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<74> 交錯する企み

広間の中は騒然となっていた。

芸人一座の中にいたアディールと呼ばれる女性と、彼女に駆け寄った国賓の青年に好奇の目が降り注ぐ。

そんな中で、セレンがベールを外して前に進み出たのだ。


「エーゼル王、お初にお目にかかります。私はオラグーン第一王子セレン・シャルド・オラグーン。以後お見知りおきを」


そう言ってゆっくりと優雅に一礼をして見せた。

そのとたん、貴族たちのどよめきが更に大きくなる。


「…これは一体、何事なのですか?」


顔から一切の表情を消したルーデンスがセレンに視線を向けながら凛とした声で尋ねた。

セレンはニヤリと口角を上げたまま不敵そうにルーデンスを見返す。

広間内にいた全ての人が、これから何が起こるのかと押し黙り、見つめている。


「縁あって、アディール様をお救いいたしましたのでお送りさせていただいたんです。…なぁに、ちょっとした趣向ですよ。エーゼル国とガルニア国の婚儀をお祝い申し上げたくて、ね」

「それはお心遣い痛み入ります。…ですが、このようなやり方、場違いも甚だしいですね」


遠目から見てもルーデンスから冷ややかな感情がうかがい知れた。

アディールと呼ばれた女性は、彼女が兄と呼ぶ国賓の男性と共に部屋を退出していくところだった。

おそらくふさわしい身なりに整えてくるのだろう。


「アディールさんていうお姫様、ルディのお嫁さんなんだ?」


ボソリとナナエが呟いた瞬間、右隣のナテルが胃の上を押さえて微妙に背中を丸めた。

ガルニアの姫がルーデンスの婚約者であることを知らないのはナナエだけである。

ルーデンスがナナエには知らせ無いようにしていたからだ。


「えっと、それはまぁ、深い事情がありまして…」

「ナナエさんは知らないのだろうと思っていましたよ。収穫祭が終わってすぐに婚儀の予定です。諸外国の誰もが知っています」


ナテルがもごもごと言い訳を並べようとしているところに、リフィンがあっさり引導を渡す。

ナテルは再び胃の上を押さえて背中を丸めた。


「ふぅ~ん…」


ナナエは自分が思った以上に不服そうな声を出してしまったことに少しだけ戸惑っていた。

婚約者のある身と認識した上で、今までのルーデンスの行動を振り返り、考えてみる。

ルーデンスのプロポーズを受けるつもりは無かったと言えど、若干絆され掛けてたことも否めないナナエとしては物凄い勢いでもやもやした気持ちが膨れ上がるのを感じていた。


「…つまり、側室になれってことだったんだ」


ナナエは腕を組みながら憮然とした表情で広間の奥に居るルーデンスの方を見る。

一瞬だけ目が合った気がしたが、それもすぐ逸らされたようにナナエは感じた。


「この国は側室を認めていませんからね。王族であろうとも妻は一人しか持てません」


リフィンの一言が更にナナエの気持ちを掻き乱した。


「側室でさえもなく、愛人にするつもりだったってことね」


同じ円卓に着く者たちは、ナナエの機嫌が悪くなるのが手に取るように分かった。

ゲインもナテルもルーデンスがガルニアの姫に暗殺指令を出すぐらいナナエに入れ込んでいるのを知っている。

しかし、この場でガルニアの姫を暗殺しようとしていたなどと発言できるわけが無い。

この貴族や諸外国の国賓がわんさと集まった中で、そんな話をすれば何が起こるかわからない。

しかも、それを話したところでこの気性が決して穏やかといえない娘が”暗殺指令”という言葉の方に反応してヒートアップするのは目に見えている。

ルーデンス側としては苦虫を噛み潰したような渋面をするしかなく、それを分かっているであろうオラグーン側のリフィンは笑顔を向けている。


「いえ、ルーデンス様は…そんなつもりじゃ。アディール様とは破談にするおつもりで…」

「私にだって分かるよ?そんな間近に迫った婚儀、国同士が絡むなら破談になんてできっこない」

「いえ、本当にルーデンス様は…」

「結局根底のところでもモノ扱いだったわけね」


酷く冷めた声でナナエが言い、ナテルはゴクリとつばを飲み込んだ。

ナナエの表情は酷く落胆したようにも、呆れたようにも、軽蔑したようにも見える。


「まぁ、愛人でしたら、飽きれば簡単に捨て置けますしね」


そこに、恐ろしいタイミングでリフィンの追い討ちの言葉が転がった。


彼は恐らく、ナナエがルーデンスに絆されかけているのを気づいていたのだろう。

