<47.5> 幕間
ルーデンスは王都に戻り、溜まっていた政務を一気にこなした。
流石に2週間城を空けると政務が滞る。
また、キリヤの元に戻るためにも、とルーデンスは己に活を入れて取り掛かった。
それこそ”死神”と部下達に影で囁かれるぐらいには頑張ったし、頑張らせた。
何人かは半日もせずにすぐにふらふらし始めたのだが
「365日24時間死ぬまで働きなさい。出来ないなら今、死にますか?」
とか
「途中で止めるから無理になるんです。途中で止めなければ無理じゃ無くなります」
とルーデンスが言えば、顔を青くしながら率先して動くようになった。
昨日キリヤが寝言混じりに”偉い人は言いました~”とか言っていた言葉の流用だったのだが、恐ろしく効果覿面だ。
実に便利な魔法の言葉である。
明日帰ると言った手前、寝る時間さえ惜しいといった感じで、ルーデンスは机に向かった。
部下達にも指示を飛ばし、また少し城を空けても大丈夫なぐらいには手配をする。
ガルニアの姫暗殺失敗の報をビクビクした兵よりの報をうけ、「問題ない」と短く応える。
報告が遅い事に結果を見越したルーデンスは、すでに前回より手練の者達を手配していた。
ガルニアの姫は国境を今日にも越えるとのことらしい。
しかし、不利益を被ろうとも王都に近づく前には必ず殺すようにルーデンスは命じる。
この国では例え王族であろうとも一夫一妻制なのだ。
好きでもない女に后の座をくれてやる理由はない、とルーデンスは報告書に目を通す。
そもそもルーデンスがそういう男だとの噂は聞いている筈だった。
そんな男の元に嫁ごうと思ったのなら、それぐらいの覚悟はしておくべきだと彼は口角を上げる。
自分勝手だろうと、なんと罵られようが、婚姻を決めた時との状況は変わっているのだ。
ルーデンス、そしてエーゼルではなく、己の不運さを呪うしかないのだ。
ルーデンスは政務の合間に乳母のジーナを呼んで、若い女性の好きそうな物を用意させることにした。
今、王都で人気のクッキーや薔薇の形に加工されたガーネットの耳飾りなどが良いかもしれない。
出掛ける前にナテルが今の王都の流行りを土産にしたらどうかと提案してきたのだ。
ルーデンスは全く興味が無かったが、ナテルは色々と城下町の流行などを定期的にチェックしているらしい。
週間エーゼルウォーカーとかいう新聞を開きながら、あれこれルーデンスに提案をしていた。
剣も魔法もからきしなのに、こういうときだけはナテルは生き生きとしている。
これで少しでもキリヤの機嫌が良くなればいいのだが…と、ルーデンスが思わず口元を緩めていた。
たまたま報告に来たゲインに見られてしまい、気まずい思いをする。
──殺りますか。
冗談でルーデンスがボソリといったら、ジーナは非難いっぱいの目で見る。
さすがナテルの母親である。なんでも真に受けるところは止めて欲しいとルーデンスは嘆息した。
「冗談に決まっているでしょう」と言ったら今度は至極疑わしげな目をルーデンスに向ける。
──ほんとうにやりづらい。
部下達の活躍もあって、翌日の昼過ぎには2週間分の書類政務を終えた。
他の内政の細かい指示はその時、その時でヤボラの邸宅からでも可能であろうと判断する。
再び王城を空けることにゲインは難色を示しはしたが、ルーデンスに強くは進言しなかった。
”あと少しの間頼みます”とルーデンスが言えば、不承不承ではあるが頷く。
それが甘えであると思っていても、だれもルーデンスに逆らうことは出来ない。
分かってはいた。しかし──
「それが時折とても虚しい」
ルーデンスは誰もいない執務室で呟いた。
そして、すっかり片付いて綺麗になった机に手を付き、1度だけ撫でるように少しだけ手を動かし、席を立つ。
ルーデンスはヤボラの邸宅を1日しか離れていないというのに、妙に懐かしい気分になった己を自嘲したように笑った。
あそこにはルーデンスにとって思い通りに動いてくれない人物が2人居る。
──それがとても嬉しい。




