<27> 戦いの勝者
あれから、4日が経った。
歩きに歩き続け1日が経ち、馬に乗り更に1日、そして馬車に乗り換え丸2日。
そうして国境にあるファルカ家所有の邸宅にたどり着いた。
その間、神経を張り詰め、全く休まずに移動し続けた為、皆疲労の色を濃くしていた。
セレンはというと、あれから数刻もしないうちに高熱を出し、意識を失うようにして眠ったままだ。
今も寝台の上で、意識を取り戻してはいない。
王子であるが故に、幼い頃から幾種もの毒薬に耐性をつけてつけてきたから大丈夫だとリフィンは言う。
(でも、大丈夫だからといって苦しくないわけじゃない。痛くないわけじゃない)
ナナエはセレンの寝台の横に座り、まんじりともしない夜を迎える。
──せめて、セレンが目を覚ますまで寝ない。
ナナエは膝の上で両手を握りこむようにしてギュッと力を入れる。
爪が食い込むほど強く握りむ。
そんなナナエを心配してかリフィンやマリー、カイトが入れ代わり立ち代わり来ては「少しだけでも眠った方がいい」と勧めてくる。
それでも、ナナエは決して首を縦に振らなかった。
──だって、これは戦いなのだから!
セレンが目を覚ます前に、ナナエが寝落ちるか、セレンが目を覚ますまで起きていられるかの己との戦いなのである。
当初はセレンに悪いからという理由だったのだが、いつの間にか目的がすり変わっていることにナナエは気づいていない。
手の甲に食い込んだいくつもの爪の跡はナナエが眠気と闘った勲章だ!
ナナエは連日連夜の徹夜によりかなりのハイテンションだった。
決して悲壮な顔でセレンの横に座っているのではない。
むしろ、”これからどこに討ち入りに行くんですか?”ってなぐらい眉間に皺を寄せた怖い顔、血走った目でセレンをみつめ…睨んでいる。
「お茶です」
トゥーヤがサイドテーブルにナナエのお茶を置く。
先刻、眠気覚ましに良いお茶があるとトゥーヤが言っていたので持って来てもらったのだ。
ナナエがセレンの側で見守って…睨んでいるのを、トゥーヤだけは止めなかった。
流石は専属執事である。
主の意思をよく尊重している。
そんなトゥーヤを誇らしく思いながらナナエはティーカップを口に運ぶ。
ブッ!ブーーーッ!!!!!
口に入れたとたん、ナナエはそのお茶を吹き出した。
吹き出した先にトゥーヤが居ようがお構いなしだ。
「まっず!ナニコレまっず!せんぶり茶もビックリのまずさだよ!人間の飲み物じゃないよ!全私が完全拒否だよ!全私が泣いた!」
ナナエが抗議の声を上げても、トゥーヤは涼しい顔で自分に掛ったお茶をハンカチで拭った。
「お気に召しませんでしたか?」
「この私の反応でそう聞ける度胸がすごいよ。ってか無理。これは無理。何度も言うけど、全私が完全拒否。飲めない」
「せっかくお出しした高価な毒なんですが…。大量に摂取すると死にますけど」
「主人に毒を盛るなぁぁぁぁぁぁぁ!!!死後の世界で目覚めちゃうでしょーー!」
ナナエがそう言うと、トゥーヤはワザとらしくすごく残念そうにティーカップをお盆に戻した。
ぼやけた意識で薄く目を開けると、何処かの部屋に居るようだった。
明かりは灯ってはいたが薄暗く、それだけで今はもう大分遅い時間なんだとわかる。
人の気配を感じ寝台の横にそっと視線を這わせる。
そこには酷く険しい顔のナナエが居て、セレンはその無事な姿に安堵した。
パチン。
起きたのに全く気がつかないナナエが面白くて、セレンはサッとナナエの眉間にデコピンをかます。
「あうわっっ!」
相変わらず可愛くない悲鳴をあげ、ナナエは眉間を両手で押さえた。
全く酷い顔だ。
あんな酷い顔をしていては可愛げない。
目の下にクマも作っていて顔色もあまりよくない。
「酷い顔だな」
セレンがそう言うと、ナナエは眉間を指先で揉むようにしながら「大きなお世話っ」っと涙目で睨んでくる。
そして一言。
「勝った」
と言ってガッツポーズをした。
何がなんだかわからない。
そして「皆を呼んでくるね」と立ち上がり、数歩扉に向けて歩いた後振り返った。
「…ありがとう」
ちょっと恥ずかしげに言うナナエにセレンは顔が赤くなるのを感じた。
--よし、いい雰囲気だ!今ならイケル。今がチャンス!
ナナエを口説くのは今だ!とばかりにセレンは口を開く。
「まぁ、将来私の子を生むかもしれないしな。大事な女を守るのは当然だ」
(よし、決まった!!)
布団の中で密かにガッツポーズをする。
(これでナナエはメロメロだ!)
しかし、何故かナナエは突然表情をスッとなくした。
「偉い人は言いました」
そしてナナエは少し鼻を鳴らし、小ばかにするように笑った。
「寝言は寝て言え」




