<15>
彼女は今、色とりどりの花やスイーツの包み、そして煌びやかな宝飾品を目の前にして、非常に悩んでいた。
「これ、どうするのよ…」
晩餐の後、従者を伴って現れたセレンが、『お詫び』と称して大量に置いていった品々を前に頭を抱える。
お詫びをしたいと言う気持ちは嬉しかったし、物を貰って嬉しくないなんて事もないから素直に受け取ろうと思った。
最初は、だ。
「ちょっと待って。いくらなんでも、多すぎません?」
2人目の従者が贈り物を持って部屋に入ってきた辺りから雲行きが怪しかった。
1人目が多くのプレゼントを抱えてきたときには、流石王族だけあって大盤振る舞いだなぁなんてボケッと見ていたのだが、2人目も同じように沢山のプレゼントを抱えてきて、そのまま3人目、4人目も…。
そこで流石にナナエが待ったをかけた。
幾らなんでも花束がすでに20以上、それ以上に宝飾品の包みやらお菓子を山盛りにした皿やらが次々と運ばれてくるのはオカシイ。
「私が自ら選んだ品々だ。不満なのか?」
「不満です」
ナナエが即答すると、セレンは方眉をピクリと上げた。
不満だと述べるナナエがまるで悪者のような勢いだ。
「私の詫びの気持ちが受け取れないのか」
詫びだと言う割にはかなり押し付けがましい。
しかも態度がことごとく上から目線で偉そうで、いちいち腹が立つのだ。
冷静に考えてみても、ナナエ一人にテーブルに乗り切らないほどのプレゼントなど不要に決まっている。
お菓子だってどう考えても食べきれないし、これだけの花を生ける場所もない。
このままだとナナエの居住空間が食べ物と花と宝飾品だけで埋まってしまう。
これは、王太后様の手前、無理やり頭を下げさせられた仕返しなのでは?と勘ぐってしまう。
「詫びと言うなら押し付けないで相手の望むレベルに留めるべきでしょ。その言い草、”俺の酒が飲めないのか”って絡むクソ上司レベルだわ」
建前上『詫び』というだけの売られた喧嘩を買うように、ナナエは敬語をやめ、語尾を強めて言い返す。
その言葉に反応して、セレンは眉間にしわを寄せ、あからさまに不機嫌な顔になった。
「この私が自ら選んだ品々を拒否するというのか?誰もが皆あり難いと…」
「あーはいはい、ありがたい、ありがたい。だけどこれ以上要らない。だから持って帰って」
セレンの言葉を遮る様にして言うと、セレンの眉は更に吊り上ってナナエを睨んだ。
「私の詫びを拒絶すると言うのか!」
「詫びは確かに受け取りました。謝罪も了承しました。ですからこれ以上は要りません」
大量のプレゼントは不要だと何度説明しても受け入れて貰えず、ナナエもイライラしだしていた。
何しろ沢山の花を飾って「きゃ~嬉しい~♪」って喜ぶほどナナエは乙女チックではないし、甘い物だってそこまで好きではない。
宝飾品に至ってはそもそもゴテゴテ着飾る趣味がないのだ。
ネックレスや指輪を着ける習慣が元々ない人間に、この量の宝飾品は必要がない。
「この程度では私の気持ちを表しきれないのだ!」
「んな、おおげさな」
フンッと鼻で笑ってセレンを見ると、ギリリっと歯軋りでもしそうな勢いで口元を引き結んでいる。
黙って素直に受け取らないナナエに対して明らかに憤慨しているようだった。
けれども、要らないものを貰っても困るのである。
特に、食べ物は過剰にあるものは捨てざるをえなくなってしまう。
食べ物を手もつけずに腐らせて捨てるなど、想像しただけでも不愉快でしかない。
そこはナナエの譲れない点でもある。
「お菓子なんてどう考えても食べきれる量じゃないでしょう?もったいない」
「もったいないなら全部食べればいいじゃないか。だいたい、そんな貧弱な体をしているのでは、ここでたいした物を食べさせていないと私が笑いものになる。食べすぎるぐらい食べてその貧相な体に肉をつければよかろう」
