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「か、かいとぉぉぉ~~~~~」
先刻、医者と共に森に入ろうとしたところ、突然兵に囲まれて無理やり王宮へ連れ込まれた。
有無を言わせず放り込まれた部屋には迎えに行く筈のナナエの姿。
しかも半べそというか…泣いている。
羽交い絞めでもされているんじゃないだろうかと疑いたくなるぐらいの勢いでナナエがカイトにしがみつく。
「やはり、彼女の言うカイトとはあなたのことだったんですね」
見知った美青年が一息つくように言った。
「これは、どういうことなんだ?森に居るはずのナナエが何でここに?」
「ううっ…えぐっ…」
「なんでナナエが泣いてる?」
リフィンを見て問うと彼は苦笑しながら肩をすくめた。
「まぁ、話は簡単ですよ。あの万年発情期王子が部屋に連れ込み、手篭めにしようとしたから、です」
「手篭め、とは人聞きが悪い!褒美をくれてやろうとした…」
ドゴッ。
イスが王子の腹に食い込んだ。
「ただの犯罪者か」
「ただの犯罪者ですね」
「…なにをする!大体、子でも孕めばいずれ国母になれるのだぞ!誰もがみな競って私と閨を共にしたいと望むのだぞ??たかが平民の娘にとって名誉あることではないか!それをたかが乳を揉んだぐらいではんざ…」
ドガッッ。
今度はテーブルが宙を舞った。
「----殺るか」
「その方が人類のため、王国の未来のためでしょうね」
そんな物騒なことを言いつつも、カイトは翼でなだめる様にナナエの背をポンポンとたたいた。
「ナナエ、もう大丈夫だから。俺も、ここにいるリフィンもナナエの嫌な事はしない。だから、落ち着け」
王子も、と言わないあたりがミソである。
「まぁ、王子は…私が責任を持ってそのような真似はさせないと誓いましょう」
なんなら、呪い殺しましょうか?なんて物騒なことを言って笑ってみせる。
王子本人の前で。
「とりあえず、傷の手当てをしよう、な?アレが近づかないようにちゃんと見張っててやるから」
「ナナエさん、と言いましたか。私はリフィンと申します。王家専属の医者ですので安心して治療を受けて下さい。不信感もあるやもしれませんが、まずは傷の手当てを優先するべきです。気になるようならアレには昏睡剤でも打っておきますから」
一国の王子がアレ呼ばわりである。
ナナエはそんな2人の言葉にこくこくとうなずくと手の甲で涙をぬぐった。
小さな声で「お願いします」とリフィンに向かって軽く頭を下げたあと、カイトに勧められたイスに座る。
不安なのか、カイトの体を軽くつかんだままで。
そんなナナエを見て、ヤレヤレと言ったようにため息をつくとすぐ横の床に座った。
もちろん、胡坐で。
「なるほど、異界渡りに巻き込まれたんですね」
丁寧に包帯を頭に巻きながらナナエとカイトの話にリフィンはうなずいた。
どうりで平民の娘にしては縫製のきちんとした上質の服をまとっている。
そして魔力をこれだけ持ちながら王子ごときに大した抵抗しないのも理の違う世界の者だとわかれば頷ける。
いくら魔力あふれる王子と言えども、ナナエのこの魔力で対抗すれば赤子の手をひねるがごとくのはず。
それが平民の普通の娘のように怯えて、物を投げて泣くだけというのも変な話であった。
(手は…荒れもせず爪も艶やかな光沢を持っている。健康の状態も悪くは見えない。
肌のつやは良く、髪の手入れも良く行き届いている。元の世界では貴族だったのだろうか)
怯えているナナエに不快感を与えないよう、こっそりと観察する。
(受け答えもしっかりしていて、それなりの知識もあるとみえる。理解力も高く、きちんとした教育も受けているし、順応性も高い)
「さ、終わりました」
ナナエの前のイスに腰を下ろし、リフィンはニッコリと笑う。
「ありがとうございました」
ナナエは緊張した面持ちで頭を下げる。
相変わらずカイトの体から手を離していない。
(刷り込み…というやつか。親鳥の傍を離れない雛鳥のようだな)
リフィンはそう考えて苦笑する。
ふと目が合ったカイトも同じように苦笑していた。
「それでは、どうしましょうか」
そうリフィンが言うとナナエは首をかしげた。
「当座の生活する場所がまず必要ですね。それと、その血で汚れた服も替える必要があり、治療も数日は継続した方がいいでしょう」
そういうとカイトも納得が言ったように頷く。
「それと、ナナエさんは魔力の制御が全く出来ていません。自分で使いこなすことが出来ない以上、アレ
のように見境なく魔力を欲しがる馬鹿も出てくるでしょう。街中に放り出すのは危険と言わざるを得ませんね」
「俺のところに来るかって言ってやりたいところだけど、うちは男所帯だしな。森の中で不便だし」
「そもそも、この魔力に当てられて正気を保てるのは我々ぐらい魔力があるものしか無理ですね。まぁ、正気でも襲い掛かるケダモノも居ますが」
部屋の隅で正座させられているセレンを横目でジロリとリフィンが見る。
セレンは冷や汗を流しながら俯いて視線をそらした。
「だよなぁ…。魔力を持ってて信頼できる女性…いるか?」
「ん~…いないこともないですね」
「それは…血の雨が降るな」
「この事が耳に入れば確実に息の根を止められますね。王子が」
セレンがビクリと方を震わせるのを見てナナエは不思議そうにリフィルを見た。
「こ、ここに住めばよい!すぐに部屋を用意させる!」
セレンがそう言うとリフィルはカイトと少し目をあわせ頷くと、意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「まさか、こんな危険極まりない屑男の目の届く範囲に女性を住まわせるなど…やはりここは王太后様にお願いを…」
「ま、ま、ま、ま、待て!早まるな!り、離宮を使えばよい!それでいいだろ!!」
王太后といえば、先代の王の正妻である。
規律にとても厳しく、そして優しく民を王と共に導いてきた聖女と言ってもいいくらいの女性である。
そんな王太后はセレンの悪評に常に心を痛めてきた。
一人の女性に留めず、とっかえひっかえ次々と女性と関係を持ち、あろう事か既婚者までも。
その夫が王太后に嘆願書を出すのも日常茶飯事。
その度に王太后はセレンにこれでもかと言うほどのお仕置きをする。
ついこの間は王子の魔力を封じて砂漠の真ん中に捨ててきたほどだ。
リフィンとカイトが助けに行かなければここにはいなかったかも知れない。
というか、今までの仕置きで大事にならなかったのは単にカイトとリフィンのおかげと言えるだろう。
そして、今度も女性に手を出した。しかも、同意の無い女性に。
そのことを耳に入れれば、たとえ未遂であっただろうが関係ない。
烈火のごとく怒り出すに違いない。
同意の無い女性に手を出したことが無いことだけが最後の一線であったとも言えるのだ。
「常識人として一線越えちゃいましたしね。それだけで良いとはとてもとても」
リフィンが最上級の笑みを浮かべてセレンを見た。