<33> 後悔と焦り
思わず張り上げた声にカイトが力強く肩を引き押さえ首を振った。
目の前ではマリーが半泣きで身を縮こまらせている。
──わかっている。悪いのは私だ。
忙しさにかまけてナナエに気を配るのを怠っていた。
ナナエが店を出たことに気づけなかった。
それをただ近くに居たというだけでマリーの責任と自分勝手にも責任転嫁をしたのだ。
その余りの悔しさで腹立ち紛れに叱責しようとしたのだ。
トゥーヤが異変に気づいた時にはナナエの姿はなく、ひどく慌てた。
最近商人たちの敵意が高まっていたのには気がついていた。
だからこそナナエには一人で出歩かないよう言い含めていたし、出かける時は必ず側に控えた。
それがマリーが居るから安心、とうかつにも気を抜いてしまったのだ。
気づいてすぐに足跡をたどってみたものの、そこには幾人もの身なりが余り良くない男たちの死体。
そして、店に出入りしていた食料品店の息子、ディグが昏睡しているだけだった。
ディグは揺り動かしても全く目を覚まさなかった。
その呼吸はひどくか弱く、生きているのか不思議になるほどだ。
急ぎ店に連れ帰り、ディグをリフィンに託す。
そしてマリーを問い詰め、返ってきた言葉が「気がつかなかった」だ。
それにあり得ないほど腹が立ち、「それでもファルカ家か!」と怒鳴ってしまったのだ。
「マリーにあたるな」
見透かしたようにカイトが言う。
トゥーヤはその手を振り解き、背中を向けた。
一刻も早くナナエを見つけなければならない。
こんな所で己の不甲斐なさを他人にぶつけている時間などない。
「探してきます」
そうトゥーヤが言うのを聞くが早いか、マリーが弾かれるようにして飛び出していった。
マリーもナナエが心配なのだ。
恐らくナナエは、マリーに出来た初めての普通の友人だ。
トゥーヤと同じように己の不注意を恥じ、うかつさを後悔し、不甲斐なさに嘆き、己を責めているのだ。
──その上、決して他の誰にも転嫁をしなかった。
トゥーヤは拳をぎゅっと握り込む。
「ディグをよろしく頼みます」
カイトに一礼をしてトゥーヤは駆け出した。
カイトがフロアに戻ると、そこには少し虚ろな目でソファにもたれかかっているディグが居た。
リフィンの姿はない。
「カイトさん…」
ディグがカイトに気づき、囁くように声を出した。
カイトは急いでディグの元へ近づく。
先ほどまでは意識すらなかったというのが嘘のようだ。
流石は元王家付きの医師と言ったところか。
「大丈夫か?…リフィンは?」
「急に部屋を出て行ってしまって…」
「何があった?」
カイトが端的にそう聞くと、ディグは心ここにあらずといった感じぼんやり視点を宙に漂わせた。
体をきちんと起こすこともせず、ひどくだるそうだ。
「変な男の人たちに…僕が捕まったから…キリヤ様、逃げれなくて…僕もキリヤ様も変な薬…飲まされて…」
「そうか、大変だったな」
ディグの真横にそっと腰掛けるとディグはピクリと肩を動かし、顔をゆっくりとカイトの方に向けた。
恐らくディグは今話したこと以外何も知らないのだろう。
慰めるように頭を撫でてやると、ひどく辛そうな顔をした。
「僕が…僕のせい…だ…ごめんなさい」
静かに嗚咽を漏らしながら泣き出す。
満足に腕も上げられない有様で、涙を拭えもせず子供らしくなく声を飲み込みながら泣く。
年端もいかない子供にここまで強い薬を飲ませるなどありえないことだと思った。
カイトはふつふつと怒りがこみ上げてくるのを感じた。
今すぐにでも飛び出して行き、ナナエを探しに行きたかったし、ディグをこのような姿にした張本人をすぐにでも捕まえたかった。
しかし、この店にディグを一人で置いて行く訳にもいかない。
そして、リフィンが飛び出していったということは、彼にしかわからない何かの手がかりを捕まえたのだろう。
「みんな好き勝手に動きやがって」
カイトは苦笑しながらため息をついた。
あの3人が動いてるなら…そう納得するしかなかった。
今回はちょっと短いです。




