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<78> 攻防

急激に飲ませすぎたかもしれない、とトゥーヤは不安な面持ちで腕の中のナナエを盗み見る。

とろんとした瞳でボーっとしたままぐったりと体をトゥーヤの胸に預けている。

魔力が溜まりすぎているせいもあるのか、息は浅く、体はやや熱く、頬が上気していた。

その姿が酷く艶かしく思え、トゥーヤはなんとなく気まずい思いで視線をそらす。

すると、それを見透かしでもしたかのように隣を歩くリフィンから笑いが漏れた。


「まぁ、目に毒、といった所でしょうか」


余裕たっぷりにそう言って笑うリフィンを、トゥーヤは眉を少しだけ歪ませて見返す。

ナナエの周りには男が多い。

それが愛だの恋だのと言うものなのかは分からないが、みな好意を持っていることは確かである。

その中でもこの男、リフィンだけはやっかいだとトゥーヤは思っていた。

何を考えているか分からないのだ。

トゥーヤにとって、一番ナナエに近づけたくないのはこの男かもしれない。

胡散臭いと言う言葉を着飾ったらこういった男になるのではないだろうか。


「辛いなら、交代しますが?」


両手を軽く広げて差し出し、リフィンは笑った。

それを軽く睨むようにして見やった後、トゥーヤは小さく首を振る。

すると、リフィンは肩をすくめてみせた。

広間のすぐ外の廊下を少し歩いた先は大きな廊下とつながっており、その先にはエントランスがある。

その大きな廊下に面した角のところで先に広間を辞していたセレンとパーリム大公と合流した。


ナナエを運ぶのを交代するといって食い下がるセレンを適当にあしらってエントランスに向かおうとした時、背後から声がかかった。


「お待ちください」


先ほど広間で別れたエーゼル国王の王弟ナテルだ。

数人の警備兵を伴って、厳しい表情で呼び止めてきた。


「これはこれは、ナテル殿下。この私の連れに何か御用ですか~?」


パーリム大公が一歩前に出て、身に覚えが無いといった感じでとぼけてみせる。

流石にわざとらしい。


「ナナエ様を連れて行かせるわけにはいかないんです」


青ざめている表情を隠そうともせず、ナテルは大公に訴える。

しかし、大公の方はと言えば”はて?”と再びとぼけてみせる。


「確かに、こちらの連れが運んでいるのはナナエという娘ですが~、殿下のお探ししている娘とは違うと思われますが~?」

「からかうのは止めてください」

「いいえ~からかってなど。殿下の探しているのは遠縁のナナエ様、私どもが連れているのはセレン王子の側室のナナエ様ですが?」


しれっとした顔で平気で嘘をつく。

その言動は明らかに相手を小馬鹿にしている。


「一緒に連れてきたのはいいのですが、すっかり酔ってしまわれましてね~。こうしてつれて帰るところなんですよ~」

「詭弁はもういいです。ナナエ様はルーデンス様の正妃になられる方です。連れて行かせるわけにはいけません」

「…オラグーン王子の妃候補を拐かしておいて随分な言い様ですね。オラグーンと事を構えるおつもりか」


その台詞をきっかけに、今までの笑顔をすっかり消したつめたい表情で大公はナテルを威嚇する。

大公の言うことももっともだった。

ナナエは既にオラグーンよりの声明で存在を探されている人物の一人だ。

それも王子の側室として、だ。

そんな人物をエーゼル国王が拐かしたとなれば、オラグーンと事を構えるための人質として取られてもおかしくは無いのだ。

事実がどうであれ、オラグーンの王族に連なるものを拐かすということは、そういうことなのだ。


「ですが…!!」

「この娘はオラグーンの娘。よもや本気でエーゼルに繋ぐつもりではないでしょうね?」


大公は顎を少し上げながら、再び発言しようとしたナテルを威嚇と共に押さえ込む。

大公からすればエーゼルの王弟ごときの相手では役不足なのだ。

終始馬鹿にしたような態度を崩さず、大公は鼻を鳴らしてまでみせた。






ボーっとした思考のままでトゥーヤに抱かれるままにナナエは大人しくしていた。

酔いが一気に回ったようで体がほわほわと浮いたような気分だ。

(リッセ…あれ、リッセはどうしたんだっけ?)

