<56> アーケード
初めて見るエーゼルの王都はオラグーンとはまたちょっと趣が違ってとても素敵だった。
国内には湖や川が多く点在するらしく、水路が発達している。
店の脇に舟が浮かべてあったり、船自体が店だったりと何とも華やかだ。
その華やかな街通りを抜けて、その大きな温室のようなものは立っていた。
「ナナエ様、こちらは屋内型の商店街になっているんです。オラグーンには無いので珍しいと思いますが」
ナテルに連れられて来たその場所は店と店を屋上部分でつないだような骨組みになっていて、所々にステンドグラスが埋められいた。
そこから差す日の光の色彩が、店の脇などにある水路の水や噴水の水などに反射してキラキラしていて、なんとなく幻想的でとても綺麗だった。
「まだ実験的に作られた施設なんですけれど、結構上手くいってますよ。夏はちょっと暑いんですが、今年は豊富な水を使って定期的に屋上から霧状にして撒いてみたら子どもが大喜びでした」
ナテルはとても楽しそうに色々と説明をしていた。
ルーデンスが発案したと言うこの施設は、まだまだ問題点も多いが観光名所としても徐々に認知されつつあると言う。
問題が起こるたびに専門家や商人たちの意見を聞いて何度も多額の資金を導入しての練り直しが行われ、やっとここまでこぎつけたのだと言う。
それをナテルはとても嬉しそうに話し、ルーデンスを賛美する。
ナナエはそんなナテルを苦笑しつつも、元居た世界のアーケードを思い出して懐かしく感じた。
「あれ…?護衛の皆さんは?」
ふと、いつも回りにわらわらとついて回る護衛が全く居なくなっている事にナナエは気付いた。
今ナナエの側に居るのがナテルのみである。
「ああ、ここにゴツイのがわらわら入って来てたら、一般の人がゆっくり買い物出来ないでしょう?道もそこまで広くないですし。商店街の入口と出口に待機させてますので大丈夫ですよ」
それは、不審者を近づけないと言う意味での大丈夫なのか、逃げても出られないと言う意味で大丈夫なのかとナナエが聞いてみる。
すると、ナテルは笑顔で”両方です”と答えた。
流石は頼りなさそうに見えても一応執務補佐官である。抜かりはないらしい。
「自由に買い物なさって大丈夫ですよ。ルーデンス様から好きなものを買い与えるよう言われてます」
なんという魅力的な提案なのだろう。
買い物好きでない女など居るわけが無い。
この煌びやかな商店街の前で、興奮しない女など居るわけが無い。
「異論は認める!」
ガッツポーズをしながら突然ナナエが発した言葉にナテルは多少困惑気味だったが、そんなことを気にしては居られない。
ナナエはステンドグラスから差し込む光にも負けないキラキラした目でナテルに向き直り、右手を力強く差し出した。
ナテルはわけも分からずきょとんとした顔になる。
「お金!お金頂戴!!」
「…………」
たっぷり30秒ほど固まった後、呆れた顔をしながらナテルはのそのそと財布を取り出した。
そしてそれを受け取るとナナエは駆け出す。
その後をナテルは慌てて追いかける。
ナナエの視線の先には煌びやかな店が立ち並んでいた。
だが、ナナエはそれらを素通りしてその先のこじんまりとした店先に注目していた。
「おじさーーーん!!!その焼きトウモロコシちょうだーーーい!!!」
色気より食い気なのか…とナテルは服飾品の店や宝飾品の店を横目で見ながらガックリと膝を落とした。
この店はとても繁盛しているようだった。
お昼時と言うのもあって、店の中は客でごった返している。
店員がテーブルの間を縫うように動き回り、客は時々呼び止めては追加で注文をしていた。
「服とか、アクセサリーとか…そういったものは見なくていいんですか?」
痺れを切らしたようにナテルが言った。
考えてみれば、さっきから食べ物の店しか回っていない。
そういえば回ってる途中でナテルが”この商店街の売りは服やアクセサリーなどの店が集中している区画なんですよ”とかいってた気がする。
なんでも貴族のご婦人方からとても支持を得ている区画らしい。
「あ~…ん~…興味が全くないといえばウソになるけど、でもどうしても欲しいかと言われたら微妙」
そう言いながら、目の前の皿の焼きイカにかぶりつく。
焼きイカ最強。
どこで食べても美味しいものだ。
欲を言えば醤油が欲しい。
似たような調味料があるにはあるのだが、こちらのはかなり甘ったるい。
そして、グラスに注がれたシャンパンを呷る。
ライドンでハマったあの曰くつきのお高いシャンパンだ。
このシャンパンがなければ、執事喫茶などやっていなかったはずだ。
「とりあえず今日は食い倒れ企画って事で」
「なんですか、それは」
呆れた目でナテルはナナエを見る。
服飾やアクセサリーのためにとかなりのお金を持ってきたはずなのに、殆ど減っていない。
唯一お高いものといえば、ナナエが普段から好んで飲んでいるシャンパンぐらいなものだ。
これでは”何も買ってやらなかったのか”と後ででルーデンスに嫌味を言われること間違いない。
「何か服とか、アクセサリーとか1つぐらい買いませんか~?」
「ん~~~…良いのがあったら、ね。考えてみる」
食べ物屋しか回っていない状況で、イイモノも何もない事にナナエはまるっと忘れることにする。
「あ…ごめん、お手洗い」
微妙に胃の辺りをさすりながらナナエは立ち上がる。
商店街に入ってきてから水物をそれなりに取っていたのですっかりおなかの中はたぷたぷだ。
「ああ、はいはい。場所、わかります?」
「店員さんに聞くからダイジョーブ!」
心配するナテルを席に残し、ナナエは近くを忙しなく動き回っていた耳のとがった少女にお手洗いの場所を聞く。
その少女は忙しそうにしながらも”店の奥を左に入った細い廊下の先ですよ”と笑顔で答えた。
(──ハーフエルフの耳かわゆす)
触ってみたい衝動に駆られたが、すんでのところで我慢してナナエは踵を返し、店の奥に向った。
よく見ればちゃんと壁に案内板が出ている。
美味しいご飯を食べた上に大好きなお酒も飲めて、昼間からほろ酔い気分で足取りも軽い。
”職業:奴隷(研修中)”が裸足で逃げ出す勢いだ。
案内板の通り左に曲がり、行き当たりのお手洗いの札が出ている扉に手をかけようとした時だった。
───ガッツ。
伸ばした腕を横から摑まれ、ナナエは抵抗する間もなく右側の扉の中に引きずり込まれた。