「そこ、とかな。」とセレンはナナエの胸を指差す。
元の世界ではドレスなんて着たことはなかったから気にはしないようにしていた。
が、この世界、ここで着るように宛がわれたドレスはどれも、大きく胸元が開いたデザインになっていて…ナナエの人より少しだけ謙虚な胸の大きさを誤魔化すことが出来なかった。
だから、結構ナナエは気にしていたのだ。
アンナにも指摘されていたことだし、と。
それなのに、自分の思い通りにならないからと、人の身体的特徴を上げて小ばかにするなど許せるわけがない。
ナナエは怒りの余り赤くなった顔でセレンをキッと睨み、その頬を右手で思いっきり張り飛ばした。
「この、クソ王子が!腐らせて捨てるなんて事になったら、お金をどぶに捨てるような物じゃない!」
「また手を上げたな!自分の金をどのように使おうが自由だろ!」
「はん!あなたのお金じゃなくて国の金でしょ!国の金は国民の金だし!国民の金をどぶに捨てるな、クソ王子!」
「クソ王子、クソ王子と下品なことこの上ないな、お前は!大体において使わなきゃ金が民に回らんだろうが!金が回らなきゃ苦しむのは民なのだ!それぐらい分からないのか、能無し女!」
「はっはっは!民に金回したきゃ無償でばらまきゃいいじゃん!結局大義名分の上に胡坐かいて贅沢してるだけじゃないのよ!」
「ばら撒きだけじゃ経済は回らねぇって言ってんだよ!」
「食べ物を粗末にすることが経済をまわす、だなんてちゃんちゃらおかしいわ!」
ゼエゼエ、ハアハアと鼻息も荒く、今にも取っ組み合いを始めそうな2人をカイトとリフィンが制する。
リフィンがセレンの腕を押さえ込み、カイトがナナエの腰を後ろから抱くような格好で引き剥がして距離をとらせた。
「まぁまぁ。王子の気持ちもナナエさんはちゃんと受け取っているわけですし。私から見ても、王子のこの量は非常識かと思いますよ」
「ナナエも、王子は悪気はなかったんだからそう責めてくれるな」
何とか取りなそうと、リフィンとカイトとが2人をなだめ始めた。
そして、そんなカイトの説得にナナエも冷静さを取り戻しつつあった。
何よりも、後ろから自分を抱きしめるような形になってしまっているカイトの腕に気づいてしまったのだ。
おまけにごくごく間近からカイトの顔を見上げることになってしまっている。
ただでさえウサアヒルの時とのギャップでまともに顔が見られなかったというのに、不可抗力とはいえ抱きしめられてしまっている事実に気づき、ナナエは顔がカァァッと熱くなるのを感じた。
「え…っと、うん。わかった。ごめんなさい」
しどろもどろになりつつナナエが頷くと、カイトは「よしよし、いい子だ」と言って爽やかに笑って見せた。
が、面白くないのはセレンだった。
晩餐の前ではセレンにあんなにも可愛い笑顔を見せていたと言うのに、喜ぶだろうとプレゼントを持っていけば、睨まれ、鼻で笑われ、拒絶され、平手打ちされた挙句、クソ王子呼ばわり。
それだけではない。
自分をあれだけ悪し様に罵って拒絶したのに、カイトの腕の中で顔を赤くして照れて、素直に言葉に従い笑っているのだ。
面白いはずがない。
「…離せ」
ナナエは冷静さを取り戻したが、セレンにとっては逆に火に油を注ぐ形になってしまっていた。
ことさら低くなったセレンの言葉にリフィンは呆れ顔で見返す。
「少しは冷静になりなさい」
リフィンが小声で注意してもセレンの耳には入ってなかったようだ。
カイトとナナエの方を見ながら再び言った。
「離せと言ってるだろう!」
セレンが忌々しげに吐き捨てると同時に、ブワッっと強い風が巻き起こり、リフィンは後ろに弾き飛ばされた。
ナナエもカイトもその風に弾き飛ばされるが、すんでの所でカイトに庇われて、抱きかかえられるような形になっていた。
