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<73> Bon-odorer

一瞬辺りがしん…っと静まり返った。

演奏家たちが音楽を奏で始めようとしているからだ。

剣舞が始まるのを息を呑むようにして、皆、見つめていた。


広間の中央には剣舞を披露する為に6人の踊り手たちが居た。

顔にベールを纏い、女性は両手に大振りの曲刀を持ち、男性は短剣をカードのようにいくつも持っている。

そして俯いたまま腰を落とし、静止していた。

男も女も3人ずつ、ピクリとも動かず曲の始まりを待っているようだった。

衣裳は男女共に露出が多く、所々に宝石をちりばめているのか、広間の明かりが反射してきらめいている。


──タンッ。


一番小さい犬耳の踊り手が軽くジャンプをして床を踏み鳴らしたのが合図だった。

まるで最初からクライマックスのような激しい音楽が鳴り始める。

踊り手たちもそれに合わせて軽やかに踊り、曲刀の刃が煌き、宙を舞う。

音楽が更に激しさを増すと、踊り手たちもしなやかな手足を巧みに絡み合わせながら激しく踊った。

正に圧巻と言ってもいい程の迫力と、美しさで観客を圧倒したのである。


…一部を除いては。


「あー…リフィンさん?」

「オスカルです」

「…オスカルさん?」

「はい、なんでしょう?」

「あの、ですね。あの端っこの男性の踊り手さんなんですが」

「はい」

「明らかにド下手ですね♪」

「そうですね♪」


みな一様に光を纏っているかのごとく激しく煌びやかに踊っているのに対し、その踊り手だけは異彩を放っていた。

別の意味で。


「あれは何の踊りでしょうね」

「強いて言うなら…雨乞いでしょうか?」

「私なら死霊の盆踊りって名付けるな…」

「流石ナナエさん。いい感性をしています」

「あれはアレなんでしょ?」

「…ですね♪」


上半身裸なので、右腕にガッチリ嵌っている腕輪があらわになっている。

顔をベールで隠しても、その腕輪には確かに見覚えがあった。

ライドンで無職引きこもりになっていたアノ人である。


「ダンスって教養のうちの一つじゃないの?」

「そうですよ」

「アレでいいわけ?」

「…ノーコメントでお願いします」


にこにこの笑顔を崩さぬまま、リフィンはコメントを拒否する。

──だが、アレでいいのか、本当に。

わざわざ変装して顔を隠してまで一座に入り込んだのだろうに、あれでは見るからに不審者そのものである。

現に貴族の一部がヒソヒソと話し出しているし、あの盆踊er(ボンオドラー)を露骨に扇子で指して話している女性も居る。


「アレでいいの?」


ナナエは、もう一度リフィンに聞く。

リフィンは諦めたような微妙な笑顔で視線を泳がせた。


「アレで良いんです…100発100中で決めてくれますから…」


リフィンは良いと言いながら悲しそうな顔をしている。

何かつらい事でもあったのだろうか。


それにしても。

なにが100発100中だと言うのだろうとナナエは首を傾げてみる。

剣舞はそろそろクライマックスに差し掛かっているようだ。

…何故か全員の動きがおかしい。

セレ…盆踊erから妙に遠ざかろうとしているのだ。

盆踊erは広間の中央を縦横無尽に異彩を放ちながら踊る。


「フィニッシュってさ…」

「見てのお楽しみです」

「なるほど」


女性3人が曲刀を男性に向けて放る。

男性がそれを難なくキャッチ。

男性が短剣を宙に放って曲刀を構える。


──弾く!


盆踊erの弾いた短剣が、仲間の弾いた短剣を全て弾き、仲間を襲う!


…襲う?


無事だったのは一番小柄な犬耳の女性と盆踊er本人だけだ。

他の男性2人も女性2人も、盆踊erの短剣によって服やらベールやらを剥かれていた。

特に褐色の肌の女性はベールは破れ落ち、上半身の服には大きく裂け目が出来てしまっている。

蹲り、こぶしを握って震えているのはきっと感動に打ち震えているのに違いない。

難を逃れた犬耳の女性は、すんでの所で身を翻して、短剣の刃を指ではさんで受け取ると言う離れ業をやってのけていた。

まるで忍者のようである。

汚いなさすが忍者きたない。サービス精神がなさ過ぎだ。


──ガタン!


曲も終了して、広間が一瞬沈黙した時だった。

椅子の倒れる音が、酷く大きく響いた。


広間にいた者たちの視線がその椅子を倒した人物に集まる。

ルディと同じ円卓に着き、赤い髪に褐色の肌の国賓らしき年若い青年だった。

その青年は広間中央の踊り手たちを見て驚愕の表情で凍りつき、体中をわななかせているようだった。


「アディール!!!!」


そう叱り付ける様に短く声を上げ、その青年は己の正装用マントを剥ぎ取るようにして、アディールと呼ばれた踊り手の褐色の女性をした肌の所に駆け寄った。

広間に居た皆がその青年と踊り手に注目する中、ナナエはルーデンスの表情がすっと消えたのを見逃さなかった。

アディールと呼ばれた女性は、ルーデンスにとって決して都合のいい人間でないことは明らかであるようだった。

青年がアディールの体に剥ぎ取ったマントを巻きつけ、立ち上がらせる。

すると、彼女は青年に向かって優雅に頭を下げたのち、首を傾げて微笑んだ。


「──お久しぶりです、お兄様」


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