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<13>

淡々と続けられるアンナの説明に、ナナエは欠伸をかみ殺していた。

ふと横目でカイトを見れば、部屋の入り口付近のイスに座り、かたく目を閉じている。


(カイト…あれは確実に寝てやがる…!!!)


ナナエがイラっとして目いっぱい睨んでみても、全く気づく気配もない。


(爆睡か!爆睡なのか!)


アンナは今、魔術の基礎について丁寧に、そして必要以上に詳しく説明をしている真っ最中だった。

そもそも、習うより慣れろがモットーのナナエからしてみれば理論や構造の説明は退屈な事この上ない。

みみちく(耳がちくわ状態で内容が頭に入らない)モードがオートで絶賛発動中である。


「…ですからこの根幹の部分を理解して噛み砕き、頭の中で理論を再構成させて組み立てる、それが魔術の詠唱部分であるわけなのです。そもそも詠唱と構成論理と言うのは…」


32回目の欠伸を何とか再び噛み殺す。

昼ごはんでお腹がいっぱいになった後の学科とか拷問に近い。

アンナは魔道研究所の所長として出来る限りの知識をナナエに、と張り切っている。

(国を誇る秀才でも…教えるのに向いていないと言うか…いや、私が生徒に向いてないのか)

一生懸命講義を続けるアンナに申し訳なさいっぱいで、黙って聞いている振りをしなければならないと覚悟を決めていた。

申し訳ないならちゃんと聞け、と思うのだが、初心者に対してアンナの説明が高度すぎるのである。


窓際のマリーを見てみれば、すでに夢の中の住人になっているようだった。

目を閉じて顔は少し上向いていて、口が半開きで…時折涎をすするように手を口元へやっている。

リフィンはと言うと、ソファで何かの本を開きながら…やっぱり目を閉じている。


(くぅ…!私も今すぐ寝たい!っていうかニートになったはずなのになんで勉強!)


欠伸のし過ぎで潤む目元をそれとなく擦りながら33回目の欠伸を押さえ込む。


「…さま?ナナエ様、聞いておられますか?ナナエ様?」


不意の呼びかけに気づいてパッと顔を上げると、アンナがやれやれといった顔で嘆息した。


「ナナエ様に講義を聴いていただくのは向いてらっしゃらないようですね」

「あ、はは…ごめんなさい」


苦笑いを浮かべて軽く頭を下げると、アンナは「仕方ありませんね」っと手にしていた教本を閉じた。

そしてテーブルに置かれていたグラスの水をアンナらしからぬ所作で一気に飲み干す。


「では、こちらの空のグラスに水をためる初歩的な魔術の実地訓練をいたしましょう」

「お~!そういうの待ってた!」

「ホントは術の構成式やら理論を頭に叩き込んでからやるべきことなんですけれども。ナナエ様の適性をみるのに丁度良いかと。魔力があっても使えなければ意味がありませんし」

「うんうんっ。私に魔力があるのかどうかは半信半疑って感じなんだけど、魔法が使えるなら使ってみたい!」

「取りあえずこのグラスに水が溜まる様念じながら言葉を発してください。…気をつけなければいけないのはどの位の魔力を消費するのか常に考えながら冷静に念じることです。威力を制御することも大変重要なことですので」

「おっけーおっけー!」

「それと、今は魔力遮断の指輪をつけているので…」

「お水、でろーー!」


アンナの説明の終わりを待つのももどかしく、厨二病よろしく両手をバッとグラスの前に振り下ろした瞬間、急にテレビのチャンネルを切り替えたように目の前が真っ暗になった。

