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<71> 執事⇒王子⇒王のヒエラルキー

収穫祭の最終日ともあって、見下ろした窓の外の町の様子はとても賑やかそうに見えた。

遠くの方の海には既に日が沈みかけていて、キラキラとオレンジ色の光を反射している。

すでに1日半以上魔力抜きをしていないナナエは、朝から息苦しさや関節や筋肉がギシギシいうので少しだけ元気がでない。


「私です」


その声と静かなノックと共にルーデンスが部屋にやって来たのを、ナナエはイスから立ち上がらずに顔だけ向けて迎えた。


「辛くなってきましたか?」

「…そうね~」


だるそうに笑いながら返事するナナエをルーデンスは幾分眉根を寄せて見ている。


「それなら派手に動けないでしょうね。好都合です」


そんな風に、なんだかんだと憎まれ口を叩いても表情が心配そうな顔をしているのでナナエは"素直じゃないなぁ"と笑ってしまった。

そんなナナエの言葉を聞いて、案の定ルーデンスはしかめ面になっていたが、それもまた面白い。


「随分と機嫌がよさそうですね」

「…まぁね」

「収穫祭が終わるまでにここから逃げ出さなければ、今夜、姫を妻にしますよ」

「ん。わかってる」

「…嫌ではないんですか?」

「ん~。嫌だよ?」


そう言ってニッコリ笑うと、ルーデンスは苦笑した。


「そんなに私が嫌いですか?」

「あはは、まさか」


サラリと言われたナナエのその答えに、ルーデンスは驚いて絶句した。

そしてナナエはそんなルーデンスを見ておかしそうに笑い声を上げる。


「ルディが嫌いなんじゃないよ。こういうのが嫌いなの。ずっと勘違いさせたままじゃ悪いなって思ってたんだ。ごめんね」


ナナエはテーブルに肘を付き、その手に頤を乗せながら晴れやかな表情で笑う。

ルーデンスはなんと言って良いのかわからない様子でナナエの向かいの席に腰を掛けた。


「嫌いじゃないなら、素直に私と結婚すればいいでしょう?」


少し憮然とした面持ちで、ナナエの方は見ずにルーデンスは言った。

しかし、ナナエは全く取り合わない。


「だめだめ、こういうのはプロセスが超大事なんだから!」

「プロセス?」

「過程よ、過程。ちゃんと告白して、付き合って、燃え上がって、結婚。この過程が大事なのよ~」

「そこまで大事だとは思えませんが」

「大事だよ~!乙女なめんな」


そう言ってナナエはころころと笑った。

余裕のありそうなナナエの笑い声を苛立たしく思ったのか、ルーデンスが更にしかめ面になる。

それでもナナエは上機嫌のままだった。


「もし、普通に出逢っていたら…私と結婚してたと思いますか?」


少しの逡巡の後、相変わらずナナエから顔はそむけたままで、ルーデンスがポツリと言った。

ナナエはその質問を目を閉じて考える。


「ん~…わかんない」

「…そうですか」

「いやぁ、トゥーヤが捨てがたい」

「…は?」

「執事が跪いてきたらそれだけでご飯3杯はイケル」

「………」

「ああ、でも!ルディが執事だったらかなり互角。うん、かなり」

「…意味が分かりません」

「私にとってヒエラルキーの頂点が常に執事ってこと。王子とか王様って、その下だからね!」

「…理解不能です」

「制服のロマン、身分違いの恋、忠誠心との間で揺れる恋心!ご飯10杯イケル」


ニヤニヤ笑いながらナナエが楽しそうに話す。

それを横目でそっと見ているのはルーデンスにとって決して悪くない気分だと思った。


──ドォォォーーーン、パラパラパラ…


窓の外、遠くで花火の音が聞こえ始める。

そろそろ晩餐会のための支度をしなくてはならない時間のようだった。

ルーデンスはおもむろに立ち上がると、ナナエの前に立つ。

そしてテーブルに手をつき、少し身を屈めるとナナエの唇に触れるだけの口付けを落とした。

ナナエは目を閉じることなく、挑戦的な光を瞳に湛えて口角を上げている。


「私、勝つよ」

「…私も負けるつもりはありません。今宵は姫を私の妻としてこの腕に抱くつもりです」

「あはは、気が早いね。じゃあ、私が勝ったら、ルディには執事として跪いてもらっちゃおうかな」


くすくすと相変わらず笑みを絶やさぬままナナエは言う。

ルーデンスもそれに習うように口角を上げ、体を起こした。


「それでは、晩餐で」

「また後でね」


まるで友達のように気安い調子でお互いに片手を軽く上げた。

これからが、彼らにとっての本番だった。

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