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<34> 紳士の定義

(とりあえず、貞操の危機は回避出来て良かったわ~)

ナナエはぐったりと枕に顔をうずめる。

あの葱男はただナナエの魔力に当てられたわけではなかった。

その魔力の膨大さに気づいていたのだ。

そうしてナナエを利用することに思い至った。

魔力の増幅器として、だ。

(こんなことなら、あの物置みたいなところで目覚めたときに、問答無用で魔法ぶちかましておけばよかった)

そうすればこんな状態に追い込まれることも無かったはずだ。

下手に様子を見てたから、墓穴を掘った。

そう思うと悔しくて、ナナエは唇を噛んだ。




「貴方の魔力、使えるか試させてもらいますよ」


そう言ってあの後、葱男はナナエの髪を鷲づかみにするようにして上を向かせ、口付けた。

セレンに初めて会ったときと同じ、酷いめまいと共に周りの景色がぐにゃりと歪み、連れてこられたのがこの馬鹿広い部屋だ。

ただでさえ変な薬のおかげで体を動かすのも辛いのに、あの葱男に魔力を吸われたのだ。

立つことも出来ず倒れ込むナナエを葱男は抱きかかえる。


「あはは…予想以上ですよ。…愛してますよ、キリヤ姫。貴方と、貴方の魔力をね」


葱男は極上の笑みを浮かべ、動けずに居るナナエの首に金属の首輪のようなものを嵌めた。

その首輪を嵌められた瞬間、ナナエは頭を強く殴られたような感覚に襲われて呻く。

体の中の何かが逃げる場所を失ったかのように暴れだし、苦しくなった。


「な…に…」

「姫にはわからない、ですよね?ふふ…これは、魔封じの首輪。魔法を使われたら困りますし」


葱男は愛しそうに首輪を指でなぞり、ニッコリと笑ってみせる。


「これは本来、奴隷に着ける物…所有の証なのですよ。あなたには無縁だったと思いますが」


そうして、苦しさに浅く呼吸するナナエを優しく抱き上げると、すぐ側の寝台に下ろす。

柔らかなオレンジ色のランプの明かりの中では葱男の顔色もさほど悪く見えず、色の白さばかりが強調された。

ぬけるような白い肌に金髪に灰色の瞳の葱男は、まるでフランス人形のようで、体温も全く感じさせない。

身じろぎ一つさせないで居ると、葱男はナナエの頬をひと撫でして拘束していた縄を解く。


「この部屋の中なら自由にしてあげますよ。魔法も使えない女の身ではどこにもいけないでしょうし」


寝台の淵に腰を掛け、ナナエの乱れた髪を直すように葱男は撫でる。

傍から見れば愛しい恋人と睦まじく話しているかのような仕草だ。

だがナナエは浅い呼吸を繰り返しながらも葱男を睨み続けている。

そんなナナエを見ながらも葱男は楽しそうにナナエの唇を指でなぞった。


「先刻も言いましたが、逃がすつもりはありませんから。大人しく私に愛されてください。逃げたら殺してしまうかもしれません」


ニコリと笑って葱男は言った。

「それともあらかじめ、足の腱でも切っておきますか?」と足首をそっと撫で、”それも良いかも知れませんね”とひとりごちる。

そうしてそのまま指先を触れるか触れないかの微妙な力加減で下から撫で上げ、円を書くようにして鎖骨をなぞる。

(ああ…厄介なのに捕まった)

ナナエは抵抗も出来ずに観念したように目を閉じる。

声を出すのさえも億劫で、高熱を出したときのように息苦しい。


「貴方を無理に抱く気はありませんよ。紳士ですから。安心して私に愛されてください」


(いや、紳士ってwwwww)

目を薄く閉じたまま盛大に突っ込みを入れる。

どこもかしこも、突っ込みどころがありすぎてナナエは思わず笑ってしまった。

といっても、ほとんど体に力が入らないので極々微妙に口角が上がっただけだったのだが、葱男はそれを見逃さず、そして何を勘違いしたのか満足そうに頷く。


「そうやって何時も笑っていることです。貴方は私だけの姫なのですから。私だけを見て笑っていればいい」


そう言ってナナエの頬に口付けを落とした。

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