<16>
あれから3日たった。
そう、王子と派手に喧嘩してから3日が過ぎたのだ。
その間ナナエは…すっかりニート生活を満喫していた。
「ナナエ様、そろそろ起きませんと~」
寝台の横ではナナエを起こすために懸命に声をかけ続けるマリーの姿。
ナナエは未だ布団の中で惰眠をむさぼっていた。
外は日がすっかり高くなっており、朝食と言うには早過ぎ、昼食と言うにはちょっとだけ早い時間である。
忙しかったのはアンナが居た最初の1日だけで、アンナが研究所に戻った翌日からは暇すぎるほど暇だった。
当初、元の世界に戻るためにそれらしき魔術の書物でも読み漁ろうかと、リフィンに王宮内にある図書室に連れて行ってもらったりもした。
だがしかし。
余りにも理解しづらい、堅い言葉で書いてあったために読み進めるのに挫折。
流石に禁帯出魔道書がラノベレベルに分かりやすくかいてあるわけが無かった。
それでも、っと古典レベルの魔術書と格闘しているのを見かねたリフィンが、界渡りの魔術書の解読を申し出てくれたのだ。
渡りに船と全てリフィンにまるっと投げて、一昨日の午後からずっと部屋でダラダラゴロゴロ過ごしている。
他人に苦労させて自分がこんなダラダラ過ごしてて良いのだろうか、とか多少罪悪感を感じなくも無かったが、自分に出来ることが何一つも無い以上ゴロゴロして英気を養うことにしたのだ。
いや、ナナエの名誉のために一つ断りを入れておくとしよう。
それでも昨日は多少何かをしないと…と無謀にも一人で庭園に出て、指輪を外して。
魔術の練習をしてみたりとやる気だけはあふれていたのだ。
そのやる気を遺憾なく発揮した…つもりだった。
…結果。
庭園一つをまるっとダメにした。
木製の深皿に水をためる練習に飽きて、アンナに止められてた炎をちょこっとだけ試してみたのだ。
ホントに小さい炎って念じたはずだった。
死人が出るからやめろとか散々脅されてはいたのだが、そんな馬鹿なと半信半疑だった。
それに、水系の魔法が向いてないだけって線も捨てがたいと思ったのだ。
ごくごく爪の先に灯る位の小さな炎を念じながら
「ちっちゃい炎!」
って言ってみた。
例に漏れず貧血のような一瞬のめまいの後、目を開けたら…。
そりゃーもう大惨事。
ナナエを中心に半径15メートルぐらいのミステリーサークルの様な焼け跡の出来上がり。
流石にコレはヤバイ、誤魔化すしかないと、何食わぬ顔で指輪を着けて部屋に戻り、お茶を嗜んでいる振りをした。
しかし、すぐに駆けつけたカイトに散々説教されるわ、庭師に「わしの20年の苦労が…」って泣かれるわ…。
結局、カイトに「迷惑だから何もするな」っと言い切られ、晴れてニート生活を満喫するだけの大義名分が出来てしまったのだ。
決してナナエが悪いわけではないのだ。
例え昼近くまで惰眠をむさぼろうが、起きてからもダラダラゴロゴロとしていようが。
ナナエは悪くない。
…ということにしておかないと、激しく自己嫌悪に陥りそうなのだ。
そう、ナナエは悪くない。そうせざるを得ない社会が悪いのである。
とか、立派にニートとして基本の思考回路も習得しつつあったりする。
「ナナエ様~もうすぐお昼の時間になっちゃいますよ~」
「ん~…もうちょっとぉ…」
うとうととまどろみながらのこの時間が、何よりも至福なのである。
(ニート…なんて素敵な職業…。これはハマるわ…)
王家のバックアップがあるニートとか…最強すぎる。
微妙に口元が緩んだ、ニヤニヤした顔で寝返りを打った。
朝の警護の任務を終え、今日も離宮に立ち寄った。
何時ものように部屋の前で軽く声をかけたが返事が無い。
ノックをしても声をかけても返答が無いと言うことは、出かけているのかと首をひねる。
確か、門番はどこにも出かけていないと言っていた筈だ。
不思議に思って部屋のドアを少し開け中を伺うと、続き部屋になっている奥の寝室の方から話し声が聞こえる。
どうやら話に集中していてこちらの声が聞こえなかったようだ。
もう一度「入るぞ~」と声をかけてから部屋に入る。
そのまま、奥の寝室の方へと足を運んだ。
寝室に入ってすぐのところに立っていたマリーは、カイトの姿に気づくとスッと道を明けてくれた。
ナナエの姿が見えずに不審に思って寝室を見回す。
すると、寝台の方でモゾモゾッと何かが動いた。
よくよく見ると、その寝台の上には自分が姿を探していた人物、ナナエが気持ち良さそうに寝ている。
日はもうだいぶ高くなっているのに…とカイトは呆れたように嘆息し、寝台のすぐ横にしゃがみ込んだ。
「まだ寝る気かよ」
…聞こえてはならない声がすぐ近くから聞こえて、ナナエはパチリと目を見開いた。
そして目を見開いた先には、ドアップでカイトの顔。
「うぼわぁぁぁぁ!」
突然のことにビックリして、ついつい辛うじて自分が乙女であることを放棄したような奇怪な叫び声を上げた。
そしてガバッ跳ね起きる。
ボサボサの髪を両手で急いで撫でつけ、寝乱れた夜着も慌てて直す。
その間もカイトはじっとその場を動かずにいた。
そしてナナエが寝台の上で居住まいを正して向き直ると
「お・は・よ・う」
と、しゃがんだ膝の上に片ひじを置き、頬づえをつきながらカイトは子供のようにニッコリと笑って見せたのだ。