お人好しの彼女が1ヶ月も一緒に居る人間の事を、悪く捕らえられなくなっているであろう事は想定内だったのだ。

そして、その感情は決していい方向には転ばず、むしろ彼女を救出するには邪魔な感情であることも気づいていた筈だ。

助けようとする人間の気持ちが揺らいでいるようでは不確定要素を握りこむのと同じだ。

国王から奪い取らなければいけないリスクの前で、一瞬の躊躇で取り返しが付かなくなる事もある。

だからこそ、このタイミングなのだ。

ナナエの感情を上手く転がすためだけに、この男は堂々とこの席にとやってきたのだ。









──まさかこのタイミングで正面から派手に仕掛けてくるとは想定外だった。

ルーデンスは人知れず唇を噛む。

人気がなくなった時や、気を抜いた時に密かに動くものだとばかり思い込んでいた自分に腹を立てた。

晩餐会が始まって程なく、ライドンで会ったオラグーンの貴族、リフィンの姿を見たときに全ては始まっていたのだ。

誰に咎められる事も無くナナエの席に近づき、堂々と接触した。

そして盛り上がったところにアディールという爆弾を投下したのだ。

このために、ガルニアの王子をわざわざこの国に呼び寄せ、あまつさえ、オラグーンがアディールの後ろ盾になると言う体裁をとってみせた。

行方不明とされていたオラグーンの王子を引っ張り出してまで。


まさに囲い込むように仕込みをしていたのだ。

さも興味なさそうな顔で済まして笑っているパーリム大公の顔が視界に入り、ルーデンスは忌々しげに舌打ちをする。


「あぁ、そうです、そうです。エーゼル国王、ご成婚おめでとうございます。…ちょっと気が早いですかねぇ?」


くすくすと笑いながらパーリム大公はルーデンスに水を向ける。

ここにパーリム大公とルーデンスしか居ないのだったら間違いなく切り捨てているところだ。


「…そうですね。まだ婚約している、というだけです」


何の感情も込めずに淡々と事実だけを告げる。

チラリとナナエの席をルーデンスは窺う。

晩餐会が始まったときには見せていた笑顔も、今はすっかりなりを潜めているようだった。

ナナエと一瞬目が合ったような気がした。

それはナナエが”ルーデンスに婚約者が居た”ということに反応してなのか、それとも事の成り行きを見守っているだけなのかははっきりしない。

婚約者が居ると言うのにプロポーズをしたことに対して”不誠実”であると罵られるだろうか。

そこまで考えて、その考えを振り払うように頭を軽く振った。


──今はそのようなことを考えている場合ではない。


ガルニアの姫の処遇を考えなければならない。

こうやって諸外国の国賓たち、国内の有力貴族たちの前でこうも華々しく登場してしまったのだ。

ともすればただの騙りの不埒者と捨て置ける程の規格外な登場の仕方で。

その身元の確かさもガルニアの第一王子が即座に証言してしまっている。

ほぼ詰みかけている。

それは明らかだった。

それでも、ナナエを諦めると言う結論には至れない。

──今すぐにでもガルニアの兄妹を殺してしまうか。

それはガルニアとの開戦を意味している。

そうなれば長く民を苦しめることになるだろう。

そのような浅慮な真似が出来るわけが無い。


──考えろ。考えろ。


ルーデンスは必死に頭を働かせる。

抜け道があるはずだ。

どこかに、必ず。

ナナエを手放さず、全てを丸く治めるやり方が。

そんな都合の良い抜け道を、探さねばならない。

無くても作り出さねばならない。

こんな所でオラグーンにやられっぱなしで居られるわけが無い。


感情を表さないよう、眉をぴくりとも動かさず、淡々と侍従たちにガルニアの姫やオラグーンの王子の支度を整えるように指示を出す。

それと共に、急ぎナテルとゲイルにも動いてもらわねばならない。

乳母のジーナをを呼び寄せ2,3耳打ちをする。

するとジーナは青ざめた顔をして激しくかぶりを振った。

彼女がこういった態度をとるのは予想の範囲内だ。

だが、もう猶予は無い。

もともと引っ張り出すつもりで準備を進めてきたのだ。

有力貴族たちには既に根回し済みだ。

多少時期が繰り上がったとて問題は無いし、問題にさせるつもりも無い。


本人には未だ了承を得られていないが、それは後で苦情でも何でも受け取ろう。

引っ張り出して、最大限に利用させてもらおうではないか。

もう迷ってる暇は無い。

あちらに向かっている流れを、無理やりにでも飲み込み、こちらに向けなければならないのだ。

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