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<44> 我慢の行方

(…ぐるしい…)

あれから、ルーデンスの猛攻を防ぎ(…というか拒絶したらあっさり了承してくれた)、まる1日たった辺りから体調が変化した。

なんとなく体が重い。

最初はそんな感じだった。

それが、1日半過ぎた辺りから、とにかく息苦しい。

体が熱く、関節がギシギシ痛む。

歩くのもつらくなり、今日は朝から寝台の上だ。

ルーデンスが寝台の横でのんびりと読書をしているのが恨めしい。


「魔力、抜いて差し上げましょうか?」

「せっかくだけど、遠慮します」


ジロリとルーデンスを睨むと、ルーデンスはそれを微笑みで返してくる。

ナナエがこれほど苦しむ事になっている張本人はまったく悪びれていない。

そして、時折吸い飲みで水を口に運んでくれる。


「首輪、はずしなさいよぉぉ…」


唸るように言っても、ルーデンスはおかしそうに笑うだけだ。

体力が低下してきているせいか、段々睡魔が襲ってウトウトとする。

そしてまた、息苦しさに目が覚める。

そんな事を今朝からもう何度も繰り返している。

何回目が覚めても、ルーデンスは寝台の横の椅子に座って、メガネを掛け、涼しい顔で本を読んでいる。

そして、ふとナナエは窓の外が夕焼け色に染まっていることに気づいた。


「その本…そんなに面白いの…?」


少しだけルーデンスの方に顔を向けながらナナエは口を開いた。

その質問にルーデンスは一瞬戸惑った顔をした。

が、すぐにいつもの笑顔に戻り少し考えるような素振りをする。


「まぁまぁ、といった所でしょうか?」


微妙な反応だ、とナナエは思った。

どう見ても大して面白くもない本をずっと読んでるのだ。

よくよく見てみれば、朝から本のページは余り進んでいない。

ナナエにはスープやかゆなど持ってきて飲ませてくれたが、ルーデンスが食べていた気配もない。

とにかく朝からずっと寝台の横の椅子に座ったままなのだ。


ナナエが黙り込むとルーデンスは吸い飲みを手に取り、ナナエの唇に軽く押し当てる。

熱を持った体には常温の水ですらも心地よい。

心地よくて、再び睡魔に襲われる。


「ごはん、食べなさいよ…」


睡魔に襲われながらナナエはそう呟いた。








大した娘だ、と思う。

好きでもない男に口付けられるのはどうしても嫌だと頑なに拒む。

それならば、折れるまで、そして素直にルーデンスを受け入れるまで苦しめばいい。

そう思って、それを了承した。

それがだ、丸1日たっても折れない。

2日目に突入して、動き回ることも出来ないぐらい苦しんでいる。

アレだけの魔力を保持しながら、発散できないとなれば相当苦しいに違いない。

それでも決して折れない。

このまま放って置いたら本当に死んでしまうかもしれないと、そんな不安に襲われて寝台の側を離れることが出来ない。

まったくどうかしている。

暇つぶしにと持ってきた本も全然内容が頭に入らない。

隣で苦しそうな息をされる度に不安になって様子を窺ってしまう。


「魔力、抜いて差し上げましょうか?」

「せっかくだけど、遠慮します」


目を覚ましている時に問いかけてみれば、即答で断られる。

そして、そこまで嫌なのかと思いもよらず自分がへこんでいる事に気づいて、おかしくなって笑ってしまった。

どう捉えたのか知らないがそんなルーデンスを見てキリヤは不快そうな顔で睨み返してくる。

そして


「首輪、はずしなさいよぉぉ…」


と幾分口を尖らせながら文句を言う。

その姿がひどく子供じみていて可愛らしく思え、再びルーデンスは笑う。

するとやっぱり不快そうにキリヤは眉根を寄せる。

そしてしばらくその表情をしてたかと思うと、またストンと眠りに落ちる。

頬に掛かっていた乱れた髪をルーデンスはそっと手で払い、頭を撫でた。

本当に強情な娘である。




日が暮れ始め、空が茜色に染まりかけた頃、再びキリヤは目を覚ました。

そしてボーっとした感じでゆっくりルーデンスの方を向いた。


「その本…そんなに面白いの…?」


見透かされた、と思った。

朝からページがほとんど進んでいない。

頬が一瞬カッと熱くなった気がしたが、この夕暮れにまぎれて気がつかれないはずだ。

