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<20> 執事の違和感

執事の朝は早い。


外が白み始めた頃に目を覚まし、ゆっくりと体を起こす。

まだ少しだけ重たい瞼を軽くこすり、寝巻きを脱ぎ捨てる。

体をぬれた布で清め、顔を洗い、髪を整える。

綺麗にアイロン掛けされた衣類に袖を通すと、心なしか身が引き締まる思いがする。

シミ一つ無い白い手袋をつけると、自分が普段、手を汚す生業をしていることが別の世界のことのようだ。

大きな鏡の前で服装の乱れを確認すると、トゥーヤは自分にあてがわれた部屋を出る。

途中、水場により綺麗な水を、そして清潔な白い布を用意する。

主の洗顔の為だ。

その二つを手に主の部屋の扉を軽く二回ノックした。

返事は無い。


「失礼致します」


声を掛け、扉を開ける。

部屋の中はまだ薄暗く、主人はまだ目を覚ましていないようだった。

眠りの妨げにならないようサイドテーブルに水桶とタオルを置き、着替えの用意をする。


居室のランプに明かりを灯すと、部屋は柔らかい光に包まれた。

昨晩、主が飲んだと思われるシャンパンのボトルとグラスが派手に倒れている。

どうやら昨晩は相当遅くまで飲んでいたらしい。

急いで片付け、シミのついたテーブルクロスを掛け換える。


ふと、気づくと外はかなり明るくなってきていた。

この時間まで妹のマリーがこの部屋に控えていないのが不思議だった。

主は未だ起きていないが、主が起きる前にマリーも控えさせる必要があるだろうと判断した。

静かに扉を開け、妹の部屋へ続く廊下を足早に歩く。

そして、たどり着いた妹の部屋の扉を軽く二回ノックする。

返事は、ない。

もう一度、今度は強めに二回ノックする。

すると、まだ寝ていたと思われる妹が、寝ぼけ眼で夜着にガウンをかけた姿で顔を出した。

いくらなんでも起きるのが遅すぎると注意してすぐに着替えるように言うと


「兄さんが早すぎるだけ。おやすみ」


とにべも無く扉を閉められた。

どうやら再び眠りについたらしい。


--おかしい。


もうそろそろ城では朝食の時間だ。

現に調理場の者たちや、離宮で働く侍女たちはみな忙しなく行きかっている。

このような時間まで惰眠を貪るなど、ファルカ家の恥ではないか。

みたび扉をノックするが、今度は完全に無視された。


仕方が無い、主の元へ戻ろう。


使用人たちの声や生活音が大分騒がしくなってきていた。

そろそろ主が目を覚ましてもおかしくない。

来た道を再び足早にもどる。

先ほどのように軽く扉を2回ノックして、声を掛ける。

返事は無い。

まだ目を覚ましていなかった事に少しの安堵を覚え、静かに部屋の中に入る。

寝室への入口のすぐ脇に控え、主が目を覚ますのを待つことにする。



--あれから1時間がたった。



外は大分明るくなり、使用人たちの話し声や生活音などでかなり騒がしい。

主は未だに目を覚ます気配が無い。

おそらく昨晩はかなりの深酒をされたのだろう。

職業柄、待つのは苦手ではない。

人を殺す為に待つより、眠りより目覚めるのを待つ方がずっと容易い。

主の寝息に聞き入るのも早々悪いものではない。



--それから更に2時間がたった。



何かがおかしい。

もう朝食というには少しだけ遅い時間になってしまっている。

淑女たるもの、このような時間まで寝ていて良いものだろうか?

もしや起き上がれないほど体調が優れないのではないのだろうか?

主の体調管理も執事の務めだ。

よもや着任早々失態を犯したのではないかと冷や汗が出る。

声を掛けるか、掛けまいか悩んでいるちょうどその時、妹が静かに部屋に入ってきた。

これ幸いと、妹に主が病気ではないかと告げ、様子を見に行ってもらう。

が、妹はすぐに戻ってくると「いつも通りだよ」と言った。


いつも、通り…?


トゥーヤは軽い眩暈を覚えた。

もしかしたら、人を殺める方が楽だったのかもしれないと。






ガバッ!


派手に布団を取り上げられ、ナナエは微妙な肌寒さに体を縮こませた。

いつもなら、まだまだ爆睡中の時間だろう。


「まりぃ~、もうちょっと~」


いつものごとくマリーにもう少し眠らせてくれと懇願する。

しかし、今日のマリーは変だ。

何も言わずに布団を剥ぐ等、今までになかった。

しかも、ナナエの懇願に返事すらない。


「寒いから、布団返して~」


目を閉じたまま手を空中に伸ばしても返事は無い。

諦めて手を引っ込め、縮こまって丸くなる。

すると今度は勢いよくシーツが剥がされ、ナナエはそのまま床に転がり落ちた。


「いたたたた…、マリーどうし…」


したたかに打ち付けた腰をさするようにして、抗議の声を上げようとシーツを剥いだ人物を見上げ絶句した。

マリーだとすっかり思い込んでいたのは、昨夜専属執事になったばかりのトゥーヤだった。


「おはよう、ございます」


何の感情も読み取れない無表情さで、トゥーヤは淡々とそう言った。

手にしたシーツを手際よくまとめると足元のカゴに入れる。

そしてサイドテーブルの水桶を有無を言わさず、ずずっと差し出した。

あっけに取られながらも、促されるまま顔を洗い、差し出されたタオルで顔を拭く。

そうして使い終わった水桶とタオル、シーツの入ったかごを器用に持つと部屋を出て行った。

呆然とナナエはその姿を見送り、入れ替わりに入ってきたマリーに促されるまま着替える。


「な、なに、あれ。し、執事って言ったら”お嬢様、お目覚めの時間にございます”とかそんな風に声を掛けるもんなんじゃないの???」


呟くようにナナエが言うとマリーは目をそらして遠い目をしながら笑った。


「兄さんにそこまで求めたらダメです。諦めてください。あんなんでも微妙に完璧主義者なので、執事の任務をこなそうと必死なんです」

「あんな乱暴な起こし方、で…?」

「ナナエ様を立派な貴婦人にするつもりらしいですよ?」


ナナエもマリーも引きつった笑いで顔を見合わせる。

どうやらトゥーヤはナナエが想像していた専属執事とはかなりかけ離れているようだった。

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