何かを思い出しかけたが、考えるのが酷く億劫だった。

その上、心地よい揺れのせいで瞼が異様に重い。

なぜか、体は多少痛むし、体もなんとなく熱っぽい。

それでも、耳元に感じる鼓動音が優しい眠りに誘う。


「お待ちください」


そんな声が聞こえた。

それをぼんやりと聞き入る。

少しはなれたところで、ナテルと誰かが話している。

ナテルの声は必死で、それを誰かが鼻で笑う。

それがナナエには不快だった。


「…ナテルをいじめちゃ…だめ…」


嫌な感じの声に向かって呟いてみる。

ナテルはずっとナナエによくしてくれた、言わば友達みたいなものなのだ。

そのナテルを聞きなれない声が追い詰めていると言うのだけが無性に腹が立った。


「…寝ていてください」


すぐ近く、頭の上の方から聞きなれた心地よい低い声が降ってくる。

思わずその言葉通りに意識を手放そうとした時、ダンッと大きな音が響いた。

閉じかけた瞼を無理やり引き上げ、ナナエは顔を少し起こす。

その視線の先、エントランスに抜ける広い廊下にルーデンスが立っていた。


先ほどまで着ていたジュストコールは着替えたのだろうか、純白のフロックコートを身にまとい、後ろには何人かの兵を従えている。

そしてルーデンスの前には腕をひねり上げられ縛られたマリーの姿があった。


その異様な光景にナナエは混濁した頭を覚醒させようとかぶりを強く振る。

状況がよく読みこめない。

心なしかナナエを抱き上げる腕に力が篭った気がした。


「ナナエ、こちらに来てください。私から逃げればこの女を殺します。リーセッテも、です」


ルーデンスはナナエに向かって淡々と告げた。

右手には抜き身の剣が握られている。

まるで本気だとでも言うように、その剣はマリーの首元に当てられていた。


「ナナエ」


もう一度ルーデンスがナナエを呼んだ。

ナナエは小さく頷くと、抱き上げていた腕に手を沿え、軽く押しやった。

するとその手は、その意図を理解し、ナナエをそっと床に立たせる。


「ナナエ、こちらへ」


ナナエが覚束ない足取りでルーデンスの元へ歩み寄ろうとしたとき、一瞬先ほどまで抱き上げていた腕がナナエの手首をつかんだ。

その手をナナエは困った顔をしながらそっと外す。

そして、ふらつきながらもゆっくりとルーデンスに近づいた。


遠くの方で収穫祭のフィナーレの花火が上がり始めた。

その音を聞きながら、ナナエは不思議と落ち着いた気分になっていった。


ルーデンスのすぐ近くまで来ると、ルーデンスはマリーを兵士の一人に押しやり、ナナエの手首をつかむと強引にその腕の中に収める。

セレンも、リフィンも、トゥーヤも黙したまま事の成り行きを見守るように動かない。


「オラグーンの方々、お引取り、いただきましょうか」


そのルーデンスの顔は、珍しく酷く余裕のなさそうな顔だとナナエは思った。


「この収穫祭のフィナーレの花火が終われば、ナナエは私の妃になります。それは、本人が約束したことです。口を挟まないで頂こう」


ナナエを拘束するルーデンスの腕の力が強まった。

ルーデンスのその言葉を、皆信じられないといった顔で見ている。


「ナナエ、本当なのか?…それでいいのか?」


セレンが呻く様に言った。

その表情が普段と違って情けなく思えて、ナナエは少し笑った。


「ルディの言ってる事はホント。この花火が終わるまでにここから逃げれなければ、私はルディと結婚する」


ナナエがそう言うと、セレンもリフィンも、トゥーヤも息を呑むのがはっきり分かった。

そのナナエの言葉に満足したのかルーデンスは少し口角を上げるようにして微笑んでいた。


「でも、ルディごめんね」


ルーデンスの方に顔を向けてナナエがそう言うと、ルーデンスはその眉間にしわを刻ませ、困惑の表情を浮かべた。


「…やっぱり、皆と帰りたい」


そう言ってナナエはルーデンスのフロックコートの襟を両手で掴み、引き寄せるようにしてルーデンスに口付けた。

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