心を落ち着けて、慌てて取り繕う。


「まぁまぁ、といった所でしょうか?」


そういうと、キリヤは難しい顔をして黙り込んだ。

なにか言いたそうな顔をしながら逡巡しているようだった。

その間がどうにも居心地が悪くて、ルーデンスは吸い飲みを手に取り、キリヤの唇にそっと当てた。

すると、素直に数口飲み、気持ち良さそうに表情を和らげる。

そしてすぐさま、傍から見ても分かるぐらいウトウトとしだした。

先刻のは何かを考えて言った言葉ではなかったのだと考え、少し安心した。

その時だ。


「ごはん、食べなさいよ…」


キリヤは寝言混じりにそう言って再び眠りに落ちた。

瞬間、再びカッと頬が熱くなるのを感じた。

キリヤは知っていたのだと悟った。

ルーデンスが女々しくも寝台の側から離れられなかったことを。

椅子に座ったまま頭を両手で挟み込み、掻き毟る。


「あ゛~・・・・・」


こんどはルーデンスが恥ずかしさで唸り声を上げる番だった。









目を覚ますと、窓の外はすっかり暗くなっている。

部屋の中は薄暗く、ほのかなランプの明かりがぼんやりと灯っているだけだ。


「目、覚めましたか?」


驚くほど近くから声がして、窓とは反対側の方へ顔を向けると、寝台に手を付き、身を乗り出すようにしてナナエの瞳を覗き込もうとするルーデンスがいた。

その余りの近さに妙な圧迫感を感じる。


「う…ん…」


戸惑いながら返事をすると、

ルーデンスは片方の手をナナエの首のすぐ近くの所に付き、更に顔を近づけた。


「まだ強情を張るつもりですか?」


ルーデンスは恐ろしく真剣な顔でそう聞いてくる。

息遣いまで分かるぐらいの顔の近さに、ナナエは居心地の悪さを感じて顔を反らす。

すると、ルーデンスはそのまま唇を耳に近づけて囁くように言った。


「よく、我慢できますね?苦しいでしょう?」

「我慢は、得意なのよっ」


呻くようにそう言うと、ルーデンスは耳元で細く笑った。

その笑いにも妙に熱が篭っていて、ますます居心地が悪い。


「私は我慢は苦手です」


ルーデンスがクスクスと耳元で笑う。

ナナエはそんなルーデンスに視線を戻し、軽く睨んでみせる。


「の、割には…朝からずっとココにいるじゃない。随分と我慢強いと思うわ」


ナナエは嫌味のつもりでルーデンスに言う。

体が痛くて派手に体を動かすことが出来ない、せめてもの仕返しだとでも言うように。


「まだ頑張るおつもりですか?」

「我慢は得意なので」


そう言うとルーデンスは何故か困ったような笑い顔になった。

その笑顔が酷く悲しげに見えてチクリと胸が痛む。


「この勝負、私の負けでいいです」

「はい?」


突然のルーデンスの言葉にナナエは訝しげに聞き返す。

言葉の意味が分からない。

ルーデンスと勝負しているつもりは全然ないのだ。


「私は我慢できません。これ以上貴方のつらそうな姿を見るのが、ね」


そう言ってルーデンスはナナエに優しく口付けを落とした。


「…やだっ…やめて…」


ナナエは反射的に顔を反らす。

が、ルーデンスの両手に押さえ込まれ、再び口付けが落とされた。

まるで啄むような軽い口付けを何度も落とされる。


「あなたに拒絶されると、ひどく胸が痛むのですよ」


そう言いながら、再び啄むような口付けを降らせる。


「このっ…首輪、をっ…外して、くれればいい、だけじゃない…」


ルーデンスを押し返そうと痛む両手で胸を押すが、全く効果がない。

顔を押しやろうと手を伸ばすと、メガネに触れ、ナナエの肩先に落ちた。

そうしてまた真剣なルーデンスの瞳と向き合う。


「これは…外せません。これだけが貴方と私を繋ぐ物だから」


そう言ってルーデンスはナナエの首に嵌められた首輪を指先でなぞり、その首輪にも口付けを落とす。

そのままルーデンスの唇は、ナナエの肌を這うようにして唇に戻る。


「あなたはずっと、永遠に私だけのモノでいればいい」


その言葉を最後に、ルーデンスは有無を言わさないとでも言うかのように、口付けを激しく深いものにしていく。

ナナエは肩先に当たったメガネの金具の冷たさが妙に心地良いと感じていた。

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