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<30> 知ったかぶりの嘘吐き競争戦略

目の前に並べられた品々にカイトはゴクリとのどを鳴らした。

ナナエが何を考えているかわからない。

事業計画とやらは聞いたのだが、その内容に何故これらの物が必要なのかが皆目見当つかない。


「普通にやるのじゃダメなのか…?」

「普通じゃダメ。どう考えても客が取れない」

「は?いいものを出せば問題ないだろう?いいものに客はついてくるなんて常識だぞ?」

「偉い人は言いました!いい物を作れば勝てると思うのは間違ってる、と!」

「いや、勝てなくても普通に暮らせる程度でいいと思うんだが…」

「てか、ポッと出の新規参入で大もうけなんて商売はそんな甘いもんじゃない」

「なら、何やったって無理なんじゃ…」

「無理じゃない」


そうナナエは言い切った。

なぜか微妙にどや顔をしている。


「ターゲットは一般市民、商人の家族である若い女性からマダムまでの女性全般です。男性は完全にターゲットから外します」

「よくわかりませんが、どちらかに絞るのならば男性向けの店の方がセオリーではないですか?もしくは家族向けとか」

「甘い!」


リフィンが不思議そうに尋ねると、ナナエはビシッと人差し指で指す。

その迫力にリフィンは少し驚いてのけぞった。


「同じような商売が沢山ある中で無策で同じ土俵で立つのは、始めから負けてるようなもの。大事なのは他の商売との差別化、及び競争相手の少ない隙間市場を見つけること。また、その隙間市場のシェアを確実に取ること!…そして幸いにも!!!この町には足りないものがある」


ナナエは言葉を区切りニヤリと笑って腰に手を当てた。


「──萌え、よ」

「は?」

「執事喫茶をやります」

「何でそうなる」

「一般庶民や商人などの家では執事は一般的じゃないでしょ。でもっ!」


そこでナナエは拳を握りぐっと力を込める。


「お姫様になりたい!お嬢様になって傅かれたい!それは永遠の乙女のテーマ!!!!無いものねだり上等!料理もお茶もまずくていい!ウリは執事なんだから!私たちは夢を売る仕事をするのよ!!!」


そして”さぁ、ご覧あれ!”とでも言うようにテーブルに並べた品々の前で両手を広げて見せた。

テーブルの上には執事の服、手袋、懐中時計…そして何故か猫耳。


「で、なぜ猫耳?」

「猫執事コンセプトで!…というか、一応変装したほうがいいかなと思って。ちなみに源氏名ももう考えてあるよ!リフィンさんがオスカルで、カイトがアンドレね!!」


なぜその選択なのか。


「まぁ、私はいいですよ。面白そうなので」


それでも、リフィンは二つ返事で引き受けた。

おまけにすぐに執事服に着替えてナナエに披露するという手際のよさ。

…ナナエは尋常じゃない喜びようだ。

リフィンも調子に乗って”お嬢様”なんてナナエを呼んで手の甲に口付けたりしている。


「うっはwwwwドリーム全開wwwwみwwwwなwwwwぎwwwwってwwwwきwwwwたwwww」


もはやナナエは半壊状態。

普段からおかしいキャラがおかしいレベルですまないぐらい崩壊寸前になっている。


──ゾクリ。


ふと、妙な殺気に気づいて振り返れば、トゥーヤがお茶を載せたトレーを持ったまま無言で立っていた。









はたして、ナナエの読みはドンピシャだった。

ライドンには食事処、BARなどは沢山あったが、女性だけが集まり、楽しむ場所がなかったのである。

女性が集まってお茶をする場合、誰かの家というのが定番であった。

そこにスルっと入り込んだのである。

おまけに、女性なら未成年からお婆ちゃんにいたるまで”お嬢様”で通し、来客の際は”いらっしゃいませ”ではなく”おかえりなさいませ”、お帰りの際には”行ってらっしゃいませ”。

ナナエが元いた世界ではもう当たり前の”執事喫茶”は、ここライドンの女性方に爆発的大ヒットになったのである。


「「お帰りなさいませ、お嬢様」」


カイトとリフィンが声をそろえて出迎えるとそれだけで女性の黄色い悲鳴が上がる。

王都でも指折りな美丈夫の2人である。

人気が出ないわけは無い。

もともと貴族なだけあって、立ち居振る舞いも完璧、営業スマイルも完璧だった。

美しい顔をしてても腹の底では何を考えているかわからない貴族のお得意の話術も完璧。

本気でお嬢様になれた気分に浸らせてくれるともっぱらの評判だ。

そして、実質貴族以上に財力のある商人の娘や妻などが贔屓にするようになったため、ここ1ヶ月でナナエたちの経済状況は笑いが出るほど豊かになっていた。


「で、何故ナナエがここに?」


店の最奥に位置するいわゆるVIPルームに居座っているナナエを見てカイトはわざとらしく聞いた。

今日はVIPルームの予約は無かったはずである。

なのにVIPルームから呼び鈴が鳴り、不振に思って覗いてみるとナナエが居た。


「ナナエじゃなぁーーい!お嬢様とお呼び!」

「誰がやるか」


呆れて手に持っていたトレーでナナエの頭を軽く叩くと、ナナエは「ちぇ~」とかるく口を尖らせる。

全く何時も予想外のことをしてくれる、っとカイトは嘆息した。

本当は別にリフィンみたいに執事ごっこに付き合ってあげても良かった。


──だがしかし。


ナナエは気づいているのだろうか。

今もすぐ後ろのドアの向こうでトゥーヤが殺気立たせていることを。

専属執事としては、たとえ”ごっこ”だとしてもナナエに他の執事を寄せ付けたくないらしい。

なんという高い職業意識だろう。寒心…いや、感心する。

暗殺部隊一族に恨みは買いたく無い。

だから適当に言い逃れて部屋を出る。カイトだって命は惜しいのである。

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