<42> 萌生
国境まであと半日の所だった。
あと半日我慢して馬車に揺られていれば、ガルニアから晴れて脱出、エーゼル入りする予定だった。
ところがだ。
やっと、深い森を抜けようとしていた所で、正体不明の男たちに馬車が取り囲まれた。
そして、すぐさま護衛の兵士たちとの争いになっていた。
男たちは手練の者が多く、護衛の騎士たちの劣勢は明らかだった。
向かいに座った侍女のクレアが胸の前で両手を握り締めるようにして怯えている。
「アディールさま…わ、私がお、囮になりますのでっ。ひ、姫さまはお逃げください」
どうみても噛みまくりでがたがた震えているクレアに、囮など出来そうにもない。
幸い、男たちは護衛たちに気を取られていて、馬車の中の姫など気にしてもいない。
女だけでは何もできないと思い込んでいるのだろう。
アディールは足にまとわりつくドレスの裾を一気に引き裂いた。
逃げるにしても何にしても、このドレスのままでは動きづらい。
「剣の国といわれるガルニアの姫を甘く見ないで欲しいわ。ただでは死なないわよ」
膝上までになってしまったドレスを気にすることもなく、アディールは座席に隠しておいた一振りの剣を取り出す。
長年愛用してきたエストックだ。
身軽な剣ゆえに女性であるアディールにも扱いやすかった。
いつでも肌身離さず持ち歩いていたのは正解だった。
切り倒されていくガルニアの騎士たちは、それでも有能な者は多かった。
だから、正体不明の男たちは野党風情ではなく、明らかに狙ってきているのだとわかる。
ガルニアの姫を殺し、何らかのアクションを起したいのではないかと推察する。
エーゼルとの婚姻による和平を妨害するのが目的だろうか。
だが、ただ殺されてやるつもりは、アディールには無かった。
剣の国の姫として抵抗できるだけ抵抗するつもりだ。
なにより、アディールにはどうしてもエーゼルに行かねばならない理由があった。
冷酷と名高い、あの王に嫁ぐのもそのためだ。
こんな所で死ぬわけに行かない。
アディールは柄を握り締め、震える足を踏み出し、クレアの静止も聞かずに馬車の外へと降りたのだった。




