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<45> 望まれぬ花嫁

どうみても自分のかなう相手じゃない。

襲ってきた男達の一人と数回剣を合わせただけで、力の差が歴然としていることに気がつく。

恐ろしさに足がすくむ。

それでも死ねない、と思った。


(もう一度だけ。神様、もう一度だけお願いです)


必死に祈りながら、男との距離を少しずつとる。

間合いを取りながら逃げる機会をうかがった。

このまま剣を合わせていても意味はない。

生き残って、エーゼルまで、その王城にまでたどり着かねばならない。


しかし、そのアディールの行動を男は気がついたようだった。

一気に間合いを詰めてきた。

急いで横なぎに剣を振り、男を近づけさせないように距離をとる。

が、男は難なく下から刀刃を弾ね上げ、その力に押されてアディールは大きく体勢を崩した。

それを見越したように、振り上げた刀刃を男はそのまま振り下ろす。

アディールはすんでの所で左後方へ飛び込む様にして転がってかわした。


そこまでだった。


立ち上がるよりも早く、男はアディールの目の前にその刀刃を見せ付けるように突きつけた。

そして無言でその剣を振り上げる。

アディールは己の身を守るように、そして自分の手で体を抱きしめるようにして体を縮こめ、目をきつく閉じた。



──ドサリ。



妙な物音と、いつまでも襲ってこない痛みに違和感を覚えて、アディールは恐る恐る目を開けた。

目の前に倒れ伏すのは、先刻アディールに向かってその刀刃を振り下ろそうとしていた男。

そして、その男を挟むようにして反対側に立っていたのは──。


「怪我はないか?ガルニアの姫君」


黒髪の美しい青年。

なんとなく見覚えのあるその姿にアディールは首をかしげる。

状況が良く飲み込めない。

周りを見渡せば先程までアレほど劣勢だったガルニアの騎士たちが活気を取り戻しているように見えた。

そして、騎士や襲撃してきた男達に紛れて、ガルニアに加勢をしている者たちの姿が見えた。

次々と全く無駄のない動きで男達を倒すワードッグの男と女が1人ずつ。

大振りの剣をいとも容易く扱いながら男達をなぎ払うように倒す精悍な青年が一人。

適確にガルニアの騎士達に回復魔法や保護呪文を飛ばす女性と見紛う程の美貌を持った青年。

それを縫うようにして空を飛び、敵を撹乱させながら魔法を打ち込む魔族と思しき少年。


はじめはエーゼルから来た護衛の者かと思った。

しかし、その目の前の黒髪の青年はエーゼルの者では無いとすぐにわかる。

数年前の姉の婚儀に参列していたはずだ。

オラグーン国王の名代として。


「セレン王子様…?」


呆けて呟くように言うと、その青年はニッと笑ったようだった。

そして踵を返すようにして未だ戦いを続けている場所へと飛び込んでいく。


「何が起こっているというの…?」


自分が襲われた理由はなんとか考えられる。

しかし、オラグーンの王子に助けられる意味が分からない。

しかも、ここは未だガルニアの地だ。

何故ここにオラグーンの王子がいるのかがとても不可解だった。


「呆けてるのは結構ですが~、取りあえず馬車に、お戻りくださいよ~」


のんびりとした声に振り向けば、木の幹に寄りかかるようにして辛そうに肩で息をする男が一人。

こちらもなんとなく見覚えがある。

ということは、こちらもオラグーンの縁者だろう。


言葉に従い、大人しく馬車に戻ると、クレアが泣きながら抱きついてくる。

クレアは生まれつき足が少し悪いのでガルニアの者にしては珍しく剣を持たない。

この騒ぎの中では怯えるしかないのだ。


「姫様っ、…よくご無事でっ…申しっ訳、ありません~」


しゃっくりをあげながらクレアが何度も頭を下げる。

アディールはそんなクレアの背を何度もポンポンと優しくたたいた。






辺りが静かになり、慎重に外を伺うと襲ってきた男達はことごとく地に倒れ伏していた。

ガルニアの騎士達は安堵したように座り込むものや、怪我をした仲間を手当てをしたりと動き回るものもいた。

そうこうしている内に、セレン王子が供の者達を連れて馬車の方へやってくるのが見え、アディールは急いで馬車を降りた。


「セレン様、危ないところを助けていただきありがとうございます」


淑女らしく軽く膝を曲げて一礼する。

それをセレン王子は手で制するようにして近づき、アディールの手を取った。


「のんびりしておられる暇はありませんよ、姫。馬車にお戻り下さい。急ぎ、なんとしてもエーゼルに入るのです」


そう言い、半ば強引に馬車に押し込む様にセレンはアディールを馬車内へと追い立てた。

セレン王子の供の者たちもガルニアの騎士達にも同じように声をかけながら、出立を急がせる。

その行動に不可解さを感じながらも、これ以上ココに留まっているのは危険だとそんな予感がしたのか、皆異を挟むことなく従った。


エーゼルに入らばければならない理由。

ガルニアに留まってはいけない理由。

アディールは色々考えをめぐらせた。


アディールは婚姻によってガルニアとエーゼルを結ぶための鎖。

そのアディールを殺害するということは、和平を快く思わない者。

もしくは、和平を結ぼうが結ぶまいが関係はなく、アディール自身を排除したい者。

その上で、ガルニア内で排除したい者ということになる。


ガルニアで姫が死ねば、ガルニアの責。

エーゼルで姫が死ねばエーゼルの責。


そしてアディールは気づく。

アディールを殺そうとしたのはおそらくエーゼル側である、と。

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