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<39> ニンジンは敵。

──寝すぎただろうか。


体を起こすと嵌め殺しの窓から青空が見える。

昨夜はあのまま眠ってしまったらしい。

あんなにも苦しくて体がだるかったのだが、今は頭が少し重く多少息苦しい程度だ。

気合を入れるように己の頬をペチペチと叩き、立ち上がる。


「偉い人は言いました!元気があればなんでもできるっ!」


拳をぎゅっと握ってファイティングポーズをとる。

拳を交互に前に出しながら”シュッ、シュッ”とか口で言っちゃうのは厨二病だった昔の名残だろうか。

ちなみに、ボクシングを学んだことは一度もない。


そしておもむろに扉に近づき、もう一度ファイティングポーズをとった。


「せいやぁっ!」


扉を渾身の力を踵に込めて蹴る。

怪我はしたくないので手は使わない。


「びくともしないかぁ…」


まったくダメージを受けていない扉を良く見てみたが、微妙な傷が出来た程度だ。

腕を組んで考えてみるが何もいい方法が思い浮かばない。


「マンガとかだとさっくり脱出するのになぁ…」


そもそも、マンガや小説の主人公は滅茶苦茶ラッキーだったり、特殊技能持ってたり、異様に頭が良いとかなので、どれも備えていないナナエには同じことは期待できない。

せめてチート性能な魔法が使えれば…と悔しがっては見るが、制御できないのを忘れている。


コンコン。


遠慮がちに叩かれた扉の向こうから、ひどくのんびりとした声がした。

ナナエが返事をすると、静かに扉が開けられる。


「姫様、お加減はどんな感じですかぁ?」


ボリボリと頭を掻きながら、かつ欠伸をしながら男はのっそり部屋に入ってくる。

まるで寝起きといった感じで、髪には所々寝癖がついているし、目は半分閉じている。


「良いわけないです」


ワザとらしく不機嫌そうに言ってみると、男は「ですよね〜」と言いながら肩をすくめて見せた。

なんとなく見覚えのある姿に記憶を探ると、あの葱男のイスを運んでいた男のようだ。


「あ、俺はナテルって言います。朝食の準備ができたので、呼びに来たんですが…」

「いら…食べます」


反射的に"いらない"と言ってしまいそうになり、慌てて言い直す。

無理やり監禁された者としてのセオリーはハンストなのだろうが、ナナエはそんな非効率的なことはしない。


だって、おなか空いたんだもん!


そもそも、食べなきゃ力は出ない。

か弱いお姫さまなら2,3食抜いたら息も絶え絶えになるのかもしれないが、ナナエはいたって丈夫だ。

一向に弱まらないままハンストを遂行する意味が無い。

”食べてないけど元気みたいだね!”で、終了もいいところだ。


「じゃあ、食堂に案内しますよ」


ついて来て下さいと言うように、ナテルは扉を大きく開けた。




食堂につくと、葱男が既に食卓につき、退屈そうに窓の外を眺めていた。

その食堂はやけにガランとしていて、極々普通のテーブルが置いてある。

通常、貴族ならムダにでかいテーブルを置いているはずだ。

それなのにそういったものが一切なく、一般家庭のそれと大差ないテーブルが置いてあり、それがやけに違和感をかもし出していた。

ナテルが声を掛けると葱男はすぐ様視線を戻し、口元を綻ばせた。

そして席を勧めるように手を差し出している。

ナナエは疑問に思いながらも、テーブルの上に並べられた豪華な食事につられて素直に葱男の正面のイスに座った。

すると葱男はそのナナエの態度にえらく喜んだようだった。


「よく、眠れましたか?」


葱男は優しい笑みを浮かべながらそう尋ねてきたが、ナナエはその葱男の態度に戸惑っていた。

無理やりつれてこられ、奴隷の証とやらを嵌められてしまった自分に何故こんな微笑を向けるのかがわからない。


「一応」


訳もわからないまま一応返事はしてみる。

相手の物腰が柔らかいのに、自分だけツンケンする訳にも行かず、あいまいな返事をする。


「あはは。それは良かったです。では、料理が冷める前に頂きましょうか」


そう言って、葱男は朗らかに笑った。

完全に相手のペースである。

散々罵ってやろうかとか考えていたのに、ここで罵ったら完全にナナエが悪者になってしまう。


「ナテル、下がっていいですよ」


従者にすら優しい笑顔を振りまいている。

当のナテルはナナエと同じ微妙な顔をしながら短く「はい」と返事をして部屋を出て行く。

今やこの部屋には葱男とナナエの2人だけだ。


「今日はいい天気ですね。ここの庭園はそれなりに見所があるんですよ。食事を終えたら一緒に回りましょう」


まるで親しいものに語りかけるようにニコニコと微笑を浮かべたままフォークを口に運ぶ。

ナナエは返事はせず、微妙な顔をしながらそれに習うようにして食事を取る。

それでも葱男は至って上機嫌だった。

訳もわからず、とりあえずは何か話をしてどういうつもりなのかを問いたださなければならない。

魔力を欲しいなら他を当たってもらえないか聞いてみるのも手だ。

ナナエは覚悟を決めて、料理に落としていた視線を葱男に向け、口を開いた。


「葱お…」

「葱?」


葱男に呼びかけようとして、慌てて口を噤んだ。

(…しまった。名前を知らない)

自分の中では葱男と固定してしまったがゆえに、うっかり”葱男さん”と呼んでしまいそうになった。


「葱、はお嫌いですか?」

「いえ、大好きです。むしろニンジンが嫌いです」

「あはは、ではあなたの食事にはニンジンを使わせないようにしましょう」

「あははは」


(…流された挙句、談笑してしまった)

のっけから敗北感でいっぱいだ。

そしてふと、思う。

(…この人、良い人だ。ニンジン入れないって…)

一瞬そんな考えに支配された。

それはただの錯覚であることをわかっていながら故意に忘れそうになった。

とりあえず、名前を聞こう。まずはそこからだ。と、気を取り直す。


「名前」

「はい?」

「聞いてないんですが」

「何のですか?」

「ねぎ…うぐっ」


(あぶない!あぶない!敵の罠にはまるところだった)

ナナエは慌てて口を押さえる。

このままでは墓穴を掘ると思った瞬間、ナナエは行動に出した。

困惑した表情の葱男に向けて指を差したのだ。

フォークを持ったまま。

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