<65> 思惑
ルーデンスはその姿を見つけるなり大仰にため息をついて見せた。
その視線の先には、ナテルとナナエが居る。
「何をやっているんですか」
そう言ってナナエに近づくと、髪に絡みついた芝生を取り除く。
心なしか髪も服も乱れている。
一方のナテルは服も髪も全く乱れていない。
「…熊と格闘でも?」
背中の葉を払ってやると、ナナエは明らさまに視線を泳がせた。
この態度はまた馬鹿なことをした証拠だろう。
ついこの間も荒れた部屋の中で仰向けに倒れているから、何事かと肝を冷やしたばかりだ。
助け起こして事情を聞けば、
「ビリーが~ブートキャンプが悪い…」
とかわけの分からないことを言う。
詳しく聞いてみれば、単に部屋の中でダンスをしてたら長いすに蹴躓き、派手に転んで気を失ってたらしい。
全く人騒がせも甚だしい。
ふとナテルに目をやると、ナテルは少し難しい顔をしている。
珍しいこともあるものだと思い、首をひねる。
眉間が微妙に赤いのも何かがあったのだろうか。
「ルーデンス様、先ほど大公がお見えになられ、ナナエ様にお会いになられました」
ナナエの手前、言葉を選んでナテルが告げる。
その告げられた内容を察してルーデンスも渋面となった。
「正反対の場所から、ですか」
「まぁ、そうなりますね」
「それで、どうなりました?」
ナナエが無事であることは目の前のナナエを見れば明らかだ。
言葉を選んでいるということは、大公の素性をナナエは知らず、かつ知らせない方がいいとのナテルの判断なのであろう。
「晩餐を楽しみにしている、と」
どうやらナナエは相手を知らないが、相手はナナエを引っ張り出す気が満々と見える。
どう同席を断るか、それが問題だ。
大公がオラグーンの者だと分かればナナエは積極的に連絡を取りたがるだろう。
それは避けねばならない。
ルーデンスにはナナエを手放すつもりなど毛頭ないのだから。
「私、気を使ってご飯を食べるなんていやだし、適当に断っておいてよ。なんかあの人怖いし」
何も知らないナナエは、そう言って口を少し尖らせ、不満げな顔をする。
もちろん、ルーデンスにとってはそれは望むところなのだ。
だが、大した口実もなく断れる相手かといったら、そうではない。
仮にも隣国、建前上友好国の王弟だ。
それと同等かそれ以上の物を口実として作らねばならない。
「そうですね。では、大公との晩餐には私が出ましょう。その代わり、姫には口実を作るために別の方と晩餐を取っていただきます」
ルーデンスがそう言うと、ナナエは嫌そうな表情を満面に押し出す。
ナナエが格式ばった食事を嫌う性格なのは最初から知っていた。
だから拐かした後もなるべく小さなテーブルでルーデンスと2人、またはナテルと2人で食事を取らせるようにしているのだ。
しかし、今回はそういうわけにも行かない。
ナナエを同席させない理由が必要だ。
要は、オラグーンではない他国の王族との晩餐を用意すればよいのだ。
その晩餐の席があるにもかかわらず、王がそちらではなくオラグーンの王族との晩餐に出るとなれば間違っても文句は言えないのだから。
ここは嫌でも条件を飲んでもらうしかない。
幸いナナエ自身が大公を嫌がっているのだから、もってこいなのである。
「そんなに気にしなくて大丈夫ですよ。とても親切な方ですし、ナテルと3人で食事という形にしても喜んで受けてくださるでしょう」
そう言うと、ナナエは少しだけほっとした表情になる。
単に恩を売れそうなら売ろうと住まわせていたあの男が役に立ちそうだ。
ナテルと3人でと言った事により、ナテルにもその相手が誰であるか察しが付いたようだった。
ナナエが来るまではナテルが彼の男の世話をしていたのだから、当然だろう。
今日、明日はこの手でいけるだろう。
しかし問題は明後日の最終日だ。
その日は諸外国から来ている来賓全てを集めての晩餐になる。
そこには同席させねばならないだろう。
顔を見られてしまっている以上、もはや隠し通すことは不可能だ。
(大公も面倒なことをしてくれましたね…)
ルーデンスは真一文字に口を結び、考え込む。
大公が何かをしようとしていることはもう確実だろう。
わざわざナナエの顔を見に来るぐらいなのだ。
この城にはナナエが居ることすら知らないものが多いというのに、だ。
収穫祭最終日までにきっと何かがある。
ルーデンスは嫌な予感を払うことが出来ずに、考え込むしかなかった。
大公が部屋に戻ると、そこにはいつもの様に銀髪の美しい少年と、少し足の弱い侍女、無愛想なワードッグの青年が控えていた。
「ただいま戻りましたよ」
大公がそう言うと、侍女は深々と頭を下げる。
が、他の2人はそのままである。
まったく教育がなっていない。
「ナナエ様は?」
トゥーゼリアが大公の報告をせかすように口を開く。
無表情の中にも心配げな雰囲気が口調に現れている。
「ああ、元気そうでしたよ。なかなか面白い娘ですね」
最後にきちんと”色んな意味で”とつけて置く。
運動中のナナエと呼ばれる娘を見つけた時に、どう声をかけようか最初大公は迷っていたのだ。
それが、だ。
突然振り向いて「あきらめないで!」と来たもんだ。
流石の大公も久しぶりに目が点になるほど驚いて、一瞬唖然とした。
とっさに「なにも~あきらめてませんけども~」と返せたはいい物の、彼女の反応がどうなっていくのか目が離せずに立ち尽くしてしまっていた。
すると今度は頭を抱えて仰け反ってわめきだす。
なんというか…普通の女性とはかなり違ったものを持っているように見えた。
興味をかなりそそられたので、思わずしげしげと見つめてしまったら、少しおびえたような表情になったのも面白かった。
一見、人のよさそうな笑顔をきちんと作って見せているはずなのに、そんな大公の笑顔を嫌がったのは彼女で2人目である。
「実演して見せましょうか~?」
突然の大公の提案に、ユーリスとトゥーゼリア、そして侍女が首を傾げて見せた。
それでも大公はお構いなしにその場でおもむろにスクワットを始めた。
「まずはこうして…」
そして宝塚ばりに両手を広げてくるっとターン!(※再現中)
「あきらめないで!」
大公が満面の笑みでポーズを決めると、ユーリスは大笑いし、トゥーゼリアは額に手を当てて目を伏せた。
おそらくトゥーゼリアはナナエという娘のその姿を想像して呆れているのだろう。
「まぁ、執務補佐官殿が血相変えて飛んできたからねぇ。話など出来なかったよ」
「そうですか」
「一応晩餐をそれとなく誘ってみたんですが~、どうやら私は彼女に嫌われてしまった様でねぇ」
「「ああ、わかります、わかります」」
トゥーゼリアとユーリスと侍女が声を揃えて言う。
そこまできっぱり言ったら大公が傷つくかもしれないとか考えてもくれないらしい。
仮にも王弟なのに!偉いのに!
「まぁ、最終日には嫌でも引っ張り出さざる得ませんよ~」
そう言って大公は薄く笑った。




