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<51> 奸む。

結局のところ、暗殺者の手が途絶えることなく、国境を越えてからも続いた。

時折聞こえてくる仲間の呻き声や断末魔は、アディールの気持ちを挫くのに十分である。

兵士の姿はもう、ガルニアの城を出た時の半分にも満たなかった。


──ピィィィィィィィ


遠くから笛のような音がかすか聞こえた。

その音に大公はピクリと反応してゆっくりと目を開ける。

すっかり寝入っていたとばかり思っていたのに、そうではなかったらしい。


「意外と早かったですねぇ」


遠くの方を見やってのんびりと言った。

その笛の音以外何も聞こえないし、周りも特に異常がない。

ただ、馬車の外に併走していたセレン王子が少し速度を速め、金髪の青年に近づくと、何か話をしているようだった。

ワードッグの男性も、連れ立ってきた女性となにやら話をしている。

それに精悍な騎士が横からまた何か言葉を交わしていた。


「姫様。何か、あったんでしょうか?」


不安そうにアディールの方に身を寄せてクレアが聞く。

だが、アディールにも何も分かっていない。

そもそも、なぜオラグーン王家の縁故のものがガルニアの姫を助けに来るのかが分からない。

未だに説明も何も受けていないのだ。

オラグーンとっては政治的には余り意味のないことのように感じる。

だとしたら、どこに彼らの意図があるのだろうか。

彼らはアディールがエーゼル側に狙われる理由を知っているのだろうか?

それとも、これはエーゼルでもガルニアでもなく、オラグーンの奸策なのか。


不意に遠くの方からガラガラという馬車の車輪の音が微かに聞こえた気がした。

また新たな刺客だろうか。

アディールはクレアを安心させるように、彼女の手を握ってやる。

それでもクレアの手は小さく震えていた。

気が弱く人並み以上に優しいクレアはいつでもアディールの慰めになっていた。

アディールが悲しめば一緒に悲しんで、笑えば一緒に笑ってくれた。

たった一人異国へ嫁ぐというアディールに自ら供を名乗り出てくれた大事な侍女だ。

何があっても彼女だけは逃がしてあげねばならない。

本当に狙われているのはアディールだけなのだから。


──急に馬車がスピードを落とし、ゆっくりと止まった。


今までは刺客が来ても完全に止まるなどということはなかった。

これから何が起きるというのだろうか。

ゴクリと喉が鳴る。

クレアの目は恐怖の余り既に潤み、赤く充血していた。

アディール自身も怖くて仕方がなかったのだが、そんなクレアを不安にさせまいと気丈に見せていた。


「じゃ~、おふたりとも~降りていただきたいんですが~」


そんな2人の不安を感じているのか居ないのか、のんびりと大公が腰を上げながら言う。

馬車の外からは、同じように戸惑ったガルニアの騎士達のざわめきが聞こえる。

そのざわめきに紛れる様にして先刻微かに聞こえていた車輪の音が大きくなっていったようだった。


大公が馬車を降り、それに続いてアディールが降りる。

クレアは更にその後ろだ。

馬車の外の風景は随分と暗かった。

茜色の空はもう糸ほどの細さを残して闇に包まれようとしていた。

馬車を隠すようにして通った森は、すでにほんの少し先はほとんど認識できないほどの暗さだった。

近くには断崖絶壁と頼りなげな釣り橋があり、アディールたちは丁度その間、少しだけ視界が開けた場所で馬車から降りたのだ。


「ここで、何があるというんですか」


震える声を気取られぬよう、アディールは背筋を伸ばし、王女として見くびられないよう虚勢を張ってみせる。

しかし、それを見ても大公は何の興味もなさそうに視線をそらし、返答をしなかった。

とても温和で、優しさを感じられる間延びした喋り方であるというのに、その行動はまったく逆の印象を覚える。

常に頭で何かを考え、細かいことはどうでも良いような酷く冷めた感じだった。


「私は、ガルニアの姫として聞く権利はありませんか?」


勤めて冷静に話しかけてみる。

すると、大公は少しだけチロリとアディールを見て、至極面倒そうな顔をした。


「無いといえば、無いですね。私達の目的に必要だから、あなたを助けた。それだけです」

「そう…ですか…」


当然といえば当然である。

わざわざオラグーン王家の縁者が助けに来るということは、オラグーン側にそれなりの思惑があっての事のはずだ。

それを他国の一介の姫に容易く教えてもらえるなどありそうも無かった。

助けてもらっただけでも感謝すべきなのだ。


それでも、その不安さを拭いきれず、再びクレアと手を握り合う。

段々と近づいてくる車輪の音に、不安は増すばかりだった。

それはガルニアの騎士たちにしても同じで、不安そうにあたりを警戒している。

そして、盾を構えなおしたり、剣に手を添えたりと、思い思いの準備をしながらアディールの周りに集まってきていた。


「それでは、ガルニアの姫様」


すぐそこまでやって来ている車輪の音が聞こえていないのか、まったく何にも動じず大公はアディールを見た。

アディールも負けじと視線を返す。


「申し訳ありませんが~、姫には~ここで死んでもらうことにしました~」


無表情のまま、あの妙に間延びした優しい声で、大公はアディールに告げた。

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