<1.5>
「いかんともしがたい状況の様ですね、セレン王子」
比較的丈夫な枝に優雅に腰を下ろした美しい男が小馬鹿にするように鼻で笑った。
「お前は、余裕がありそ…うだな…、リフィン」
彼が居る枝よりも幾分しっかりした太い枝にしがみつきながらセレンは睨む。
木の下にはこれでもかって言うほど興奮した狼の群れ。
「いや、まぁ…飛べますしね。私は」
口端を上げてリフィンはニヤリと笑う。
頭にきて身を乗り出そうとしたが、ついつい下を見て余りの高さにブルッと身震いをする。
「私を…助ける気はないのか?」
王子としての威厳を精一杯出そうと努力するも、この男には全く効き目が無いようだった。
わざとらしく視線を宙に漂わせた後、少し考えるように顎に手を当て目を伏せる。
そうしてゆっくりと瞼を開けると、満面の笑みを浮かべて王子を見た。
「…あると思います?」
ないな。確実に無いな。
言わずもがな。
狼が諦めるのを待つか、助けが来るのを待つかの二択。
というか、厳密に言えば”待つ”一択だ。
「お前は私の臣下ではないか!助けるのが当然の義務だろう」
非難の色を全面に押し出しつつリフィンを睨む。
が、リフィンはどこ吹く風といった調子で枝の上に立ち上がった。
「元は、と言えば。私の製作中の妙薬を勝手に持ち出し、その効果も確かめずお使いになられた王子の責任。
私が助ける義理はないでしょう?…それに私は王子の臣下ではないのですよ?」
「臣下だろう!」
噛み付くように怒鳴るとリフィンは美しい顔を少し歪め、眉をひそめた。
「”お前は私の臣下ではない。友達だ。臣下としてではなく友達として接しろ”と仰ったのはあなた様ではございませんか。よもやお忘れになられた訳ではありますまい?」
バカ丁寧な口調で言い、リフィンは大げさにお辞儀をした。
「じゃ、まぁそういうことで」
トンッと枝を軽くけり、リフィンはフワリと宙に浮かんだ。
「ま、ま、ま、ま、ま、ま、まて!置いていくのか!」
慌てて呼び止めると、彼は至極面倒そうに振り返った。
「まだ、なにか?」
「心が、痛まないのか?友を見捨てて心が痛まないのか!
いいか、大事なことだから二度言ったぞ!」
「…友の留守中に屋敷に無断侵入して、8年もかけて製作中の妙薬を勝手に持ち出して。
私のは・ち・ね・んの努力を水の泡にして勝手に墓穴掘って。
挙句の果てに突然臣下呼ばわりで命令する友を見捨てても、痛む心などありませんが、なにか?」
フンッっと鼻を鳴らしてリフィンは笑った。
「す、す、す、す、すまなかった!私が悪かった!」
必死に謝罪の言葉を並べてみるが彼は不服そうにそっぽを向いた。
「つい、出来心でやってしまった。今は反省している」
伏し目がちにリフィンに許しを請ったつもりだったのだが…
何故か急に周りの温度が一度下がったような感覚を覚えた。
「…殿下」
あ、マズイ。非常にマズイ。
リフィンが”殿下”と呼ぶときは決まって…キレる寸前である。
「なんですか、その定型文は」
声色にも腹立たしさが滲んでいる。非常にマズイ。
「本当に反省しておるのだぞ!?どうか”許す”と言っては貰えぬのか…」
急いで取り繕ってみるがリフィンの美しい碧眼に睨まれてモゴモゴと語尾が小さくなる。
「殿下。今、私が、あなたに言えることはたった一言しかありませんね」
額にかかった髪をかき上げ金髪をなびかせながらスーッと目前まで近づいた。
「ざまぁ」
国一番の美男と称された男は、それはもう美しい微笑を残し…飛び去った。