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「やはり…白、ですね」
顎に手を当てながらアンナが断言する。
その言葉に一遍の迷いも無い。
しかしその言葉を素直に呑み込まなかったのは、意外にもマリーだった。
「私は、黒だと思います。白と決め付けるのは早いと思います」
可愛らしい顔が今は真剣な表情をしていて言葉を挟めない。
「…ってな訳あるかーーー!」
ナナエは耐え切れずに二人に突っ込んだ。
ここは高級な布を扱う布屋でもあり、王家お抱えの服飾師でもあるラルドの邸宅であった。
今、アンナとマリーが真剣に選んでいるのは…何を隠そうナナエの下着だったりする。
着替えを一切持たないナナエのために、急遽ラルドの邸宅を訪問し、王家の為に作ったが献上できなかった物、所謂売れ残りを分けて貰いに来たのだ。
きちんとした服はすでに注文済みとのことで、それが手に入るまでのつなぎと言うことらしい。
ナナエからしてみれば、別に平民と同じ普通の簡素な服だったり、古着でも全然かまわなかったのだが、アンナがそこは頑として譲らなかった。
離宮に住まう以上、それ相応の服ではないとダメだと言い張るのだ。
「ナナエ様はどちらがお好きですか?…私は断然”黒”をお勧めしますわ。やはり白ですと子どもっぽく見られがちですし、大人の魅力で殿方を落とすなら断然黒です!」
「マリー、淑女たるもの常に清楚であることこそ大事なのですわ。…そもそもナナエ様のお体に黒は似合いません」
アンナの目がスッと細められ、ナナエのある一点に注目する。
「白は膨張色ですしね。清楚な上に少しでも豊かに見える方が…特に胸の辺りなど…」
「アンナ…それ以上言ったら、私、泣くから!」
普通の女性よりは幾分ささやかな胸を隠すように腕を組んでナナエはアンナに抗議する。
たかが下着。されど下着。
見せる相手が居ようが居なかろうが拘るのが女性である。
「いや、それが最近は細身の女性も人気なのですよ。…そちらの桃色や水色の物もナナエさんにはお似合いかと思いますが?」
その声に驚いて慌てて後ろを振り向くと、扉付近の壁に少しもたれかかるようにして微笑むリフィンの姿があった。
(す…すっかり忘れてた…!!!)
みんな一緒に衣装室に通されて…当初選んでいたのはただのドレスで。
だからリフィンが居ても全く問題は無かったのだ。
アンナやマリーとああだこうだと興奮しながら服選びに熱中し、その流れで下着に移ったため…彼の存在をすっかり忘れていた。
「あ…あ、あ…」
「流石はリフィン様ですわね。そのスケスケの桃色やキワドイ水色の物も男性好みでいいと思います!」
恥ずかしさで言葉が声にならないで居るナナエに気づいていないのか、マリーは興奮したように言う。
「色は淑女らしいですけれども、デザインが少し下品では?」
とこちらも動じていないアンナの声。
下着選びに男性が居ても何とも思わないのか!この二人は!