そして、くらっとした貧血のような感じが襲ったすぐ後、視界が元に戻る。


「あ、れ…?」


別にどこか場所が移動してたとか、そんな訳ではない。

場所は先ほどと変わらず、離宮の一室。

目の前にはアンナが立ってるし、入り口付近のイスにはカイトが座ってるし、窓際にはマリー、ソファーにはリフィンが座っている。

ただ一つ、違う点を挙げるとするならば。


みんなびしょ濡れ。つーか、部屋全体がびしょ濡れ。


大量の水を浴びせられ、無理やり起こされたカイトは、不機嫌そうに立ち上がって体の水を払う。

リフィンは苦笑しながら本を閉じ、マリーは隣室からタオルを急いで持ち出すとコレ幸いとばかりにリフィンの髪を拭き始める。


「消費魔力を考えながら、と、お話しませんでしたか?」


アンナは乱れた髪を整えながら、勤めて冷静になるよう声を抑えて言う。

そして、何かに気づいたようにナナエの右手を取った。

その視線の先にはナナエの右手の中指に嵌められていた魔力遮断の指輪。

ひびがいくつも入り、嵌められていた宝石は砕けてしまったのか小さな欠片が残るのみとなっていた。


「指輪…壊れてしまいましたわね。本来ならこの指輪をつけていればそれほどの魔力を発揮は出来なかったはずなのですが」


設計ミスかしら、と首をひねったあと、その指輪と同じものを小箱から取り出してナナエにつけた。


「ご…ごめんね?」


申し訳なくてアンナにそう言うと、アンナは何時ものように澄ました笑顔で「御気になさらずに」と言った。

リフィンもカイトも初心者だから仕方ないっと言い、マリーは「むしろ、ナナエ様のおかげでリフィン様に触れられましたわ!ナナエ様グッジョブ!」と親指を立ててみせる。


「すぐには制御も上手に出来ないと思いますので、着替えるのは後にしましょう。もう一度、今度はきちんとグラス1杯分の水、を頭できちんと把握しながらお願いします」

「う…ん、わかった。グラス1杯分、グラス1杯分…」


目を閉じてグラス1杯分の水をきちんと想像しながらグラスの前に手を突き出す。

集中して、目を開けて、眉間に力を入れて、グラスを睨みながら…。


「お水、でろ!」


再び貧血のような軽いめまいを感じた後、目を開ける。


・・・・・・・・別の意味でめまいがした。

まず、グラスははじけ飛んで割れている。

カイトはもう水を吸う事も出来ないくらい水を滴らせたサーコートを忌々しげにイスに脱ぎ捨てた。

リフィンはまたもや苦笑いしながら、長い髪を束ねて雑巾のようにぎゅーっと絞る。

マリーは小走りで再びタオルを持ち出そうと隣室に赴き、びしょ濡れのタオルを手にガックリと帰ってくる。

アンナは再び小箱から指輪を取り出し、ナナエの指輪を付け替える。


「1杯分の水、を、念じながら、おねがいします」


アンナの笑顔が怖い。








何度目の挑戦だったろうか。

途中から指輪を嵌めるのがもったいないと、アンナ以外を退出させて、指輪なしで練習を続けた。

15回目ぐらいまでは数えていたのだが、その後は必死に成功させようと集中していたので忘れた。

ただ、明らかにアンナの顔から笑みが消えていた。


「…タ」

「へ?」


ボソッと呟いたアンナの言葉が聞き取れず、ナナエは聞き返す。

部屋の中は原状回復できるのか分からないほどの惨状で、テーブルは真っ二つにわれ、庭園を臨むガラスは窓枠を残すのみとなり、壁に飾られた絵画の数々は派手に壊れて床に散らばっていた。

水をためるために使われたグラスは途中から割れない木製の深皿に変えられた。

その深皿も度重なる激流を身に受け、いくつものひび割れを起こしている。

その一つ一つを確認するように見たアンナが、手を合わせるように握り締め、その拳をふるふると震わせながら呟いたのだ。


「これだけの魔力を持ちながら、制御が一切不能だなんて…ガラクタもいいとこですわ」

「いやぁ…いくらなんでもガラクタは酷いですよぉ…あはははは」

「使えない才能なんてあっても無駄、ですわ」

「あはははは…」

「ナナエ様の魅力は有り余る魔力だけでしたのに」

「だけってなに?だけって」

「この無駄な魔力がその貧相なお胸に回ればよろしかったのにと、思いますわ」

「無駄っていわないでよ。と言うか、胸のことは言わないでってば!貧相とか言うなーー!」


ナナエが一生懸命抗議するも、アンナはもうすっかり魔術の指導をする気をなくしてしまったようだった。


「ともかく、ナナエ様が魔術を使うのは当面禁止です。死人が出かねません」


恐ろしいことをさらりと言う。


「し、死人なんて大げさな~」

「この水が炎だったら、とお考え下さいね」


ピシャリとアンナが言い放つ。

そして小箱から指輪を取り出し、ナナエの指に嵌めた。


「ナナエ様の魔力は強すぎて、魔術を使えば反動で指輪も壊れてしまうようです。しかし、嵌めなければ無意識に流れ出る魔力で周囲のものに大きな影響を与えてしまうでしょう。ですから」


そこでアンナは言葉をいったん区切る。


「ナナエ様の魔力を制御する方法を見つけるか、ナナエ様の魔力にも耐え切れる指輪が開発できるまでは一切魔術を使わないようお願いします」


真剣な顔で言うアンナにナナエも今度は渋々と頷いた。

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