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<61> 遺伝子ワンダー!

──エーゼル国立魔道研究所。


排他的な雰囲気を醸し出していた外観とは違って、中は落ち着いた雰囲気の調度品などが所々に置かれていて、研究所というよりはどこかの邸宅といった感じだった。

所長だという穏やかな雰囲気の男性に案内されて入った大きな部屋には、部屋のあちこちに乳鉢やら乳棒、天秤や薬品の瓶、よく分からない草や木の実が置いてある。

だが、それ以外は長いすが置かれていたり、ティーセットが置かれていたりと普通の居室のようだった。


「ようこそおいでくださいましたわ、ナテル様」


そう言って、その長いすから優雅に立ち上がったのは、何とも可愛らしい妖精のような少女だった。

年の頃は12,3歳といった所だろうか。

ゆるくカールのかかった薄い茶色の髪を腰の辺りまで垂らし、頭の上には大きなレースの白いリボン。

清楚な薄いピンクのドレスは絵本の中のお姫様みたいだった。


「ああ、リッセ様。お久しぶりです」


ナテルがリッセと呼ばれた少女に一礼した後、跪いて手の甲に口付けを落とした。

するとリッセの頬がわずかに朱に染まる。

ナナエはその光景に思わずニヤニヤしてしまった。

(…小さなお姫様と青年のプラトニックな絡みとか超萌える!!)

ああ、この世界に来てよかったと思った瞬間だ。

元の世界でこんなことを人前でしようものなら、即TWOアンドFOUR!犯罪者ゲットだぜ!、になる。

…夢のある世界万歳!、である。


「ナナエ様、こちらは研究員のリーセッテ様です。ゲイン様のご息女です」


そう紹介されてナナエは記憶を手繰る。

そういえば、城でいやにいかつい凶悪な顔をしたゲインとルーデンスに呼ばれていたマッスルな騎士がいた気がする。

(……の娘…?)


「お初にお目にかかりますわ。ナナエ様、でよろしいですわね?わたくしの事はリッセとお呼び下さい」


ドレスの裾を軽くつまみ可愛らしくふんわりと頭を下げる。

ナナエは悶え死にしそうだ。

可愛すぎる。


「は、はじめまして…、ナナエです。り、リッセちゃんって呼んでもいい??わ、わわ、私のことはお姉さまでっっ!!」

「ナナエ様、息遣い荒くするの止めてくださいよ。変態みたいじゃないですか」


みたいじゃなくて、完全にそうである。


「だ、だ、だ、だって!!この子超可愛いよ???妖精みたいだよ?ゲイルさんってあの悪役筆頭みたいな顔した騎士さんでしょ??この突然変異はワンダーだよ!What a wonder!」

「ふふふ…ナナエお姉さまは楽しいお方なのですね」


リッセは鈴を転がすような声でわらった。

その様子を楽しそうに見ながらナテルがリッセの頭を撫でる。

そして、リッセの頬がまた朱に染まる。

(なんという私得シチュ…。これでナテルが騎士だったら完璧だったのに…!)

ナナエは思わずこぶしを握って悔しがる。


「今日はわたくしがナテル様とナナエお姉さまをご案内いたしますわ」


そんなナナエをまるで気にすることも無くリッセは少しだけ首を傾げて微笑んだ。






「へぇ~…ここでいろいろな魔道器開発してるんだ?意外と普通の部屋なんだね」


リッセに案内してもらいながら研究所内をみて回る。

っと、言っても普通の邸宅を見て回ってるのとあまり変わらない。

ただ、異様に広い。

機材がところどころに並んでいたりするぐらいだ。

その機材一つ一つをきちんとリッセは丁寧に説明をする。

小さな女の子に見えるのに、きちんとした研究員のようである。

ナテルによればかなり優秀な研究員らしい。

半分ぐらい見回ったところで一息つくために最初の部屋に戻ってくる。


「あ、そういえば。リッセちゃん?」

「はい、ナナエお姉さま?」


優雅にお茶のカップを口元に引き寄せながらリッセが返事をする。

そんなリッセに、ナナエは指から抜き取った指輪を見せた。


「あら、これは…」

「これね、オラグーンでもらったんだけど…。魔力を遮断する性能みたいなんだけど、つけたままでも魔法を使えるように作ってあるの。でも魔法使うと壊れちゃうんだよね~。対策法わかる?」

