミヤビに言う。「ミヤビ、話があるんだけど」

「ん、何?」ミヤビは丈旗の方を見る。

「実はキネマを撮ろうと思うんだ」

「キネマ?」ミヤビは首を傾げた。

「うん」

「キネマって、どんな?」

「細かいことはまだ決めていないけど、ラブ・ストーリィかなって、思ってる」

「ふうん、」ミヤビの目が笑う。「面白そう」

「だろ?」丈旗も笑った。「主役は、ミヤビで」

「え、私?」ミヤビは笑ったまま首を横に振る。「そんな、無理無理、私はカメラマンがいいや、丈旗が主役やりなよ、イケメンなんだから、あ、そうなるとでも、相手役が藍染先輩になっちゃうな、ああ、どうしようかな」

「いや、カメラマンは俺がやるよ、その、ミヤビが主役じゃないと、意味がないっていうか、その、なんだ」

「それじゃあ、ラブ・ストーリィが出来ないじゃん、」言ってからミヤビは何かに気付く目をする。「私が主役って、私が男装して藍染先輩の恋の相手になれってこと? まあ、それなら別に、いいけどな」

「違う、っていうか、どうしてさっきから藍染先輩のことが出てくる?」

「美術部でやろうって話でしょ?」ミヤビは頬杖ついて首を傾ける。「あ、キャストは別の誰かに頼むわけ? 演劇部とかに?」

「いや、そういうわけでもなくて、」丈旗はミヤビの向こう側でこっちをじっと見守る安賀多と斑鳩を見て言う。「とにかく、キネマ研究会がキネマを撮るんだ」

「キネマ研究会?」

「後ろの二人だ」

「後ろの二人?」ミヤビは振り返る。

 安賀多と斑鳩は、所定の席についたままミヤビに向かって愛想笑いをしている。おそらくミヤビは初めて二人のことを見つめた。何人かの女子と丈旗としか、クラスでミヤビはしゃべらない。

 ミヤビは丈旗の方に向き直る。「いつもの二人以外いないけど」

「そのいつもの二人がキネマ研究会で、いや、まだ部は正式には成立していないんだけど」

「ふうん、」ミヤビは意外、という顔をした。「……丈旗もキネマ研究会に入ってるの?」

「入ってる、というか、」丈旗は顎に手をやって少し考えた。「そうだな、上手くキネマが撮れたら、また撮りたくなるかもしれないし、キネマ研究会に入るのもいいかな」

「それは駄目でしょ、」ミヤビはなぜか必死に否定する。「別に兼部は認められていないことはないと思うけど、藍染先輩が怒るよ」

「怒らないと思うけどな、いや、どうかな、確かに、怒られるかも」

「でしょ?」ミヤビは丈旗の袖を掴んでいた。こんな風にミヤビにされるのは初めてのことで、少し心臓が揺れた。ミヤビは上目で丈旗を見てくる。もしかしたら丈旗が違う部活に入ることによって会える時間が減ってしまう、なんて恐れているのかもしれない。そう思える表情をしている。可愛い表情をしている。「兼部は駄目だよ」

「そうだな、」袖を掴んでくるミヤビが可愛い過ぎて、なんでも言うことは聞いてしまいそうな心境だった。「兼部は駄目だな、俺は兼部はしないよ、とにかく、協力してくれないか、後ろの二人に、二人はキネマ研究会を作るために、いいキネマを作らなくちゃいけないんだ、藍染先輩を納得させるキネマを作らなくちゃ発足の認可が下りないから、だから、いいキネマを作るためにはミヤビ、お前が主役じゃなければいけない、ミヤビ、やってはくれんだろうか?」

「……どんな理屈よ、」ミヤビは呆れた風に言う。「理解不能意味不明だわ」

「確かに合理的な理屈じゃないな、」丈旗が笑う。「でも、非合理的なことだと思う、キネマを撮ることって」

「……まあ、事情はなんとなく、分かった、うん、そっか、キネマか、」ミヤビは言って、再び後ろを振り返った。「藍染先輩に見せる映画を作るのね?」

『は、はい』二人は声を合わせて大きく頷いた。

「だったら、」ミヤビは腕を組み、深く考える素振りをした。「中途半端なものは作れないな」

「やってくれるのか?」

「うん、」ミヤビは頷く。「やったげる」

『やったぁ!』後ろの二人は抱き合って喜びを表現している。

「その代わり、」ミヤビは指を立てて、凛とした表情を作る。「私に従うこと、あらゆることを、いいわね?」



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