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「王子より伺ってはいましたが…物凄く美味しそうな良い匂いの魔力です…」
ゴクリ…っとアンナの喉がなり、ナナエは引きつった笑いを浮かべた。
あれから暫くアンナがカイトを正座させて30分ほど説教したのちカイトは部屋を追い出された。
正装して戻って来いとアンナにきつく言い含められて。
殆ど寝てないはずなのに可哀想に思いはしたが、アンナが怖くてナナエはとうとう最後まで口を挟めなかった。
ので、カイトの事を思い出しながら心の中で謝りつつ合掌。
「っと…失礼致しました。魔力の抑え方なのですが、至極簡単です。基本的に平常心を保つことです」
こんなこと誰でもできるわよね?といった風情で、さらりとアンナは言ってのけた。
「感情を抑えることが魔力を抑えることにもつながります。特に、魔力の扱いに慣れていらっしゃらないナナエ様には常に平常心でおられることをお勧めいたします」
わかりましたね?と念を押すように言うアンナをナナエは不安げに見返した。
「でも、今まで魔力とか、そんなの全然無かったのに…」
「そのことですが」
ナナエの疑問を断ち切るようにアンナは言葉を紡ぐ。
「どうやらナナエ様には魔封じの術が施されていたように思います。ナナエ様や王子の話を総合して鑑みると森番の短剣、あれが魔封じの術を破る要因になったのかと」
「そんな術、かけられた覚えも無いんですけど」
ナナエが首をかしげながら訝しげに聞き返す。すると、アンナは顎に手を当てながらじーっと真剣な面持ちで目を凝らすようにして見つめた。
「…残滓だけでしか判断できませんが、恐らくとても古い封印のように思われます。それこそ、ナナエ様が物心つく前やもしれません」
「は?」
「ま、そんなことはどうでもいいのです。色々と魔力を抑えるための訓練は必要ですが…面倒なので急場しのぎ用に魔道具をお持ちしました。この指輪をつけて頂ければ魔力の遮断ができますので、全く魔力が無い者のようになるはずです。試作品ですが」
”面倒なので”に微妙に力が入っていたのは気のせいではないだろう。口調は丁寧なのに妙に早口で、ナナエに口を挟ませようという気が見えない。
「魔力の扱いに慣れるまでは常時着けておいてください。特に人族の男性の近くで外すのはご法度です」
「なん…」
「人族は異性の強い魔力に当てられると発情します。押し倒されたいならどうぞ。ちなみに人族で生まれつき魔力の高い者は、物心つく前から魔力の制御の仕方を覚え始るので普通は4、5歳で制御できます」
「人族いが…」
「人族以外は発情期が来るまで発情しません。発情期でないときは安全ですが、発情期のときは人族より押さえが利きません。種族によって、個体によって時期が変わりますが大体1年に2度。期間は1週間ぐらいです」
「同性はだいじょ」
「同性の場合は余りにも強い魔力の側に居続けた場合、発情ではなく、お酒に酔った状態になります」
「試作品ってもしかして私みたいな人がほかにもい」
「王子用です。王子も魔力が生まれつき高く、制御しようとしませんので。王太后様より依頼されているものです」
常に最後まで言わせず被せる様に返答するアンナにナナエは苦笑をもらすしかなかった。
何が彼女をこんなに急がせているんだろうと思案していると、アンナが少し首をかしげながら「何かご質問が?」と問う。
「…アンナさんは、何か急いでます?もう少しゆっくり話を聞きたいんですけど…」
「アンナ、とお呼びください。…失礼をして申し訳ありません。愚弟に時間をかけてしまったため、スケジュールが押しているのです。このあと、ナナエ様には町に出ていただき、戸籍を作る手続きをしなければなりませんし、城下町の説明、王城の説明、この離宮の案内、従者の紹介、王子との晩餐、湯浴み、一般常識の勉強…と、しなければならないことが沢山ございますので」
「それを1日で…?」
「左様にございます。私がここでナナエ様のお側に仕えるのを許されているのは本日のみでございますので」
「今日だけ?」
「私はこの国の西にあります魔道研究所の所長を務めております。ナナエ様の魔力が高すぎるために、急遽研究所を離れることになりましたが本日しか研究所を空けれないのです。王子より、ナナエ様が本日中にこの国で普通に生活していただけるように尽力せよとのことですので。それでは、指輪をすぐにお付けになってください。お着替えから致しましょう」
ナナエが慌てて指輪を右手の中指に嵌めるのを確認すると、アンナはすぐに手を2回叩く。すると、一人の年若い侍女が着替えらしき服を持ち部屋に入ってきた。
「彼女はナナエ様付きの侍女になりましたマリーです。魔力が高くありませんので必ず指輪をつけてから呼ぶようにしてください。大抵の事はマリーに言えば解決するでしょう」
「ナナエ様、お初にお目にかかります。マリーです」
まだまだ子供から抜けきっていないあどけない笑顔でマリーと呼ばれる少女は笑った。頭の上には少しだけ垂れた犬の耳のようなものが載っている。
「えっと…人族、じゃないよね?犬族?っていうので合ってるのかな?」
ナナエが戸惑いながら聞くとマリーは一瞬きょとんとした顔でナナエを見た後、”あっ”と合点がいったように頭を下げた。
「説明不足で申し訳ありません。私はワードッグ族のマリーと申します」
「この国には人族、エルフ族、ワードッグ族、ワーキャット族、ワーラビ族が主に暮らしております。他国にはドワーフ族、ダークエルフ族、グラスランナー族、妖精族、ハーピィ族、マーメイド族などもおりますわ。城下町に出てからまたご案内いたしますわね」
アンナがここでは一般常識と呼ばれるものを説明しながらテキパキとマリーに指示を始めた。