「少し見せていただいてもよろしいかしら?」


ナナエからその指輪を受け取るとリッセは裏返してみたり覗いてみたり、光に当ててみたりと熱心に調べていた。


「わかる?」

「そうですわね…。恐ろしく高度なものですわね。オラグーンの魔道器研究は進んでますのね」


そういって、その指輪をしげしげと見つめる。


「外に漏れる魔力を遮断しながら、自分の意思で魔法を使うことも可能なんてとても繊細で高度な技術ですわ。ここではそこまでのものはまだ作れていませんの。ただ遮断する物を作るのはそこまで難しくないんですのよ?例えるなら水をためた皿に蓋をするします。ただかぶせるだけのものと、用途に合わせて自動で入り口の大きさを変えて水を取り出すことの出来る蓋と。どちらがより難しいかは明白ですわね?」

「うん」

「そんな技術がこの指輪には詰まっているということですわ」


おもむろにその指輪をリッセは自分の親指にはめる。

そして目を閉じた。


──ポンッ。

───ポンッポンッ。


ポップコーンがはじけるような軽い音。

ソレとともに部屋の中のあちこちから小さな花が沢山降ってきた。

まるでフラワーシャワーのようである。


「わぁ…きれい!」


ナナエが感動したように声を上げると、リッセが目を開け、にっこりと笑った。


「すばらしい性能ですわ。この指輪、魔力を目一杯込めてもビクともしません」

「え?」

「これ、本当に壊れるんでしょうか?」

「うん、ぱりんっと」

「恐ろしい方もいるものですわね。魔族でしょうか?」


いや、目の前にいる人なんですけどね。っとナナエは苦笑いをする。

眉をひそめるリッセの言葉に微妙に傷ついたりもした。


「まぁ、人の作ったものですから。壊れないものはありませんわ。どんなに高度な技術もそれ以上の負荷があれば壊れてしまいます。ですから”今より堅固な物を作る”しか対策法はありませんわね」

「そうなんだ?」

「そういうものですわ。完全を求めることは出来ても、完全を作るのは神様にしか出来ませんわ」


そういってリッセはナナエに指輪を返した。

ナナエはソレを指にはめ直しながら考える。

そんな時、ふとリッセが何かに気づいたようだった。


「…ナナエお姉さま?そのスカーフの下は…」


ナナエは慌ててばっと手で押さえるようにして隠す。

奴隷の証である首輪なんてほかの人に見られていいはずが無い。


「首輪…?…ルーデンス様は、そういうプレイがお好みなんですか」


ボソリと聞こえてはならない台詞が聞こえた。

(プレイって…プレイって何!!!)


「な、な、な、なんのことかなぁぁぁぁ?????」

「お隠しにならなくても、その首輪はこちらで製作しているものですし」

「……そ、そぉ……ですね」

「口枷とかもご用意したほうがいいのかしら…」

「はぃぃぃぃぃぃぃ??????」


ナナエが奇声を発すると同時に、隣でナテルが盛大にお茶を吹いた。


「大人の方はいろいろなさるんですね」

「ちょちょちょ!」

「リッセ様!違います!違います!」


ナナエとナテルの慌て様にリッセは目を丸くしながら首をかしげる。


「だって、魔獣用の首輪を人間にお嵌めになるなんて、それ以外の使い道を聞いたことがございませんわ」


そもそも誰から聞いたのかが激しく問題だ。

誰がそんな無駄な…いやイカガワシイ知識をこのような少女に吹き込んだのか追求しなければなるまい。


「は……?」

「何かわたくし、おかしいことを言いましたかしら?」

「いや、いろいろ言ってるけど!!!じゃなくって!魔獣用って?奴隷用って聞いたけど」

「この国で奴隷というのは魔獣のことですわ。その中でも凶暴で制御が効きづらい力の強い魔獣に嵌めるための首輪ですわ」


ナナエはばっとナテルのほうを振り返って見た。

するとナテルは明らさまに視線をそらす。

(ひ…人扱いですらなかった!!!)

ナナエはルーデンスにふつふつと怒りを感じた。


「帰ったら、ルーデンスに、話さなきゃ、いけないことが、あるみたいね」


こぶしを握りフルフルと震えながら俯くナナエにナテルが怯えている。

それをわけが分からないといった感じでリッセは首をかしげていた。



後日、ルーデンスの元にきっちりと魔道研究所から口枷が届けられたり、それを見たナナエにルーデンスが激しく変態呼ばわりされたのはここだけの話だ。

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