<48> 護られる者、護る者
──明らかにイライラしている。
あれから何度となく刺客が襲ってきていた。
段々と手練の者になっていくのにつれて、ガルニアの護衛程度のものたちには手におえなくなってきている。
その分、オラグーンの王子率いる有能な者達が退けてくれてはいる。
しかし、その数の多さに、先陣をきって率いてる王子がイライラしだしていた。
ボヤキが馬車の外から聞こえてくるたびに、アディールは申し訳なくて身を縮こませる。
「あ~、すみませんねぇ。セレンは少々我慢が足りませんで」
馬車に同乗する事になったひ弱そうな男はすまなそうに言う。
セレン王子の叔父であり、国王の弟のパーリム大公らしい。
失礼だとは思ったが、アディールには目の前のこのよれっとした男が大公だとはどうにも信じられなかった。
18歳であるアディールから見ても、年上とは思えない雰囲気で、全く威厳といったものが感じられない。
セレン王子のほうがよっぽどオーラというかカリスマというか、そういうのが備わっていると思った。
「助けていただいているのはこちらですので…」
苦笑しながらアディールが言うと、大公は少しだけ肩をすくめて笑った。
眉も下がり気味で、なんとも頼りない。
これがあのセレン王子の叔父なのかと思うと不思議でならない。
「もうすぐ、国境ですね」
場所の窓の外を見やりながら大公が呟いた。
アディールもそれに習って外に視線をやる。
「国境を越えれば、安心なのですよね?」
何の気なしにアディールがそう口を開くと、大公は「う~ん…」とはっきりしない返事をする。
それを不思議に思って、大公の方に向き直ると、大公は己の鼻先をポリポリと人差し指で掻きながら元々下がった眉を更に下げた。
そして、ニッコリと笑う。
「だといいですよね」
「は?」
「私にもわかりません」
「え~っと…」
「国益を優先するなら~止まるはず~です」
「…そうじゃないなら?」
「今までよりも酷くなりますねぇ」
思わずアディールは息を呑んだ。
エーゼル側でいったい何が起こっているのか、その情報はガルニア側には全く入っていない。
ガルニアとの和平はエーゼルも望んでいたのではないだろうか?
わざわざ国王の乳兄弟という男と騎士団長が連れ立ってガルニアの国王であるアディールの父に新書を渡したはずである。
エーゼルの国王はガルニアとの結びつきを強くしたがっているとの話だ。
だからこそ、エーゼル国王とガルニア三の姫であるアディールとの婚姻が決まったのだ。
それをガルニア側には一切情報が入っていないというのに、オラグーン側は何かを掴んでいる。
そして、よくよく考えてみればオラグーンの王子はドゥークに襲撃された際に行方不明になっていたのではないのだろうか?
ガルニアの王都を出発してからのこの1週間で何があったというのだ。
馬車と併走するようにして馬上にいるあの黒髪の青年はどこからどうみてもセレン王子のはずである。
目の前のパーテル大公の言うことも嘘の匂いがしない。
──キィィン!
今日何度目になるかわからない、何者かによる刀刃の弾かれる音。
人の倒れる音、それと共に騒がしくなる周囲。
「…っち!やり方が忌々しいほどえげつないな」
王子の舌打ちが聞こえてくる。
アディールが外を覗こうとするが、大公がそれを手で制す。
「女性の見るものではありませんよ~」
「…っ、しかし!」
大公は困ったような顔をしながら、ゆっくり首を左右に振った。
分かっている。
ガルニアから連れてきた護衛の騎士達は皆それなりに腕が立つものが多かった。
しかし、最初の襲撃の時から押されていた。
それよりも手練の者になって来ているということは…。
馬車の外からは時折、断末魔やうめき声が聞こえる。
もちろん、襲撃してきた者たちの物もあるだろう。
だが。
襲撃のたびに供の者が少なくなってきていることは分かっている。
セレン王子のイライラとした呟きを聞いていても分かる。
襲撃者達は、ガルニアの騎士達を狙って先に殺しているのだ。
騎士達の士気は明らかに落ちている。
オラグーンの協力があるとはいえ、彼らはアディールを守りに来たのだ。
彼女を守っている護衛を守りに来たのではない。
だからこそ襲撃者は狙いやすい騎士達を集中的に狙う。
士気が落ちれば場が混乱しやすいからだ。
彼らは主人であるアディールを守ると同時に自分を守るために気を張り続けている。
長いこと持つはずがない。
それぐらい定期的に襲われ、定期的に仲間である者たちが抵抗も出来ぬまま死んでいく。
馬車内でぬくぬく守られているアディールとは違うのだ。
次は自分が狙われる番かもしれないと怯えながら、それでも主人を守らなければと歯を食いしばって留まっているのだ。
「清々しいほど冷酷な追い詰め方ですね」
医師だと名乗っていた青年の呟きが思い出される。
──国境を越えた先に救いはあるのだろうか。
アディールは下唇をきつく噛みながら目を閉じ、両手を組んで額に押し当てた。
祈ることしか出来ない己を呪った。
それでも祈るしかない。
死んでいく騎士達を思って。そして悲壮感に苛まれる残された騎士達の為に。