「…帰る。アレは要らなければ捨てろ。好きにしろ」
きょとんとしたナナエの顔を見て我に返ったのか、セレンはそう言い残し、踵を返すようにして部屋を出て行く。
尻餅をつくような形で床に座り込んでいたリフィンはそれを見ながらクックックと笑いながら立ち上がり、ナナエに手を差し出した。
そしてナナエがリフィンの手を借りて体を起こすと、それに続いてカイトも体を起こす。
「何キレてんだ、あの王子様。…魔力をぶつけてきやがった」
セレンが去った入り口の方を見ながらカイトは驚いたように呟いた。
ナナエも「怒らせすぎちゃったみたい…ごめんなさい」と幾分青い顔で申し訳なさそうに、カイトと同じように入り口の方を見つめる。
「大丈夫ですよ」
その二人の心配を断ち切るようにリフィンは声をかけた。
どうみてもあれは怒っていたのではない事を、間近で見ていたリフィンは知っている。
自分から引き剥がされたナナエが、カイトの腕の中にいることが気に食わなかっただけなのだ。
「思い通りに行かなくて拗ねているだけです。明日になればケロッとしてますよ」
リフィンがにこやかに笑って見せるとナナエはホッとした様に息をついた。
ここで”妬いていただけ”と教えるのは簡単だった。
だが、簡単に教えるつもりなど、リフィンには毛頭無かった。
王子の初恋と呼べるような事態を長くおもちゃとして楽しみたかったし、なんとなく、王子にナナエはもったいない気がしたのだ。
王子相手にも臆することも無く、その小さな体からポンポンと出てくる忌憚のない意見にも興味がわいたし、そのくるくる変わる表情も、感情と共に強く、弱く香る魔力の香りも魅力的で。
簡単に王子に渡すなど勿体無いと思ってしまったのだ。
だから王子がナナエに好意を抱いているとは教えるつもりはないし、むしろ王子から協力を頼まれたら、全力で阻止する気満々だったりする。
「さて。カイト、そろそろお暇しましょう。未婚の女性の部屋に居ても良い時間はとうに過ぎてます。マリー、後は頼みましたよ」
リフィンは心配そうに部屋の外から中の様子を伺っているマリーを呼び寄せて後片付けを頼む。
そしてナナエに「今日は一人でも大丈夫か?」などと気遣っているのか、ベタベタしているのか分からない様子のカイトを有無を言わさず引き剥がした。
「それではナナエさん。また明日」
そう言って丁寧にお辞儀をするとナナエもそれに習うように頭を下げた。
リフィンとカイトが部屋を出ると、ナナエは疲れたようにイスに座り込んだ。
「これ、どうするのよ…」
目下の悩みはこの目の前に鎮座する山盛りのプレゼントだ。
要らなければ捨てろと言い残して行く方は簡単だ。
捨てるのが勿体無いから揉めていたと言うのに。
「ねぇ、マリー」
思いついたように顔を上げてマリーの方へ向き直ると、マリーは風で舞い散った花びらを片付ける手を止めてナナエの言葉を待った。
メイド服の後ろで揺れるふさふさの尻尾がとても愛らしい。
「この国って、養護施設…っていうか孤児院みたいなのあるの?お菓子を寄付?と言うかあげたいんだけど」
「それはいいお考えですね!」
ナナエがそう尋ねるとマリーはパッと明るい顔をした。
人から貰ったものを他人に上げるなんて非常識だとは思うけれど、お菓子だけは早めに食べないといけない。
捨てるくらいならあげた方がいいと思うのだ。
「申し訳ないけれど、明日孤児院にここのお菓子全部送って貰えないかな?」
よろしくお願いしますっと頭を下げると、マリーはそれも仕事ですから!っと慌てるのを微笑ましく見た。
そして、王子が魔力で散らかし放題にしていった部屋を、マリーと共に片付けるべく立ち上がった。
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