表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/85

<59> 夢から醒めてない夢

──ナナエ様の様子がおかしい。


もともと情緒不安定気味だったが、その日は特に変だった。

昼の食事を一般食堂で取った。

好きなお酒も飲んで、比較的気分が上向きになっている、とナテルは思っていた。

そう思っていたのだが…。


お手洗いに行くと席を立った後、明らかに様子が変わっていた。

ナテルが”少し長いかな、見に行こうかな?”と迷っている間にナナエは戻ってきた。

飲酒をしたためか仄かに赤い顔をしていたのだが、声が微かにいつもと違う。

まるで泣いた後のように少し鼻にかかった声だった。

不思議に思ってそれとなくナテルが尋ねてみたが、わざとらしい位明るく”ナンデモナイヨ~”と答える。

その後もなぜか無理やりはしゃいで見せている感じだった。



あれほど興味のなさそうだった宝飾店に、”この商店街のウリですので是非に!”と案内すると、ひとつだけナナエが反応を示した。

以前ルーデンスがナナエに土産に買ってきたものと全く同じタイプの薔薇の形に加工されたガーネットの髪飾りだ。

てっきり耳飾りとペアで使いたいのかと思ったら、人にあげたいという。


「大好きな友達にあげたいんだ~。マリーって言うとっても可愛い女の子なの」


懐かしむようにその髪飾りを眺めながらそう言って”会いたい”と涙ぐんだ。

完全にホームシックモードになっている。

あまり刺激しないよう、”では会うことがあったらプレゼントしたらどうですか”と言葉を濁しつつ購入したら酷く感謝された。

小さな皮袋に入れ、首からさげると、”これで何時出会ってもすぐに渡せる”と握り締めていた。

なんだかイヤな予感がしたが、これで落ち着くのならとそこを離れた。

その後は最初のように全く服飾にも宝飾にも興味を持たず、歩き疲れて入ったBARでまたお気に入りのシャンパンを飲み始めた。

それはもう怒涛の勢いだった。

以前ルーデンスが倒れた時とは比べ物にならないぐらい飲んでいた。

何度か途中で止めるように忠告するが、しっかりとした口調で”大丈夫”と繰り返す。

異様に上機嫌で、何度も”このシャンパン大好き~!”とどこが良いのか力説していた。

仕方なくちびちびと酒に付き合いながらその豪快な飲みっぷりを見ていたら、8本目を空けたところだったか、急にテーブルに突っ伏した。


「だ、だいじょうぶですか?」


慌ててナテルが聞くと、ナナエは突っ伏したまま泣いている。

小さな声で”帰りたい”と泣いていた。

そしてそのまま寝入った。


朝のテンションからなぜこんな急にホームシックモードになったのか、そのスイッチがどこにあったのか全く不明だ。

仕方なく店主に部屋を1つ貸してもらい、ルーデンスにナナエを少し休ませてから帰る旨を伝令でとばした。

それから数刻もしないうちにルーデンスが迎えに来たわけだが、ナナエは一向に起きない。

泣きはらした顔で、時折ニヤニヤ笑っているところを見ると、よほどいい夢を見ているらしかった。


「こんなになるまで飲むとは、いったい何があったのです?」


ルーデンスが冷たい目でナテルを見た。

だがそれは、ナテルが聞きたいぐらいなのである。


「どうも、ホームシックのスイッチが入っちゃったようで」


ナテルがそう言うと、ルーデンスはナナエに視線を戻して”そうですか”と呟いた。

それからルーデンスは押し黙ったままナナエを抱えあげた。

城に戻る馬車の中でも片時も離さず、何か考え事をしているようだった。

そんな時である。

ナナエが目を開けた。

寝ぼけ眼でルーデンスを見上げ、まるで花が咲いたかのように笑ったのだ。

そのナナエの表情に、ルーデンスはかなり動揺しているように見えた。

が。


「トゥーヤ、一緒に帰ろう」


そう呟いて、ナナエはルーデンスの体に頬をすり寄せるようにして微笑みながらまた寝たのだ。


──非常に居た堪れない。


明らかにルーデンスが硬直している。

心なしかこめかみに青筋が見える気がした。

ナテルは慌てて馬車の外に視線を移し、何も聞いてません雰囲気を醸し出す。

すでに遅いかもしれないが、やらないよりはましである。


「あの執事、絶対殺します」


そんな不穏な呟きもナテルは一切聞いていない。

聞いていないのだ、決して。






翌日、ナナエはいやに晴々とした顔でナテルに”魔術を学びたい”と言ってきた。


「知識としてなら持ってますが、使えませんよ?俺は魔力がないですし、ナナエ様はソレがあるでしょう?」


首輪を指差しながらナテルが言うと、ナナエは頷いた。


「知識を学びたいの。何も出来ないのは嫌だから」


それからずっと暇さえあれば魔道書を読み続けた。

分からない部分はナテルに根掘り葉掘り聞き、それでも分からないときはルーデンスに聞くという熱心ぶりだ。

なにがそんなに彼女を駆り立てるのかは分からなかったが、ホームシックモードになられるよりは全然ましだとついつい力が入って教えてしまう。

ナナエはそれをどんどんと吸収していった。

回復系の魔法、補助系の魔法、植物系の魔法等などとにかく広範囲に勉強していた。

そして、少し趣は違うが、錬金術も興味を持ったようだった。

ここ2,3日は練習がしたいとルーデンスに首輪を外す様に直談判していたようだが、全く相手にされていない。

熱心に勉強をしているのを知っているナテルとしてはナナエを応援したい気持ちでいっぱいではあった。が、ルーデンスの気持ちを考えると無理強いも出来ない。

そうやってナテルはしばらく頭を悩ませることになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