ナナエは信じられないものを見るようにアンナとマリーを交互に見た。
「私は、好きですけれどねぇ」
「リフィン様の好みは聞いておりません」
「いいえ!リフィン様の意見は大事ですわ!」
「マリー、男性は脱がせる楽しみと言うのも大事と聞きましたわ。このようなデザインでは脱いでるのと変わらないではないですか」
「ああ、それはアンナのいうことも一理ありますね。隠されているからこそ燃えるというのはあると思います。なら…あちらの薄紫色の物はと言うのはどうでしょう?」
「流石リフィン様!紫なら上品でしかも魅惑的ですわね!」
「いいえ、私はやっぱり白が捨てがたいと思いますわ。清楚、そして脱いだ後の色気、そのギャップが大事なのです!」
3人はごくごく普通にナナエに似合う下着談義に花を咲かせている。
下着を着る本人はすっかり置いてきぼりの感が否めない。
「ちょ、ちょっと…す、すみません…」
ナナエが顔を赤くしながら3人の話に割り込むと、3人とも不思議そうな顔をしてナナエを見た。
「えっと、その…大変申し訳ないのですが、リフィンさん、少し席をはずしていただいてもいいでしょうか…」
「はい、構いませんが。どうかなさいましたか?」
きょとんとした顔も実に美しい。
全くいやらしさも何も感じさせずいつも通りのにこやかさ、爽やかさで…語る内容は女性の下着の好みについて。
ありえん。非常にありえん。
「しっ…下着をっ!男の人に見られるのがっ、はっ…恥ずかしいのでっっ!!!」
多少カミながら一気にそう言うと、リフィンは「ああ、なるほど」とぽんっと手のひらを打った。
「配慮が至らず申し訳ありませんでした。それでは外で控えていますのでお済みになったら呼んでください」
そう言って優雅にお辞儀をすると部屋を出て行く。
それを見ながら一息つく私に、マリーの恨みがましい視線が注がれた。
「ナナエ様酷いですわ~。せっかくリフィン様と楽しくお話しが出来たのにぃ~…」
「マリーには悪いけど、男に見られながら下着を選ぶ趣味無いもん。しかもあんなイケメンの前でとか、どんな罰ゲームだ!」
「それでも~リフィン様の好みを知るチャンスでしたのにぃ!」
「それはマリーが下着を選ぶときにやってよ…」
「そ、そ、そ、そんな”私の下着を一緒に買いに行きませんか?”なんて…」
マリーが赤面しながら口ごもった。
ナナエはやっと理解してくれたのかとため息を吐く。
「そんな男性の誘い方があったのですね…」
いや、まて。違うから。
ラルドの邸宅を出る頃にはお昼、と言うには少しだけ遅い時間になってしまっていた。
朝から動き回っていた為にすっかりお腹が減ってしまっている。
はしたなくも鳴るお腹をさすりつつ玄関の扉をくぐると、そこには立派な馬車と憮然とした表情で側に控える一人の騎士がいた。
白いサーコートとマント、そして腰に下げられた大降りの剣がよく映える精悍な顔立ちの男性で、リフィンがインテリ系ならこちらはスポーツマンタイプの爽やかイケメンといった感じだ。
「…眠い」
そのイケメンはナナエの顔を見るや否や、不機嫌そうにそう言った。
ピンクがかった白い髪に、赤い瞳。そして、その声にナナエはその人物が誰であるかを言われずとも知る。
「カイト、だよね?」
確かめるように聞くと、その騎士は軽く頷いた。
よく見れば目の下にはうっすらとクマが見える。
「か…可愛くないね、それ」
余りにもカイトが格好良くて、ドキドキするのを紛らわせるようについつい憎まれ口をきいてしまう。
アンナが普通の人間のような姿をしている以上、カイトもそういった人間の姿になれるとは想像をしてはいた。
しかし、ここまで格好良いのは反則だろう。
「男が可愛くてどうする」
眠そうにカイトは一つあくびを漏らす。
ウサアヒルの姿をしていたときはポンポンと出てきた言葉が中々出てこなくて、ナナエは知らず知らずのうちにモジモジしていた。
するとアンナがスッとナナエの耳元に口を寄せ一言。
「ナナエ様?アレが全裸でナナエ様の寝台で寝ていた男ですよ?」
わざわざカイトにも聞こえるように言うのは流石といえよう。
アンナをチラリと横目で見て、カイトは面白くなさそうに肩をすくめた。
「姉上、いかがわしい言い方はやめてくださいよ…」
が、アンナはくすりと笑うとナナエに再び言った。
「アレが全裸で他人の寝台に寝ていた姿を想像してください。どう思われます?ナナエ様?」
とりあえず、妄想スイッチをオンにしてみる。
広い寝台に、体格のいいイケメンが全裸で横たわる。
他人の寝台に。
「…へ」
「へ?」
思わずある単語を言いそうになって、慌てて口を閉じるとアンナが先を促すように聞き返す。
カイトはと言うと、ナナエが何を言うのかと訝しげに眉をひそめた。
そしてリフィンとマリーは想像がついたように笑いながらナナエの言葉の続きを待った。
「…変質者かなぁ」
「デスヨネー!」
マリーが爆笑しながらナナエの言葉に相槌を打つように言葉を重ねると、カイトはガックリと肩を落とした。